第9話:エクスの進化と他貴族

ある日の午後


庭でゴロゴロしているエクスを眺めながら考える。

 

 「はぁ…開くか…お茶会」


カナン大帝国では一番爵位の高い貴族がお茶会を開くという風習がある。

 そしてここら辺一帯だとアインズベルク侯爵家が一番爵位が高く、別名辺境伯といわれるほどの重鎮である。


 この国で有名な貴族家のツートップといえば、海運と海軍を一手に担う「ランパート公爵家」と、陸運と陸軍を一手に担う「アインズベルク侯爵家」だ。

 実はうちは結構凄いのである。


 庭でゴロゴロしているエクスのお腹に背中を預けて欠伸をしながら考える。

 ここら辺一帯の貴族は男子も女子も武闘派になりやすい。立地的にそういう運命なのだ。

 

「っとその前に、エクスのために落札した魔石があるんだが、今食べるか?」


「ブルルルル!!!」


 この前ケイルに資金を渡してオークションに行ってもらったのだ。どうやら魔物にとっての魔石は、人間にとっての甘味のようなものらしい

 エクスは食いしん坊なので、もちろん魔石も大好物である。


 屋敷に戻り、箱いっぱいに入っている魔石を持ってくる


「ほーれ、食え」


ガツガツガツ


「美味そうに食うなぁ」


普通、魔物は長い年月をかけて成長限界に達し、その中でも素質のある選ばれた個体だけが進化する。エクスはブラックホースの変異種であるバイコーンなので、もちろんこれに該当するのだが



「まぁ二年間毎日のように暴れ回ったし、魔石も全部エクスが食べてたからなぁ」



大陸屈指の危険地帯である「魔の森」の近辺であるここら一帯も、危険地帯なのだ。

 そんな場所で二年も暴れていれば、いやでも成長する。


魔石を食べ終わったエクスは、またゴロゴロし始めたので、俺も一緒に昼寝する。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


次の日の朝早く、メイドに叩き起こされた


「アルテ様、アルテ様!起きてください!エクスが!!」


メイドに引っ張られて厩舎に行くと、何人かの侯爵家の衛兵が屯していた。


「アルテ様、朝早く申し訳ございません、ですが...」


「わかってる。エクスが進化したんだろ?」


「ええ、そうです」


「見てくる」



そして厩舎に入ると、そこにはバイコーンよりも一回り大きくなり角と鬣が伸びたSランクの魔物「スレイプニル」がいた。


「よっ、元気か相棒」


「ブルルル」


「そうか、この厩舎も建て直さなきゃな」


外に出て、皆に伝える


「特に問題はない、ただ前から伝えてあったようにエクスが進化したんだ」


「やはりそうでしたか。普通は従魔の進化などはそうそうお目にかかれるものではないので、少し取り乱してしまいました」


「しょうがないさ」


その後、エクスは料理長に飯を作ってもらい、普段通りにたらふく食べた後、庭で昼寝をしていた。


そしてその夜


「エクスが進化したようだな、昼間庭でゴロゴロしているのを見かけたが、あれはもしかして伝説のスレイプニルではないか?」


「あなた、それって本に出てくる?」


「ああ、最後に目撃されたのが何百年も昔だという別名『深淵馬』といわれる魔物だ」


「私も見たけどもっと可愛くなってた!!」


「以前は青みがかった黒色だったが、今のエクスは美しく艶のある深淵のような黒になっていたぞ」


「そうねぇ、綺麗だったわねぇ。あの鬣少しもらえないかしら」


と母が両手を整った顔に挟みながら呟いた


「私も欲しい!!!」


「じゃあ、今度エクスに頼んでみるよ」


「「やったー!」」


「わ、私も欲しいのだが...」


「でも親父、我慢できずに騎士団に自慢するだろ」


「え?あぁ」


「そしたら模擬戦の時に俺がいろんなやつに頼まれるからダメ。マルコとか」


「そ、そんな...」


「あ、そういえばそろそろお茶会を開くから、うちと親交がある他貴族に書状を送っといてくれない?できれば同い年で」


「つ、ついにアルが...」


「アルもそういうお年頃なのねぇ」


「お兄様が他の女に...ブツブツ」



悲壮に暮れる哀れな親父(これでも侯爵軍総帥)を眺めながら考える。

 なんというか、旅に必要な最後のピースが揃った気がするのだ。まぁこれからは学園に通わなければいけないのだが。



 ソロで史上最速でSランク冒険者になり、Sランクの伝説の「深淵馬」を従えた。

 さらにあの大帝国の重鎮であるアインズベルク侯爵家の出身だという冒険者の話は吟遊詩人の目に留まらない筈もなく大陸全土でさらに謳われる存在になった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


