異端むかしばなし【一話完結短編集】
だんぞう
食わず女房
むかしむかしあるところに、とてもケチな男が居た。ケチなだけにお金はためこんでいたのだが、ずっと一人身だったのは、ことあるごとに「ああ、ものを食わぬ嫁さんがほしいのう」と言っていたからだった。
ある日、美しい娘がその男の家を訪れた。
「私はものを食べませぬ。どうかお嫁さんにしてください」
男は喜んでこの娘を嫁さんにした。するとどうだろう。その嫁さんは確かに何も食べない。だが家の仕事はしっかりとする。「ああ、俺はいい嫁をもらったぞ」男はそう喜んでいた。ところが嫁さんが来てから十日も経たぬうちに、米びつが空になってしまったのだ。
不思議なこともあるもんだと思った男は一計を案じ「山へ出かけてくる」と言って家を出たあと、そっと引き返し屋根から天井裏へ登り、じっと家の中の様子をうかがった。
すると嫁さんは男を送り出したあとすぐに大きな釜に米を炊き、大きなおにぎりを何十個も握りはじめたのだ。そして握ったそばからそのおにぎりをひょいと放り投げると、頭の後ろ、髪の間に大きな口ががばっと開いてそれをばくりと食べてしまう。ひょい、ばくり、ひょい、ばくり。大釜いっぱいに炊かれたお米はあっという間に食べつくされてしまった。男はびっくりしたがじっと耐え、隙を見て外へ逃げだすと、助けを求めて近所の村人たちのもとをまわった。
夕方、男は何食わぬ顔で家へと戻る。
「今、帰ったぞ」
嫁さんは黙々と家の仕事をしていて、こうして美しい顔を見ていると頭の後ろに大きな口があるようにはとても見えない。だが男は心の中で首を振る。いやいや騙されてはならない。この女は化け物なのだと。そして考えておいた言い訳を口にした。
「今日な、山で仕事をしていたら、山の神様からお告げがあってな。女房と今すぐ別れなさいと言うのだ。俺は神様のお告げの通りにしようと思う」
それを聞いた嫁さんは、特に慌てる様子もなく。
「それはしかたありません。では出ていきますが、その代わりに大きな桶を一つくださいな」
暴れた時のためにと、近くに村人を待たせておいた男は拍子抜けした。
「そんなこと、おやすいごようだ」
風呂桶を外し、中にためておいた水を捨て、女にくれてやることにした。
「さあ、これを持って出ていってくれ」
男が風呂桶を女に押し付けると、女は首をかしげてこう言うのだ。
「この大きさで間に合うかどうか……ねぇ、ちょっとでいいから入ってくださらない?」
男がそのくらいならと思い風呂桶の中に入ると、急に風呂桶が持ち上がり、ずんずんと家の外へと動きだした。もしかしてこれは女が風呂桶ごと自分をかついでいるのかと男がガタガタ震えはじめた時だ。頼もしい声が響いたのだ。
「待てぃ! 化け物め!」
先ほど声をかけていた村人たちの声。それに続くいくつもの威勢の良い声が近寄ってくる……と同時だった。男は風呂桶ごと地面へどすんと落とされたのだ。その衝撃と痛みとで男が動けないでいるうちに、何かを殴りつける音が近くで聞こえはじめる。
ボキリ、ボキリと鈍い音が聞こえていたのだが、次第にその音がしなくなる。何が起きているのだろうか。
男が村人たちに声をかけようかと思ったその瞬間、村人たちの声から勇ましさが消えた。
「なんだこいつ、急にぐにゃぐにゃしはじめたぞ」
「殴っているのに手ごたえがないぞ」
「おい、なんだ、気持ち悪い! その動きをやめろ!」
村人たちが持っている武器であろうものが風を切る音は聞こえるのだが、ぬるり、ぬるりと聞いたことのない湿った音で終わる。
「逃げていくぞ!」
その声の後、辺りはしーんと静まりかえる。
不安になった男は体を揺らして風呂桶を倒し、ようやく外へ出た。
すると道のはるか向こうに真っ白い人のようなものがくねくねと踊るように動いているのが見えた。それを見ているだけで頭がぐらぐらとする。まさかあの化け物に皆は……と振り返ると、男を助けにきてくれた村人たちは皆、怪我もなくそこに立っていた。
しかし男が話しかけてもへらへらと笑うばかり。
それ以来、男以外の者は皆、もう二度とまともに話すことができなくなってしまった。
男はその後、おかしくなってしまった村人たちの家族に財産を全て奪われ村を追い出されたのだが、「こんなところに居たくはない」と喜んで出て行ったという。
<終>
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