魔物の襲撃 中編

 入り口に転がっているのは先ほど殺したゴブリンだ。青い血がウール絨毯にシミを作り始めている。エグい、エグすぎる。

 ゴブリンは近くで見ると全体的に汚れており、天幕の中にはその独特な体臭が広がり始めていた。あまりの慣れないその匂いに胃が気持ち悪くなる。


「触りたくない……」


 ゴブリンを土魔法で包み、足で転がしながら天幕の隅へと移動させる。土魔法で固められたその外観はまるで棺のようだった。


「カルロスとディエゴは大丈夫なの?」


 索敵をかけるが、天幕の回りには何も感じない。それよりさらに遠くの生命体は熟練度の問題なのか気配があるかないかを感じる程度だった。

 天幕からゆっくり顔を出し辺りを確かめる。四方から剣が交わり、魔法が放たれる音がした。空にはところどころ白い狼煙が立ちあがり、ここから見える救護班の天幕の回りでは怒号が飛ぶ中で命令に従い動いている騎士たちが見えた。


(あれ? あの男性は騎士ではないような……何をしてるんだろう?)


 忙しく行き交う騎士から隠れるように離れた場所に一人、別行動をしている者がいた。男は急ぎ足で救護班とは真逆の端に向かうと、黒っぽい紫の煙を出す木の棒を燃やし始めるた。その内、煙が出たままの木の棒を地面に放置してどこかへと消えた。男を鑑定するには距離が遠すぎる。それに、今はそれどころではない。キョロキョロと護衛騎士を探す。


「あ、いた」


 天幕から少し離れた場所で、カルロスとディエゴが自身より断然巨大な筋肉ブタと戦っていた。二人の辺りにはゴブリンの死骸が無数に転がっていた。予想するにあれはきっとオークだろうな。あれを食べていたのか……なんだか微妙な気分になる。戦闘中のオークをギリギリ鑑定することもできた。


ノーネーム

年齢:二歳

種族:オークソルジャー

魔力:1

体力:4

スキル: 長剣、打撃、棍棒、 繁殖


 目を凝らせば、カルロスとディエゴがオークソルジャーの身体に結構ダメージを与えてるように見えた。二人の方が優勢のようでホッと安心をする。

 すぐに決着がつく。そう思っていたが、風を切る音が聞こえたと思ったらバシュッと音がするのと同時にカルロスの肩に矢が刺さったのが見えた。ヒィと声が出るのを我慢する。


「あれ、矢よね? 一体何処から?」


 矢が飛んできた方向を必死で探す。いた――。

 奥にあった木の上に身を潜めながら矢を放つゴブリンを発見する。遠くて鑑定は出来ないけど、あれの所為でカルロスとディエゴが不利になり始めている。あれを落とさないと……目を凝らしながら集中する。


ドドン

『鷹の目を覚えました』


 スキルを習得すると標的のゴブリンの姿がはっきりと見え、鑑定が可能になる。


ノーネーム

年齢:八歳

種族:ゴブリン

魔力:2

体力:4

スキル:弓、鷹の目、 棍棒、 悪食、繁殖


 ゴブリンと鷹の目同士でしっかりと目が合う。黄色く濁ったその目を目掛け、いつも遊んでいた光魔法で光線をイメージし唱える。


「当たれビーム」


 指から真っ直ぐ木の上のゴブリンに向かって一筋のビームが放たれる。ビームがゴブリンの顔面を貫くとそのまま木から落ちた。鷹の目で確認すれば死骸と表示される。光の魔法の援護で隠れていた私に気づいたディエゴが大声を上げる。


「おい! 何をしてんだ! あっ、いや、天幕にお戻りください!」

「ブモォォブモォォ」


 オークソルジャーも先ほどの魔法でこちらに気づいたようで、不愉快な声を上げ下半身を興奮させながらこちらへ向かってくる。


「え、なにあれ……」


 今、他に考えなければならない事があるのは分かっている。逃げるとかね。でも、とりあえず叫びたい。


(何、あの下半身の大きさ)


 奴が走る度に上下に揺れ腰布からえげつない姿が露わになっている。グロテスク極まりない。

 動かないといけないのは分かるけど、迫りくる巨大豚と巨根に身体が硬直する。ディエゴが走って来るオークソルジャーを後ろから追い掛けながら太ももを剣で刺し失速させる。


――硬直している場合ではない。


 深呼吸をして、以前受けた護身術のクラスを思い出す。


「弱点を射抜く」


 光魔法で高出力レーザーポインターの矢をイメージしてオークソルジャーの目、股間、膝の三カ所に向けて【光矢ライトアロウ】を同時に放つ。放たれた矢は狙ったオークソルジャーの部位に当たると焼けるように燃え上がった。


「ブギャァァッァアァ」


 オークソルジャーが苦しみながら目と股間を押さえ膝から崩れ落ちると、間を置かずディエゴが後ろから首元に剣を刺した。ディエゴが刺した剣に更に力を加えると、剣はそのままオークソルジャーの喉元から貫通して辺りの地面には鮮血が飛び散った。グエェとオークソルジャーの断絶魔が聞こえるとズシンと事切れた大きな図体が地面に落ちる振動を足元から感じた。


(オークの血は赤いんだな……)


 しばらくその場に立ち尽くし、流れる血を眺めた。

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