27「よぶこえ」

 午後になってやってきた空瀬駅は、このあいだよりもさらにひどく寂れていた。観光地はおもに田舎にあるだとか聞いたことはあるが、歩いている人がほとんどいない。「ボロい」という意味のありとあらゆる言葉を並べたとしても、どれひとつとして罵倒にはならないんじゃないかと思うくらいだ。


 あのときとは違って仲間もいるのに、この寂しさを打ち消せる気はしない。


「……っと、まずは何を仲間にするか、だよな」


 二人に出てきてもらって“念”の強いものを探すのがいちばん早いが、欲しい能力を考えておくのもアリだろう。攻防自在の魔法使い・空間使いとくれば、次に欲しいのは前衛だ。常識的に考えれば、それは間違いない。俺が前衛として戦っているのは、手渡された大太刀がそのように使えるからだ――俺自身が前衛に向いているわけではない。


 ところが、俺は発想をそれ以上先に進めることができなかった。


「うーん。〈盛衰往路〉が何をどう変えるか……もうちょっと詳しく分かればなあ」


 手近にあったベンチに腰かけて、俺は端末から探索者としての自分の情報を呼び出す。ジョブの持っているスキルは、ものすごくあいまいな情報だけ――の状態から、詳細が追加されていた。


「マジかよ! 成長したのか……?」


[〈盛衰往路〉2/3

消費MP:なし

あらゆる「ゴミ」と称される物体を代舞呼よぶこに変える。代舞呼よぶこの強さは、物体の保有する念の強さと、付近にある同一または近似する物体の総量で決定する。

※命を失った代舞呼よぶこは完全に消滅する。]


「よぶこ、っていうのか……ナギサたちのこと」


 言葉だと固めに書いてあるが、説明に書かれていることは、これまで起きた現象とまったく変わらない。“念”が強いほど強くなり、モノの量が多いほどさらに強くなる。ナギサはトラのことを「私より念が強い」と称したが、依り代がトン単位だった彼女もまた、問答無用の強さを誇っていることになる。


 最後に書いてあることは、恐ろしいことのように感じたが……そんなことをさせなければいいだけの話だ。昼下がりの陽が黄色みを帯びかけているのを見て、俺は急いで立ち上がった。




 やってきたいつかの防風林は、前と同じく汚かった。これだけゴミが捨てられているのに、簡易的なゴミ箱のひとつもない。そもそも、誰もここのことを気遣っていないのだろうか。志崎は「江戸時代からあるのに」と嘆いていた理由も、今になってすべて納得できた気がした。


「さてと。とりあえず、防風林抜けてから」


 二人に出てきてもらって、と口だけで言って、コンクリートの堤防に備え付けられた階段を降りようとしたとき……釣り人なのか小型のトラックがやってきて、すぐ近くに停車した。


「兄ちゃん、ちょぉ待ち」

「え、俺ですか?」


 車を降りてきた、真っ赤に日焼けした老人は、「ほうや」とうなずく。防風林の方を見やりながら、老人は浜の方を指さす。


「あの浜な、近付かん方がええよ」

「やっぱ汚染物質とかヤバいんですか?」


 車を降りるほどの要件なのか、と全身が総毛立つ。地元民である志崎ですら言っていたことは、まさか前例あってのことだったのかと思ったが、老人は胸のあたりで手首をぶらんぶらんさせる。


「“出る”んや。シザキんとこのボンがな、ガキの時分に……太田さんとこの娘さんをな、死なせてまいよったんや。それ以来、関係あるんかないんか分からへんけど、気色悪いもんが出るゆうて噂になっとるんや」


 よくそんな場所に一人でいたな、と感心するのもつかの間、気付く。


「志崎……って、あんなモテてるあいつが?」

「知り合いなんか。まあそうやな、いい気なもんやで。おぼこ連れ込んじゃ食い散らして、どういう了見やねんて」


 顔はいいのに、町での評判は良くないらしい。


「なんすか“おぼこ”って」

「処女や、処女」

「見ただけでわかるんですか……?」

「夜更けやら朝方に、連れ込んだ女が出て来よってな。歩き方がゃうさけ、見たわかる。ようあんだけ、のうのうとやっとられるもんやで、ほんま」


 こんな老人から出てくる言葉にしてはキモすぎる気がしたのだが、ちゃんとした理由があったようだ。町内で噂になるほど繰り返しておいて、しかも評判は最悪となると、メンタルが強すぎる。


「知り合いならひとこと言うたっといてや、謝るんなら墓でやらんかいって。林ン中でぶつくさぶつくさ、手ぇ合わせるでもなしになんや気色悪い文句で」

「何やってんですか、それ」

「知らんわいな、知っとったら間近で怒鳴っとるで」

「また明日か明後日に合う予定なんで、ちゃんと言っときます」


 うん、と老人は何度もうなずいた。


「そういうことやさけ、あの浜辺は近付かん方がええ。あいつが何やっとるか分からん、気色悪いもんも出る。ゴミだらけで転んだらどうなるや分からへんねゃから、ええことなんぞひとつもないで」

「そ、そうっすね……」

「あれか、都市鉱山か? あらかた取り尽くされとったらしいけどな」

「そういうのじゃあないんですけどね……」


 遠回しに言ってはいても、その圧はじゅうぶんに伝わった。


 近付くな、ここには入らずに、俺が見ているうちにそのまま帰れ――要するに、老人の言いたいのはそういうことなのだろう。


「お話、どうもありがとうございました。もう遅いんで、帰ります」

「うん。それがええわ、逢魔が時やさけ。怪我で済まんかも知らんで」


 半目のように夕陽が沈みかけた空に、屍肉のような色をした雲がいくつも浮かんでいた。遠い海鳴りを背にして、俺は空瀬駅に急ぐことにした。

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