とりあえずアイスを買って来てくれないか
藤泉都理
とりあえずアイスを買って来てくれないか
「クッククク」
「何がそんなにおかしいんだ?」
「ああ?この状況笑えるだろうが」
「ふっ。間抜けな警官と探偵ってか」
「そうだ」
「そうだな」
崖に背を預けていた警官はもう一度だけ呟くと、真正面に聳える不気味な樹海から視線を上げて、天空を仰ぎ見た。
こちらも不気味と言えば、不気味、なのだろう。
いや、神秘的、幻想的と言うやつもいるのだろう。
次から次へとひっきりなしに彗星が流れる天空を見て。
「空を埋め尽くさんばかりの彗星たあ、有難みがとんとねえな」
「これ幸いと願いを託すやつもいると思うけどな」
「クッ。なら俺たちも願うか?この状況をどうにかしてくれってな」
「そうだな」
警官は首から下げていた笛を口にくわえて、ひょうきんな音楽を奏で始めた。
何やってんだこいつは。
探偵は呆れたが、止めろとは言わなかった。
不思議と心地よかったことに加えて、足の痛みも退いていくような気がしたからだ。
(まあ気がするだけで、骨折が治ったわけじゃねえがな)
当たり前だ。魔法使いでもあるまいし。
「何だ?面白かったか?」
「ああ。そうだな。面白くて面白くて、力が出て来やがった」
「おい!」
探偵は警官の制止を聴かずに立ち上がった。
おいおいおい。
警官は口端を引き攣らせた。
「おまえ。片足を骨折しているだろうが」
「おまえもな、警官」
怪盗を追うのに夢中で崖から真っ逆さま。警官と探偵は二人仲良く片足を骨折。探偵の服に仕込んでいた警棒と紐で応急処置済み。
探偵から歌うように現状を伝えられた警官は顔を顰めた。
探偵は不敵に笑った。
「電子機器類は全滅。こんな樹海に近づくやつはいねえ。つまり、自力でどうにかするしかねえだろうが」
「だからこの崖を這い上がろうってか?」
「樹海を彷徨うよりかは戻れる可能性は高いだろうが」
「両足があっても登るのは難題な崖なんだが」
「だからどうした?」
「あ~はいはい。励ましながら頑張りましょうか」
ふんぬ。警官が崖を支えにして片足で立ち上がると、くるりと身体を動かして崖と向かい合いながらも視界を上へ上へと出口へと向ける中。天空の支配者にでもなるつもりなのか。衰えを知らない流星群に笑みが零れる。
「ははっ。すごいな。彗星がまだ空に流れている」
警官は崖を登り始めた。
「彗星に見惚れて落ちるなよ。警官」
探偵も崖を登り始めた。
「無事に登り切れたらアイスを奢ってやるよ。探偵」
「袋に入っている苺のかき氷を奢れや」
「安月給だと思ってんな?もっと高いアイスも奢れるわ!」
「無理すんな」
「してないわ!」
「なら、パピコでいい」
「二人で仲良くはんぶんこって!?」
「ククッ。俺たちに似合いのアイスだろうが」
「おまえ疲労でおかしくなっているよ絶対に落っこちるなよ踏ん張れよでも骨折している足は踏ん張るなよ」
「誰に言ってんだ?」
「おまえだよ!!」
「しゃかしゃかしゃかしゃか登って。家守ですかあなたたちは?」
二人の視界には入らない崖の上から、警官と探偵の様子を眺めていた怪盗は呟くと衣を翻した。
まさか追っかけて来ていた警官と探偵が二人して崖に落下するなんて思いもせず。
まああの二人なら大丈夫だろうと思いながらも戻って来てみれば、案の定、な様子で。
怪盗は背伸びをすると、迎えに来ていた大型バイクに乗り込んでその場を後にしたのであった。
「ふふっ。彗星に見惚れたんでしょうかね?」
「「いや二人とも両手両足骨折しているじゃないですか!?」」
居場所を突き止めて医者と共に迎えに来てくれた優秀な部下と助手に、化け物だと大騒ぎされた警官と探偵は、とりあえずアイスを買って来てくれないかと言っては、まずは病院に直行だと叱られたのであった。
(2023.5.6)
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