第55話 賢者の里の困り事

「凄いわね。こんな場所に住んで居るっていう事は、ここの住人は空が飛べるのかしら?」

「いえ、流石に空は飛べませんね。それより、ご覧になられた方が早いかと。あちらに住人が居りますので」


 鬼人族さんの視線の先を見てみると、背の高い男性たちが楽しそうに談笑している。

 足を踏み外したら転がっていきそうな岩場の上なのに、凄くリラックスして……ん? あれ? 談笑している人たちが、みんな背が高いとは思っていたんだけど、足が……足が馬!?


「あの、賢者の里の人たちって、身体は人間みたいなんですけど、足が……」

「はい。ケンタウロスという種族ですね。彼らは非常に賢くて、あと弓の名手たちばかりなんです」


 ケンタウロス! 凄い。下半身がお馬さん……毛は短そうだけど、尻尾はモフモフかも!

 お馬さんかぁ……背中? に乗せてくれないかな?

 普通の馬には乗れそうにないけど、ケンタウロスさんなら乗れそうな気がするのよね。


「セシリア様。では、先ずは里の代表へ挨拶しに参りましょう」

「あ、そうね。モフモフするには、いろいろと順序があるわよね」

「モフモフ? ビネガーと作物を交換していただくんですよね?」

「そ、そうそう! さぁいきましょう」


 いけない、いけない。

 つい、口からポロっと願望が出てしまった。

 相変わらず細い道を鬼人族さんについて歩き……里の奥にある大きな家へ。


「失礼。族長殿、我ら鬼人族の恩人にして、大切な客人をお連れした。面会をお願いしたい」


 鬼人族さんが大きな声で叫ぶけど、アポなしで突然来ている訳だし、流石に迷惑だと思うのよね。

 あと、恩人とかも言わなくて良いからね?

 私は、ただお酢が欲しいだけなのよっ!

 そんな事を考えている内に、奥から大きなケンタウロスさんが現れる。


「はじめまして。私がこの里の族長……むっ!? 失礼。そちらの客人というのは、もしやセシリア殿か!?」

「えっ!? は、はい。そうですけど……どうして私の名前を!?」

「うむ。今、鬼人族のデューク殿が来られているが、久々に取引量が増えたので、何があったのかと聞いたところ、聖女と呼ばれている人間族の女性に助けてもらったと聞いていたのだ。そこで聞いていた外見がそっくりだったのでな」

「あ、あはは、そ……そうですか」


 えーっと、私が聖女だっていう事は、広めないでねってデュークさんに言わなかったっけ?

 既に鬼人族の村ではかなり広まっているから、今更な感じはするけどさ。


「さて、こんな山の中まで来られたという事は、セシリア殿もこの里のワインを所望されているという事ですな?」

「ワイン!? ワインを作られているんですか!?」


 元々はお酢を貰いに来たんだけど、まさかワイン……お酒まであるとは思わなかった。

 けど、私……お酒は飲まないんだよね。

 日本で飲み会があっても、烏龍茶を飲んでいたし。

 んー、だけど料理に使う事は出来るから、あるならあった方が良いのかも?


「えぇ。この里ではワインとビネガーを作っているのです。しかしながら、ワインをお譲りしたいのですが……」

「あ、ワインは大丈夫です。それよりも……」

「わ、ワインが目的では無いのですかっ!? そんな……食べ物に関する事なら何でも解決出来る方だと聞いていたのに」


 デュークさんは、私の事をどういう風に話したのだろう。

 何でもは無理だし、お酒の作り方は知らないわよっ!?


「あの、無理を承知で、一つ相談に乗っていただけないでしょうか」

「はぁ……私に何とか出来る事でしたら」

「先程も話しましたが、この里の特産品はワインとビネガーなのです。しかし、ワインばかりが求められ、ビネガーが全く求められず……ビネガーを作っている者が困っておりまして」

「あ、私がここへ来た理由が、そのビネガーです。料理を作るのにビネガーが欲しくて」

「なんとっ! こ、これは天の巡り合わせ! お願いです。近隣の村へビネガーを広めていただけないでしょうか!」


 なるほど、そういう事ね。

 良かった。ワインの品種改良とかを手伝って欲しいと言われたら、どうしようかと思っていたけど、お酢があればとっておきのアレが作れる。

 きっと大丈夫ね!

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