第21話



「あ~……」



 風呂に浸かっていると、疲れがお湯の中に溶け込んでいく。


 気持ち良い。


 昂っていた精神がようやく落ち着くのを感じる。


 風呂の中でリラックスしているのもあるが、何よりひとりになったからだろう。


 今日は目を覚ましてから、ずっと彩花といっしょだった。



 偽りのない本音を言えば、理久は楽しかった。


 彩花はとてもとてもいい子だし、その容姿の良さに心が乱されることもあるが、彼女のそばにいるのは楽しい。



 けれど同時に、よく知りもしない他人でもある。


 そんな人とずっといっしょにいて、生活時間の中で家事をしてご飯を食べて、疲れないわけがなかった。


 彩花と理久は、本当の家族ではないのだから。



「……彩花さんは、もっと疲れているんだろうな」



 舞い上がっている理久と違い、彩花はもっともっと、そして純粋に気を遣っている。


 こちらに合わせ、上手くいくよう自身を削り、不和が生じないよう必死に気を張っている。


 そして何より、理久は年上の異性だ。


 意識されていると自惚れているわけではなく、警戒の対象であることを理久は忘れていない。


 その状況で、彼女が疲れないわけがなかった。



「……あぁ」



 ため息が漏れる。


 もしかしたら、彩花の心が一番安らいでいるのは、今この瞬間かもしれない。


 父がまだ家に帰っておらず、理久も風呂に入っていて、広いリビングにひとりでいられる。



 気楽だ。


 あてがわれた部屋に閉じこもっているのは息が詰まるだろうし、かといって人の気配を感じる場所に居続けるのも辛い。


 そして彼女は、理久と違って風呂ではリラックスできない。



 理久はそんなことをしないと絶対に誓えるが、ひとつ下の女の子がお風呂に入っている。


 そこに不埒な考えを持ち、変な行動をする人がいないとは言えない。


 当事者である彼女がそれを一切危惧しない、とは考えにくい。


 見知らぬ他人の家で、鍵も掛からないお風呂場で素っ裸になることの抵抗。


 それを感じないほど、彼女は鈍感ではないだろう。



「……お風呂場にも、鍵を付けてもらえばよかったな」



 父が彩花の部屋に鍵を付けたことに、理久は心から感謝している。


 彼女が唯一落ち着ける場所を提供してくれたこと、そこに思い至ったことに、さすが、という思いを抱いた。


 少なくとも、理久には思い付かなかった。


 しかしそれなら、いっそお風呂場にも鍵が欲しかったな、なんて思ってしまうのだ。



「今から付けるって言ったら、さすがに気を遣うかなー……。というか、お風呂場の鍵って簡単に付けられるのかな……」



 そんなことをぼんやり考えていると、湯気が思考と混ざっておぼろげになっていく。


 思ったよりも長風呂になりつつあった。




 お風呂から上がったあと、「お次どうぞ」と彩花に声を掛けたが、彼女は「わたしは最後でいいです」と笑うので、それ以上は何も言えなかった。


 父と香澄の料理の準備も、温めるだけだからやっておきます、と彩花に言われたときは、さすがにそれは申し訳ない、と伝えたのだが、それでも彼女は譲ろうとしなかった。


 押し問答をしたところで、彼女は困った表情をさらに強くするばかり。


 仕方なく、理久が引くしかなかった。



 特にやることもなく、部屋に戻る。


 夏休みの宿題に手を付ける気もなくなり、なんとなくダラダラして、適当な時間に寝てしまった。

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