アイリスとガス 1
アリアナの指導のおかげで濃い午前中だった。
疲れたシオンとアイリスにクッキーとジュース、それからすでにコピーをしていた苺を出す。二人とも苺を食べたことが無かったようで、甘酸っぱい味を堪能していた。
昼過ぎからは、ディエゴと共に馬車の進行を確認するために鍛冶屋へと向かった。子供たちは部屋で、倒れるように眠ったのでアリアナとデイジーに二人を任せた。
予定では再来週にはここを立つということなので、馬車は遅くとも来週までには完成しなければならない。子供たちの快適な旅、それに何よりも私の尻のために切実な問題なのである。
鍛冶屋の表にいたガンツに手を振る。
「ガンツさん、馬車の進捗はいかがでしょうか?」
「おお。レディか。部品は大体完成した。今は取り付け作業に移っている。来週までには完成するが……とりあえず確認するか?」
「お邪魔じゃなければお願いします」
ガンツに鍛冶屋の裏へと案内される。表からは分からないほど、裏は広々としていて他にも何台も馬車が並んでいた。
「一旦馬車の上の部分は取ってある。部品はここに組み立ててある。あとは骨組みを強化して取り付けた後は微調整をすればいい。この調子なら来週の中頃には出来ているだろう」
驚くほど注文した通りだ。組み立てられた部品はダブルウイッシュボーンの形をしており、博物館で見たそのままの形だった。
ガンツを鑑定すると、固有スキルに鍛治師があった。鍛冶師スキルには枝分かれした時間短縮、それから設計のスキルもあった。鍛冶屋になるために生まれてきたような人だ。
「ありがとうございます。期待以上です。来週が楽しみです。引き続きよろしくお願いいたします」
部屋へ戻ると子供たちはまだ気絶したように寝ていたが、そのうち物音に気付いたアイリスが目を覚ます。
「どこか行っていたのか? 今何時だ?」
「さっき六の鐘がなったところよ。馬車の確認に行っていただけだよ」
「そっか。シオンはもうしばらく起きなさそうだな」
寝息を立て眠るシオンを二人で見つめ、目を細めた。
「あ、そうだマーク。ガスさんと話しをしたら、あなたがここを離れる前に会いたいみたいだけど、どうする?」
「俺もガスには世話になったから、挨拶くらいはしたい」
「うん。そうだね」
その後、ガスとマークが会える場を設けてもらえるようリリアにお願いをした。
その日の夕食は鶏のカツと唐揚げだった。揚げ物にハマったのかガス……。シオンとアイリスは嬉しそうに食べているけど、体調を崩さないか少し不安だ。
寝支度をして三人でベッドに入ったけど、二人は少し筋肉痛があるようだ。ヒールをしてあげたいのだが、治してしまうと筋肉が育たないだろうからな。熱が少しあった個所を軽く冷やしてあげると二人はすぐに寝息を立てたので私も意識を手放した。
◇◇◇
翌朝、子供たちより先目覚めて瞑想をする。
ドドン
(瞑想のレベルが上がりました)
瞑想は毎日しているのかレベルの上りが早い。レベルが上がったというが、特に数値化もされていないし、体感的には集中力が上がっただけだ。
朝食前にリリアが部屋を訪れる。
「エマ様、おはようございます。料理長のガスより本日朝食後、午前中の間でしたら時間が空いているとのことでした」
「そうですか! ありがとうございます」
今日の予定は午前中にガスに会い、午後からアリアナの訓練という流れになった。昨日に今日と連続でのアリアナの訓練、二人は大丈夫かな?
朝食を食べながら二人に今日の予定を伝える。
「予定はそんな感じだけど、二人とも大丈夫?」
「「大丈夫!」」
元気いっぱいの返事だ。これなら大丈夫そうだ。
朝食後、三人で向かった調理場にはガスが大量に仕入れた芋の山があった。ガスは本気で片栗粉を研究する気なのだろうか。
「ガスさん、おはようございます」
「おはようございます。早速、芋を入荷しました。お、坊主も久しぶりだな」
「おう。ガスの爺さんも元気そうだな!」
「料理長と呼べ。それに俺はまだ爺さんじゃない」
「分かってるって」
「お前が好きそうなレーズンのパンと赤ベリーのスコーンを焼いておいた。後で食え」
「ありがとな、料理長」
アイリスは料理長の部分だけ小さく言うと、照れ隠しなのか耳を赤くしながらそっぽを向く。
代わりに渡されたスコーンを見ながら尋ねる。
「この赤ベリーはなんですか? 市場では見かけなかったのですが」
「ああ、その赤ベリーは私が砦から三十分くらい離れた場所の沼地に取りに行っているやつです」
市場には滅多に出回らないという。
「どんな味なんだろう?」
「これは生のままだと美味しくないが、乾燥させたりジャムにしたりすると絶品です。この時期はまだ実がなってないが味見をしますか?」
「はい。是非!」
渡された干し赤ベリーを一粒口に含む。ええ、なんだろうこれ? 見た目はレッドカラントを干した感じで小さいけど味は甘く、実一つ一つが芳醇な味だ。
干し赤ベリーを凝視するシオンに声を掛ける。
「シオンも食べてみる?」
「う、うん」
シオンは干しベリーを口に入れると、パッと表情が明るくなった。美味しいよね。
「いかがですか?」
「美味しいです」
「おいしい」
「それなら去年乾燥させた分がまだ残っているから旅のお供にいかがですか?」
「良いのですか? 分けていただければ嬉しいですが……」
「唐揚げやカタクリコのお礼だと思って頂ければ――いや、それじゃ足りないですね。この蜂蜜酒とレモンジャムも受け取ってください」
大量の瓶詰類を差し出しながらガスが言う。
「こんなに! 貰いすぎな気がしますが……」
「いえいえ。唐揚げという女神、そして芋の可能性を教えて頂いたのですから。足りないくらいです」
「そ、そうですか? では、有り難くいただきます。でもこんなに芋を仕入れて大丈夫ですか?」
大量の芋を横目で見ながら尋ねた。
「若干、張り切りすぎましたね。ですが、商業ギルドに聞いたら思ったより芋が余っていて安くするから引き取ってくれと言われたのでせっかくなので買い込みました」
キッチンを管理する文官にはやや眉を上げられたそうだが、無事に大量の芋を手に入れらたガスが苦笑いをする。
「爺さんは相変わらずだな」
「料理長と呼べ。しかし、これを全部カタクリコにするのもですね……エマ様に教えていただいたコロッケも素晴らしいのですが、揚げ物ばかりだと……騎士は喜ぶでしょうが侍女やメイドには怒られてしまう」
毎食揚げ物だと体調を崩す人もいるだろう。
「それでしたら芋のレシピをもう幾つかお教えしますよ。時間もありますし、折角なので子供たちも一緒に作りましょう」
「よろしいのですか!」
「もちろんです。お礼も頂きすぎなので。それじゃあ、マッシュポテト、それからニョッキとポテトパンケーキにしましょう。もしよかったら芋を購入するので、余分に作って旅に持っていっていいですか?」
「金は要らない。ロワーズ様の客人からは受け取れない」
お金は拒否されたが、ロワーズ払いで(?)余分な芋を分けてもらえるということでまずは芋の皮をみんなで剥く。
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