スキルが一つしかないけど、頑張ります!

鈴木衣浪

第1章 異世界転移

第1話 「えっ…?うわ……っ」

 その日は、その地域にしては珍しく台風の上陸が予想され、その地域の学校は、いずれも午前授業のみで生徒は帰宅をさせられていた。

 

 高校生の小林菜奈も例にもれず、午前中の授業が終わると、学校から下校をするよう指示をされ、友人とともに下校をしているところだった。


 「途中で帰らせるなら、最初っから休みにしてくれればいいのにね」

 「ほんとそれ」

 「しかも、課題まで出すとかないわー。数学の課題、次の授業までって、結局明日のことじゃんね」

 「え、数学って課題なんてあったっけ……?」

 「ちょっと何言ってるの?帰りのホームルームで言ってたでしょ?聞いてなかったの?結構量あったよ?」

 「うそでしょ?え?プリント?問題集?」

 「問題集。持って帰ってきてる?」

 「えーっと………ない、ね」


 特別不真面目というわけではないが、特に真面目というわけではない菜奈は、他の生徒の例にもれず、基本的に教科書は、学校において来てしまっている。入れた記憶はないが、念のため鞄を漁るが、期待もむなしく、当然のように目当ての問題集は鞄には入っていない。


 「とってきた方がいいよ。数学の斎藤、課題忘れるとめっちゃ怒られるじゃん。しかも、みんなの前で。パワハラだと思うんだよね、アレ」

 「うー……半分帰ってきちゃったのに、戻るのかぁ……でも、明日怒られるのも嫌だし……明日の朝やればなんとかなったりしない?」

 「問題集10ページ分が何とかなるなら何とかしてみなよ」

 「無理ですぅ」

 「なら、学校まで取りに行くしかないね」

 「はーい……。行ってきまーす……」


 菜奈は、友人と別れ、踵を返すともと来た道を戻り始める。

 台風の上陸までは今少し時間があるためか、風は比較的穏やかであるが、土砂降りの雨のせいで菜奈の着ているブレザーの上着の袖もプリーツスカートも端から色を変えてしまっている。こんな天候の日に限って忘れ物をした自らの不運を嘆きながら菜奈は、徒歩で15分程度の道のりをとぼとぼと歩いていく。普段は自転車通学をしているが、土砂降りになることがわかっていたため、今日は徒歩で通学していた。


 通学路は、田舎過ぎず、都会過ぎない住宅街の中を歩いていくことになる。十数年前、菜奈が生まれたころには新興住宅街と呼ばれていたような所だ。建売の似たような建物が並び、少し行ったところにある用水路を超えると商店などが並ぶエリアとなる。菜奈も学校帰りによく寄り道するエリアだ。


 雨を吸って靴の中まで水がしみ込んで気持ちが悪い足を何とか動かし、菜奈は用水路まで差し掛かった。

 そこで、菜奈は用水路の中ほどに視線をひかれる。用水路は、この雨で増水し、土砂も含んでいるために、濁ってしまっているにもかかわらず、水面が光っているように見えるのだ。曇天に周囲に光源もないため、水面が反射する光もないはずにもかかわらず、だ。


 一瞬光っただけであれば興味も惹かれないが、今菜奈が目にしている光は、懐中電灯が水中から水面に向けて光を向けているような光り方をしているのである。当然、増水した用水路の流れは速く、懐中電灯など簡単に流されてしまうし、光の方向が一定であるはずがない。


 その奇妙な光に興味を惹かれて、転落防止の柵に手をかけて何が沈んでいるのか、用水路の中を覗き込んだ。

 その瞬間、菜奈は上半身が用水路に向かって引っ張られるような錯覚をした。いや、ようなではなく、確実に見えない手のようなものによって上半身を用水路に引き込まれた。


「えっ…?うわ……っ」


 ドボン、ともボチャン、ともつかない水音を立てて、菜奈は水面に引きずり込まれた。まさに、菜奈が見ようとしていた水底の光に向かって。


 後には水面に落ちる際に手放した菜奈のビニール傘だけが雨に打たれて転がっていた。


 






 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る