4

定時になり、私なりにまとめているノートに細かくメモを書いていく。

データとして打ち込むよりも、何だかんだ手書きで書いた方が頭の中には入るし整理もされていく。




専門用語の多い部署。

その場でメモをした文字をパソコンで調べ、ノートに書き出していく。




23歳の年に入社をし研究室に配属されたのは初めてだった。

私にはこっちの頭がないのは父親も分かっているから配属させないのかと思っていたら、今になって配属をさせた。




“覚悟が足りていない”




父親の言葉を思い出す。




加賀社長の一人娘であるという自覚はある。

それなりに努力はしている。

“それなりに”だけど、私なりに頑張ってはいる。




でも、どうしても悲しい。




どうしても虚しい。




好きではない人と結婚なんて、しない。




好きではない人と結婚なんて普通はしない。




そんなことをしないといけないなら、私はいらなかった。




“加賀社長の一人娘”なんていらなかった。




結婚は好きな人とするもの。




愛した人とするもの。




私には、好きな人がいた。




18歳の頃から好きな人がいた。




会いたくて・・・




会いたくて・・・




二十歳の時に会えなくなってしまった・・・。




婚約が決まってから会えなくなってしまった・・・。




会いたい・・・。




会いたい・・・。




会い・・・たい・・・。




右手に持つボールペンに力が入らなくなってくる。




夜はほとんど眠れていないからか、お昼休みと定時後はこうして短時間眠ってしまう・・・。




眠りたくなんてないのに、眠ってしまう・・・。




眠ってしまう・・・。




私は眠い・・・。




私はずっと、眠い・・・。





─────────


───────


...*...*...・*.・*....





─────────


──────



....*・...・*..・*・.




大きな大きなお屋敷。

その中で私は鼻歌を歌いながら小走りで進んでいく。




大股ではなく、小股で。




自分の姿を見下ろして自然と笑顔になってくる。




今日は19歳の誕生日。

お父さんとお母さんと料亭で食事をしたので、誕生日にと買ってくれた薄ピンク色の着物を着ている。




可愛い可愛い着物。

その着物を着て、お屋敷の中を小走りで進んでいく。




長い長い廊下・・・。




そこに、私の大好きな人の後ろ姿が。




見付けた瞬間、抑えられないニヤけた顔と大きく高鳴る心臓の音。




この可愛い着物をあの人は何て言ってくれるか。




どんな顔をしてくれるか。




私は“美人”だから。




“小町”という名の通り、私は“絶世の美女”と言われている。




小野小町のように歌は詠めないけれど、私は“絶世の美女”とは言われている。




そんな私がこんなに可愛い着物姿になって、あの人は何て言ってくれるか。




どんな顔をしてくれるか。




考えただけでドキドキとしたしワクワクとした。




胸を両手で抑えながら大好きな人の名前を呼んだ。




大好きな大好きな人の名前を。






















「武蔵(むさし)!!!」








大好きな武蔵が立ち止まり、ゆっくりと・・・






ゆっくりと、振り返る・・・。






私に、振り返る・・・。






振り返る・・・






瞬間・・・






力ずくで両目をこじ開けた。






こじ開けてみせた。






こじ開けた目からは、今日も大量の涙が流れていた・・・。






小野小町は夢の中で愛する人と会いたいと詠っていたけれど、私はそんな虚しいことなんて出来ない。





そんな悲しいことなんて出来ない。





そんな無駄に切なさだけが残る夢なんて見たくもない。





結婚する。





1ヶ月7日後に、結婚する。





もう二度と会うことが出来ないのなら、夢の中でも会いたくはない。





大量に流れてくる涙を拭いながらまたノートに文字を書いていく。





あの人のことを考えてばかりだからあの人の夢ばかり見てしまう。





無駄に幸せな夢ばかり見てしまう。





空っぽだから。





私はこんなにも空っぽだから。





だから、この器全てにあの人を入れたがってしまう。





あの人を入れるために器を空っぽにしてしまう。





どんなに頭の中に会社のことが入っても、器は空っぽのまま。





何も入らないから溜まってはいかない。





あの人はどんな顔をしていたのかもう思い出せない。

12年も前のこと。

あの人がどんな顔で私を見ていたのか思い出せない。





片想いだった。

片想いだった・・・。

だから、あの人はきっと普通の顔をしていたのだと思う。




31歳になった今見たら、それが分かったと思う。




でも当時は・・・




私のことを好きでいてくれていると夢のようなことを思っていた。




夢の中だった・・・。




18歳から二十歳まで、私は夢の中にいた。




幸せな夢の中にいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る