  翌朝


「よしエクス、遊びに行くぞ」


「ブルルル!」




冒険者ギルド、バルクッド支部にて


「おい、『閃光』がきたぞ」


「あれが噂の...」


「『閃光』様は今日も美しいわね、結婚してくれないかしら」


「おいおい、相手はあの今大陸中で吟遊詩人に謳われる『閃光』様だぞ。お前みたいな年増なんて...グハッ」


こんな光景にも慣れたのである

そして友達5号である受付嬢に話しかける


「おはようアンジェ」


「おはようございます!アルテ様!今日はどのようなご用件で?」


「従魔が進化したのでな、登録情報を変えておいてくれ」


「なるほど、わかりました。確かエクス君はBランクのバイコーンでしたよね?」


「そうだな」


「バイコーンの進化先はいくつかありますが、なんという種族になったのですか?」


「スレイプニルだ」


「えっ?スレイプニルってあの伝説の『深淵馬』ですか?最後の目撃例が何百年も前になるほどSランクの中でも希少な種類ですよ!」


「ああ、そうだな。じゃあ後はよろしく頼む」


「ちょ、ちょっとぉ!待ってくださいよ!」



焦るアンジェを放って、すぐにエクスをつれてテール草原に向かう。


「エクス、スレイプニルって確か〈水・雷〉属性だったよな」


「ブルル」


「じゃあ治癒魔法もできるってことか?」


「ブルルル」


「ほう、そうか。じゃあ俺が手に傷をつけるから治してみてくれ」


 俺はナイフで自分の手を切る。血が滲む手をエクスに近づけると、すぐにエクスが治癒魔法で治してくれた。


「ありがとな、それに水魔法が使えるならこれからは水を持たなくても大丈夫だな」


「ブルルルル」


「よし、じゃあ暴れてきていいぞ」


というと、エクスはかなり溜まっていたようで、全速力でテール草原の端っこを走り回った。


その後、エクスの覇気で気絶した低ランクの魔物を、駆け出しの冒険者たちがホクホク顔で持ち帰ったらしい。


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~サイド他貴族~


ブリッジ伯爵家当主【テルン・ブリッジ】は焦る。


「まさか、今になってあの『閃光』と名高いアインズベルク侯爵家次男のアルテ様がお茶会を開くとは思わなんだ」


「お父様、たしかアルテ様の本名って『アルテ・フォン・アインズベルク』だったわよね?」


「ああ、ミドルネームの『フォン』は元皇族か、このカナン大帝国に多大な功績を残した大貴族にしか与えられないものだ」


「帝国では大公家とランパート公爵家、それとアインズベルク侯爵家しか名乗れないのよね」


「そうだぞ、よく知っているな」


「だって私はブリッジ伯爵家の次期当主よ?」


「その通りだ!ハッハッハ!」


「アルテ様が次男というのは、運がいいですわね」


「ああ、婿候補としてはカナン大帝国、いやこの大陸において最も価値があると言ってもいい」


「応援してるぞ、娘よ」


「はい!この【オリビア・ブリッジ】の名に懸けて、射止めて見せますわ!」



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カムリア男爵家当主【ロン・カムリア】は驚く。


「おい!リリー!お前宛にアインズベルク侯爵家から書簡が届いてるぞ!」


「急に大声出さないでよ!ビックリしたじゃないの!」


「あの『閃光』様からお茶会の誘いが届いたぞ!」


「え...あのアルテ様から?」


「そうだ」


「ふ、ふ~ん。やっと開くのね」


「嬉しそうだな」


「嬉しくなんてないわよ!」


「そ、そうか」


「まぁ、しょうがないから行ってあげるわよ!」



明らかに嬉しそうなカムリア男爵家次女【リリー・カムリア】は、何を隠そうアルテを一度見かけたことがあり、その時からひそかに思いを寄せていたのである。


「もう一年前になるかしら、バルクッドに行ったときに黒馬に乗って走るアルテ様を見かけたのは...はぁ...」



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パリギス子爵家当主【イザベラ・パリギス】は微笑む。


「ルーカス、あなたにお茶会のお誘いが来てるわよ」


「え、俺に?」


「そうよ。相手はあのアインズベルク侯爵家の【アルテ・フォン・アインズベルク】様よ」


「えぇ!あの『閃光』様から?マジかよ...怖そうだな」


「一緒に鍛錬でもしてきたら?」


「そうだな!剣を合わせれば仲良くなれるかもしれないな!」


「ふふふ。頑張ってね」


女帝と名高いイザベラは、愛する息子を素直に応援していた。


それと、パリギス子爵家次期当主【ルーカス・パリギス】は剣馬鹿なので実はアルテとも相性がいいのかもしれない。



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 何を隠そう総勢十万を超えるアインズベルク侯爵軍に就職することは、ここら一帯では花形の職業なのだ。そのため、家を継げない貴族の子女たちは自分の領軍よりも侯爵軍で出世を目指すものが多い。

 

このカナン大帝国には数百を超える貴族が存在し、その中の実質陸軍トップであるアインズベルク侯爵軍は一騎当千の猛者たちの集まりなので貴族の子女でも入れないことが多いのだが。


 ちなみに侯爵軍の男女比は半々くらいで、騎士団のほうが若干男性が多く、魔法師団のほうが若干女性が多めだ。これは男性の方が体格で恵まれ、女性の方が潜在魔力が多いことも関係している。


 

そんな中、『鬼神』の異名で呼ばれる親父は侯爵軍総帥直下「黒龍騎士団」を扱いていた。


「おらぁ!こんなものか!こんな体たらくで領を守れるわけないだろう!」


「「「ひぃぃぃぃ」」」




そんな親父を見ながら、ボーっと日向ぼっこをするアルテとエクスであった。



「おぉ。今日もやってるねぇ...」


「ブルル...zzz」



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