異世界の雇用条件
雇用条件を尋ねると、ワーズが口角を上げる。
「雇用条件だな。準備している。ハインツ」
「はい。エマ様の雇用条件として月に金貨四十枚。それから、密偵などを捕まえた時の特別報酬と衣食住の保証付きとなります。他にご希望があれば可能な限り配慮します」
月に金四十枚は一家族の四倍だ。それにプラスして衣食住の保証は……かなりの好条件だと思う。条件が良すぎて裏がありそうで怖い……。
「私には子供たちがいますので……食住は子供の分もお願いできますか? 給与から天引きで構いません。それから仕事内容の確認を詳しくしたいです。後、この仕事に期限はありますでしょうか?」
すぐに思いつく質問をするが、ハインツはすでに答えを持っていたかのように微笑む。
「子供たちの衣食住はロワーズ様の庇護下ですので、エマ様の給与からの天引きはございません。衣には武器の新調も含まれております。上限がございますので、その説明は後ほどいたします。仕事は主に鑑定ですが……鑑定と魔力の高さは内密にしていただきたいと思っております。それに伴いロワーズ様の側にいる『隠れ蓑』が必要となります」
「隠れ蓑ですか……それは、侍女とかですか?」
「違います。愛人です」
「は 愛人?」
ハインツが躊躇もせずに済ました顔で言うので思わず素で反応してしまう。なぜ隠れ蓑が愛人でないといけないの? ロワーズを睨むと申し訳なさそうに目を逸らす。
「あ、愛人役をしたら、シオンやマークがさらに狙われる事態になるのではないでしょうか?」
「……逃げた下男はもうすでにそう報告しておるだろう。それに言わなかったが騎士たちも大勢がすでにそう認識している。噂というものは速い、今更否定しても誰も信じてくれまい」
「愛人として認識されている……? あの、せめて恋人とか親しい友人とか言い方あるでしょう。愛人って……」
振り返りディエゴとアリアナに嘘だと言って欲しくて同意を求めるが――
「いや、俺は違うって分かっている――うぐっ」
ディエゴが話の途中でアリアナに肘打ちされると、言葉遣いを変えそのまま話を続ける。
「――ですが、他の騎士はまた別で……。その、お二人が裸で抱き合っているのを見た騎士もいましたので。その、団長にもついに春が来たと酒のつまみで話が盛り上がっておりました」
アリアナも続けて真剣な顔で言う。
「私も今の話を聞くまで団長の愛人の護衛を命じられたと思っておりました。申し訳ございません」
密偵にいろいろ勘違いされているのも、騎士どもが勝手に盛り上がって噂をばら撒いているのもどちらとも最悪だ。愛人天幕とあの事故のせいか……あの時に裸だったのロワーズだけだし!
思考が追いつかない。でも、考えてみれば……そう捉えられていてもおかしくない。
ロワーズが苦笑いしながら顎をなぞり冷静に言う。
「不本意でも、それを利用するのみだ。あくまで愛人役だ。期間は設けていないがエマ嬢が辞めたくなったら相談してくれればいい」
続けてロワーズに質問があるかと尋ねられたので、一番にモヤモヤしていることを尋ねる。
「こちらで愛人とはどういう意味でしょうか?」
「婚姻を結んでない者同士が閨を共にすることだが、我々の契約ではそこまで要求はしない」
「それは……恋人とは言わないのですか?」
私の質問にロワーズが言いよどみ、代わりにハインツが答える。
「恋人とは文の交換など健全なお付き合いのことを言います」
「ソウデスカ……故郷で愛人はあまり世間体の良い事ではありません」
「そうなのですか? 貴族は婚姻後、嫡子が産まれたら愛人をつくられる方も多いので、世間体は悪くありませんのでご安心下さい」
「それは。未婚の場合もですか?」
「……それは」
ああ、やっぱり良くないって話じゃない!
まぁ、そうでしょうね。こちらの貞操観念は愛人とか緩い割に足をちょっと見せただけでビックリしていたけど……境界線が分からない。
大きなため息をつく。
北の砦にヨハンと残り命を狙われるか、ロワーズと共に行動して愛人役をしながら命を狙われるのか。ガックリな二択だ。
「それで、私が愛人役を引き受けたらシオンとマークは世間からのどのように見られますか?」
「子は宝だ。世に子を残すのは貴族にとっては義務でもある。婚外子や未婚の子でも引けを取るなどない。家督を継げるのは嫡出子の長子か摘出子として養子に入る者だけだが、愛人という立場だから子供たちが罵られたりする事はない」
ロワーズは自信満々にそう言うが、考える時間が欲しい。
「今、返事はできません。子供たちの同意を得てから決めます。そして条件を増やします。私や子供たちに体術や剣の扱いを教えることのできる方をつけて欲しいです。自分の身は結局自分で守らないといけないので」
「それならアリアナが適任だろう。急だが旅の準備もある、可能なら返事は早めにお願いしたい」
「子供たち次第ですが、今日か明日には返事できると思います」
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