乱入者

 リリアに案内された執務室はロワーズの自室の中にあった。寝室は執務室とは別の部屋だったので、以前みたいな問題はない……と思う。

 リリアが優雅に礼をしながら言う。


「エマ様、シオン様、マーク様をお連れいたしました」


 執務机に向かい何かを書いていたロワーズは、顔を上げ軽く頷くと立ち上がりソファに座るよう促される。


「三人とも疲れは取れたか? 部屋で何か足りない物があるのなら、すぐにリリアに申しつけてくれ」

「おかげさまでゆっくりできました。部屋も特に足りない物はありません。ただ、これから生活してゆく上でお金が必要なので、仕事を紹介していただけると嬉しいです。図々しい願いですが、正直ロワーズさん以外に頼れる方がいませんので」


 普通だったら仕事クレクレなんてせず自分から探しにいくけど……この世界の勝手が分からない。今は、ロワーズを頼るのがスマートだと思う。


「ああ、そうだな。ハインツ、こちらに」


 ロワーズが手を上げるとハインツがずっしりとした麻袋を私の目の前のテーブルに置く。

 中を見なくても分かる。これはお金だ。でも、一応尋ねる。


「こちらはいったい?」

「エマへの報酬だ」

「報酬……ですか?」

「野営地での鑑定、それから密偵を捕まえた報酬だ。その他に討伐したオーク代も入っているが……あれは睾丸が潰されていたから大きな報酬にはなっていない」


 ロワーズが苦笑いしながら言う。オークの睾丸は結構高く売れるという。

 麻袋の中身は、金貨が大量に入っていた。二百枚くらいありそうなのだけど……こんなに? これは聞いていた一家族の生活費二十か月分の生活費に相当する。


「これ、貰いすぎじゃないですか?」

「そのようなことはない。エマの鑑定のおかげでイアンに扮していた密偵を見破る事ができた。鑑定がなければ騎士をもっと失っていたかもしれない。改めて礼を言う。感謝する」


 ロワーズが頭を深く下げたので慌てながら言う。


「頭を上げて下さい。分かりました。過分な報酬だと思うのですが、今後、お金は必要なので遠慮なく頂戴します。ありがとうございます」

「そうしてくれ。話は以上だ。では、食事にしよう」


 夕食はステーキ、それからトウモロコシのスープにハード系のパンだ。肉は鑑定すると猛牛と出ている。赤肉の肉汁が皿に広がりソースと交わっているのをみて生唾を呑む。


「今日は猛牛のステーキだ」

「魔物ですか?」

「いや、魔物ではないが獰猛な牛だ。だが肉は美味い」


 アイリスはカトラリーをそれなりに使えるようで早速肉を切って口に運んでいた。シオンにはステーキは食べやすいサイズに切った。

 猛牛のステーキを一口頬張る。


(美味しい……)


 肉は柔らかくかむたびに肉汁が口の中に広がる。ヒレステーキと似ている。高級品なのかと商品鑑定をかけてみたけれど、食べ始めた後だったから何も表示はされなかった。

 自分のスキルをちゃんと使えていない気がする……鑑定や商品鑑定がきちんと使えるように今後は慣れていかないと。

 目が合ったロワーズに笑顔で言う。


「お肉が柔らかくて美味しいですね」

「おいしいね」


 隣にいたシオンも満面の笑みで肉を食べながら言う。


「そうか。それならよかった」


 ロワーズの口角がほんの少し上がったような気がした。

 アイリスを見れば、無言で次々と肉を口に入れているから美味しいのだろう。

 夕食も終盤に差し掛かったところで、部屋の扉が大きな音で乱暴に開かれた。


「兄上! いつお戻りになられたのですか?」


 入ってきた男は、外にいた使用人が止めているのにも関わらず、ズカズカとロワーズにだけに話し掛けながらテーブルへとやってきた。こちらのことは全く眼中外のようで存在すら認識していないようだ。


「あっ!」


 急にテーブルに向かってきた男に驚いたシオンがフォークを床に落としてしまう。少し涙目になりながらシオンが小さくなる。


「ご、ごめんなさい」

「大丈夫だよ。新しいフォークをもらおうね」


 フォークを床から拾うと、やっとこちらのことに気付いたのか男が目を見開く。


「ん? 女? なっ、銀髪。それに子供だと? 兄上どういうことですか? 兄上のお子ですか?」


 ここの人たちは……どうして毎回毎回結論がそこに至るのだろうか。ロワーズの苦労がなんとなくわかったような気がして、同情的な視線をロワーズに送る。

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