8「参入」

 機械が引き上げた工場内でも、場所単位での仕切りはある。第一工場と第二工場のあいだ、ちょうど渡り廊下がある場所で、数人の男女がクチナワナンバーと戦っていた。


「あれって、「クチナワの六つ近衛」じゃないか……?」

「ん、すごくピンチ」


 クチナワの数字は、大きいほど強い。最強の「九つ帝」は、型落ち品と呼ばれるクチナワの中でも、いまだに全滅するパーティーを出すほどの強敵だ。


「助けてくれ! ちょっと、……マズいんだ!」

「すぐに!」


 どこかで見たような顔の青年が、クチナワと槍を交わしている。力負けしているのか、かなり押されていた。俺が間に入っても同じことだろうが、こちらには切り結ぶ必要のない大太刀がある。


「行け、〈流刃〉!」


 ほとんど一瞬で移動した大太刀の刀身が、押し切ろうとしたクチナワの槍を抑える。一瞬の隙に抜け出した青年はアイコンタクトを飛ばし、物陰にいたらしい誰かが水の魔法と銃弾を降らせた。遅れて突き刺さった矢が敵の目を奪い、クチナワは「シュオァアア!!」と絶叫する。


「助かった、このまま頼む!」

「ああ!」


 ぐるりと回転した刀身が、クチナワの槍をそのまま弾き飛ばす。


「シュア!?」

「すごいな……!」


 ナギサの撃ったガラス片が的確に態勢を崩し、殺到した水球が動きを鈍らせる。俺は〈流刃〉の可能性を模索すべく、手当たり次第に動かして敵をめちゃくちゃに切り刻んだ。


 青年やほかのメンバーも負けず、精密な射撃や魔法でクチナワを攪乱し続け、青年と俺が攻撃する隙を作り続けてくれた。見上げるほどに大きい蛇頭で緑の肌をした巨人は、やがて体をふらつかせ、地面に倒れこんだ。


「シュウ、ア……」


 粒子状にほどけた「クチナワの六つ近衛」は、そして完全に死亡した。


「はぁ、危なかった……! 一人負傷して、もうダメかと思ったよ」

「間に合ってよかったです、……あれ、志崎さん?」

「……あ、小宮くん? 君も探索者だったのか?」

「ん、知り合い?」


 拳をがっと打ち合わせて、俺たちは笑いあった。




「紹介するよ。剣士スタイルの彼女は羽沢さん、そちらのサモナーさんが雪見さん、銃使いの彼女が波瀬さん。……こちらの男性は小宮さんだよ」


 適性が高い人は、ジョブを得たときに「ジョブコスチューム」というアイテムが初期配布されることがあるらしい。隠れていたサモナーと銃使い、それに負傷していた剣士は、全員がコスチューム持ち=高適性らしい。男女比一:三というのは驚くべき状況だが、志崎の顔ならやっても許されるだろう。


「……やっぱり、自己紹介しませんか?」

「臨時でもパーティーだもんね。言っとこう」


 なぜかベールで顔を隠している波瀬さんの言葉に、羽沢さんも同調する。そんなこんなで、傷を負った剣士から名乗り出した。


「あたしは羽沢、今年入ったとこ。ジョブは剣士系。適性がすごい高いから、これから進化することもあるかもって言われてたんだけど……ちょっと、調子乗ったわー」


 浅黒い肌にポニーテールと、スポーツ少女がそのまま大人になったような女性だった。コスチュームは、バレリーナ風の鎧とでもいった服装だ。戦いには向いていないように見えるが、動きやすい方だろう。


「私は、雪見です……ジョブは、召喚術師、で。水の精霊を呼び出して、いろいろ……」


 そのいろいろの一環なのか、雪見さんは剣士の脇腹にある傷を治療していた。やたら長い髪をあまり整えずぼさぼさにしていて、ちゃんとすればスタイルのいい美人になりそうだ。今のところ、水色の法衣に身を包んでいても、コスプレして外出してしまった陰キャがしおれているようにしか見えない。


「私は波瀬です。ジョブは銃士で、何種類かの銃を使い分けられます」


 スタイルのいい体を、ほとんど痴女にしか見えないほど露出の多い黒いドレスに包んでいる。胸の谷間どころか脇腹まで見えているし、スカートにあるスリットは股関節のしわが見える角度で、ウエストにまで切り込んでいた。下着を付けているのかどうかすら怪しいレベルだ。銃がどうこういう言葉がまったく入ってこないほど、すごい服装だった。


「俺は小宮ショウ、ジョブは……えっと。今は秘密、とかありですかね」

「えぇ……? スキルは強かったから、噂が広がるとマズいとかかな」

「ああ、まあ……」

「しょうがない、たまにはいるから。僕は志崎、ジョブは槍使いだ。君も探索者だったんだね、小宮くん」


 なんだか妙に嬉しそうな顔をしている。個人的に知り合った仲でこうして同僚になると、やっぱり嬉しいものなのだろうか。


「四人は、ここで狩りを?」

「まーね。リザードじゃぜんぜん儲からないでしょ? 早めにステップアップしようって思ったんだけどねー」


 羽沢さんはそう言って、血の痕まで消えた脇腹をとんと叩く。


「雪見ちゃんに助けられっぱなし。すごいわこの子、魔法使いができそうなことなんでもやるんだもん」

「そ、そういう、わけでは。ウンディーネがすごいだけで」

「サモナーが何を召喚できるかは、才能次第だからね。誇っていいと思うよ」

「はぅあわわ、えど、とっ」


 イケメンオーラを間近で浴びたせいか、雪見さんは挙動不審になっていた。


「せっかくですから、五人で行動しませんか? まだ不慣れのようですし」

「あ、ちょうど頼もうと思ってたんですよ」


 大太刀の振り方から見抜いたのか、波瀬さんはそう提案してくれた。


「ん。慧眼」

「こっちとしても、攻防一体のジョブが参加してくれるのはありがたいよ」


 にこにこと笑う志崎と握手を交わして、俺は正式にパーティーに参加した。

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