残滓

赤石 奏

軍需工場

「あなた、新人さんですか」

「ええ、芝野といいます」

「あら、ご丁寧にどうも。わたしは田山。短い間でしょうけど宜しく」

「こちらこそ宜しくお願い致します。ところで田山さん。ここは、前は違う工場じゃありませんでしたか。何だったかしら、ええと」

「ピアノですわよ、ピアノ。昔からわたし、ここで鍵盤を作る仕事をしてましてね……」

「それは素敵ですわね。私もピアノを作っていた時分に来たかったです」

「そうでしょうね。ここで働いていたわたしたちだって、誰も飛行機作るようになるとは思いませんですよ。ピアノ作る方が楽しいに決まってますわ。あなただってわざわざ兵器を作りたいなんて思っていないでしょう」

「駄目です、そんなことを言っては」

「大丈夫よ、誰も聞いていませんわ。……ところで芝野さん、おいくつ?まだ若いでしょう」

「ありがとうございます、でももう27ですわ」

「わたしより10歳も若いじゃない。でもここにいるということは、ご結婚は」

「ええ、してませんの。結婚もしてないで、こんなところに来てしまったんですよ。婚約者がいますが、今は満州に……」

「あら、それはお可哀想に。わたしの夫も満州に。彼は音楽家を……丁度ピアノをやっていたんですけれどね、徴兵されて。あの人、可哀想に、今はピアノ弾いてた腕で鉄砲持っていますのよ、わたしたちはピアノ工場で戦闘機作って、こんな皮肉なことないわ」

「そうですよね……あれ、でも田山さんはご結婚なされていますでしょう。何故ここで働いているのでしょう」

「あのね芝野さん、この工場で働いていた女は、殆どがまだ残って飛行機の部品なんか作っていますの。何故だかお分かり?」

「いいえ」

「これはね、わたし達残された者たちの闘いなの。わたし達は闘い続けなくてはいけない。だからピアノを作れるようになるまで、じっと、静かに、耐えているんですわよ。平和になったとき、彼らが満足に音楽ができるように」

「……でも、私たちって、本当に日本の平和のために働いているんでしょうか。最近分かりません。先程田山さんが言っていたことも、失礼ですが詭弁に思いますの」

「あら、平和のためではありませんわよ。みんな、平和になったときのために闘っていますの。平和のためにできることはね芝野さん。祈ることだけですのよ」


                               終


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