だれ、これ?
天幕の中に入ると、外からは分からないほどの高級仕様だった。ここ、野営地だよね? 天幕の中には仕切りがあり部屋が数か所に分かれていたけれど、今いるここはエントランス兼会議室なのか左側には書類の置かれた大きなテーブルがあり右側にはこれまた豪華な執務机とステンドグラスのランプがあった。
執事のような恰好をした五、六十代の男性がメイドの格好をした女性二人と共に奥からやって現れて腰を折る。ロワーズの従者たちだろうか?
「ロワーズ様、おかえりなさいませ」
「うむ」
執事が顔を上げ私に気づくと一瞬目を見開いたが、すぐに無表情に戻った。
「ロワーズ様。お召し物はいかがされましたか?」
「……レズリーから後で受け取ってくれ」
レズリーは、騒いだ騎士たちを諭すために先ほど転びそうになった場所に残っていた。
「ハインツ、休める天幕に案内を頼む。丁重に扱うように」
「かしこまりました。そのようにいたします」
ハインツと呼ばれたロワーズの従者に自己紹介をされる。
「お嬢様、ハインツと申します。必要な物がございましたら、なんなりと申しつけ下さい」
「あ、ありがとうございます」
「まずは疲れを癒してくれ。また、後ほど話がしたい」
「分かりました」
ロワーズが執務室に向かうと、ハインツに丁重に別の天幕へと案内される。
「それでは、お嬢様こちらへ」
◇◇◇
「こちらの天幕をご使用ください」
ハインツに案内されたのは、先ほどいた場所の隣にある天幕。ロワーズの天幕に比べるとこぢんまりとしていたが、私とシオンが使うには良い広さで中はとても暖かかった。シンプルな部屋の割には、中心にひとつあるベッドはやけに豪華で二人には広すぎるくらいのものだった。
「とても素敵です。ありがとうございます」
「それではお湯とお茶をお持ちします」
そう言うと、ハインツはスッと天幕から退散した。なんとなくだけど、ハインツに距離を取られているような気がする。ま、それもそうよね。私はいきなり現れた怪しい女なんだから。
フーと深呼吸をする。ロワーズとレズリーには感謝しかない。彼らとの出会いがなければ、私もシオンも今頃どうなっていたか分からない。暖かい場所で眠れるだけでありがたい。
モゾモゾとシオンが胸元で動き始める。
「シオン、下ろしても大丈夫?」
「……うん」
シオンは結局、ほぼずっと私のダウンジャケットに入ったまま、道中はほとんど寝ていた。よく分からない世界に放り出されて、知らない大人に剣を向けられたのだから精神的にも疲れていたのだろう。
ダウンジャケットから出てきたシオンをじっくり観察する。決して、ショタコンだからではない。綺麗な銀髪に菫色の瞳。あの時見た顔よりも美少年になったが面影はある……
(やっぱり、あの道端で見掛けた子供で間違いない)
シオンの手足を確認すれば、虐待されて付いただろう火傷や剥がれた爪まで綺麗に治っていた。どういうことなのだろうか? 傷がなくなったのなら、良かったと思う。心の傷まで治ったのかは分からないけれど……。
自分の身体もついでに確認する。天幕の中に鏡は見当たらないので顔までは分からないが、身体はやはり以前よりかなり引き締まっている。
「何、このお腹。これ割れてるの?」
体力絶好調期にも腹がここまで割れていたことなんてなかった。腰回りの「ラブハンドルちゃん」と名付けたぜい肉もその姿を消している。感覚的に二十五キロかそれ以上に痩せたのではないだろうか。こんな体型は十代以来だ。そして胸元に流れた髪は、やはりシオンと同じ綺麗な銀髪。
「お湯とお茶をお持ちいたしました」
いろいろ感動していたら、ハインツの声が天幕の外から聞こえた。どうやら、私の許可を待っているらしい。
「あ、どうぞ!」
入ってきたハインツがシオンの姿を見て少し動揺した様子で呟く。
「子連れで……まさか」
「え?」
「いえ、なんでもございません。お湯とお茶の準備をさせていただきます」
「ハインツさん、ありがとうございます。私はエマと申します。こちらはシオンです」
お茶とお湯を準備したハインツに頭を下げ、礼をする。
「ご丁寧にありがとうございます。エマ様。他に何かございましたら、このハインツにお申し付けください」
ハインツがシオンを見て優しく微笑む。物腰も柔らかく、シオンも怖がってないようで安心した。
「あの、できれば子供用にブランケットがあれば借りたいのですが」
「もちろんでございます。こちらの箱の中に入っておりますのでご自由にお使いください」
ハインツがベッドの前にあった大箱を開けるとブランケットや枕が入っていた。どうぞと渡された暖かそうなブランケットでシオンを包みテーブルの席へつかせるとハインツがお茶をカップに注ぐ。
「シオン、熱いから気を付けてね」
「お坊ちゃま用に氷を浮かべ温度を下げておりますのでご安心ください」
「そうなんですね。ご配慮感謝します」
ハインツに渡されたカップに口を付ける。温かくて美味しい……。
「他に何か必要な物はございますでしょうか?」
「いまのところは大丈夫です。ありがとうございます」
「それではまた夕食時にお伺いいたします」
ハインツは綺麗な所作で礼をすると天幕を出て行った。
フーとまた深呼吸をして首を回す。流石に四時間近くの雪道ハイキングで身体には汗や汚れがついて気持ち悪かった。頂いたお湯で顔を洗おうと桶を覗いて停止した。
「は? だれ、これ?」
急に出した大声に、お茶を飲んでいたシオンの身体がビクッと強ばった。
「あ、ごめんね。なんでもないよ。ちょっとびっくりしただけ」
湯気が立っていた桶の水面に反射した自分の顔を再び確認して頭の中が疑問でいっぱいになる。何故ならそこに映っていたのは、菫色の目をした二十歳くらいの女性だった。
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