9.石に花を咲かす(上)
「あなたの求婚なんてお断りです!」
予期していた反応とはいえ、敵意をもって睨まれると、テオドールはちょっと胸が痛んだ。
だが、最愛の妻に死なれるよりは数倍マシだ。
これからも適度に好かれつつ、適度に嫌われるこの距離感を保とうと決意する。
テオドールはシルビィに嘘をついていた。
彼は今、二度目の人生ではない。
二度目どころか七度目だ。
毎度どれだけ手を尽くしてもシルビィと不本意な別れをするので、何度も時を逆行している。
始まりは一度目の人生。
王城のパーティーで庭園を散策していたテオドールは、同じく庭園を楽しんでいたシルビィに出会った。
生き生きと楽しげな様子に惹かれて話しかけ、意志が強く自由奔放な気質を知ってあっという間に恋に落ちた。一目惚れだった。
その頃のテオドールは、立場に合った立ち居振る舞いや考えを心掛けてばかりで、思うままには生きていなかった。
自分らしさを追求するシルビィの姿は新鮮で、彼にはまぶしいものだった。
わざと忘れ物をしてまた会うきっかけを作ったり、植物園にデートに誘ったりして距離を縮め、出会った四阿で求婚。
シルビィも同じ気持ちであったので、二人はめでたく結婚した。
ところが、幸せは長く続かなかった。
二十三歳でシルビィが事故死してしまったのだ。
ただの不運な事故なら天命と諦めもついたが、後から偶然を装った事件だったと分かった。
犯人は第一王子。
理由は同母妹であるメアリー王女を、有力者であるテオドールに嫁がせるのに、妻であるシルビィが邪魔だったから。
身勝手すぎる理由は、テオドールが第二王子に味方するのに十分な動機だった。
一緒に幼い息子も亡くしたので、恨み骨髄だ。
復讐が済むとテオドールは気が晴れたが、満たされはしなかった。
テオドールが欲しいのは、あくまでシルビィと作り上げる幸せな人生だ。
時を遡行する手段が手に入ると、テオドールはその望みを叶えることにした。
二度目の人生が始まると、テオドールはまずあれこれ工作して、メアリーを隣国の王子に嫁がせた。
それからシルビィに近づき求婚。
シルビィが死ぬ原因は潰してあるので、これで大丈夫と安心していたが、予想外のことが起きた。
今度は婚約中にシルビィが肺炎にかかり、世を去ってしまったのだ。
三度目の人生で、テオドールはメアリーにも病気にも気をつけた。
シルビィに自分が時を逆行していることを伝え、身辺や体に気を付けるように言い聞かせた。
対策は万全のはずだったが、不幸はまた起きた。
今度は求婚する前に、シルビィの命が通り魔に奪われてしまったのだ。
シルビィの方から「好きです」と告白され、テオドールも好きだと伝えた直後のことだった。
四度目。
三度も愛する相手に先立たれて、テオドールは気がおかしくなりそうだった。
シルビィの生きている姿を喜びつつも、また失う恐怖に近づけず、スターロン伯の遊び仲間として遠くから見守る日々が続いた。
すると不思議なことに、シルビィの人生には何も起こらなかった。
病も通り魔も、彼女を素通りした。
何事もなく一度目の人生の没年――二十三歳を迎え、シルビィは遅い結婚が決まった。
未練ありありの元妻が、自分以外の男と結婚となると、テオドールは黙っていられなくなった。
遠くから見守るのはやめてシルビィをかき口説き、スターロン一家とシルビィの婚約相手を必死で説き伏せ、自分との婚約にこぎつけた。
途端、あっけなくシルビィが事故死した。
五度目。
ここまでくると、テオドールはどうやら自分がシルビィの不運の原因だと悟らざるを得なかった。
見守っている分には害にならないようなので、今度はシルビィを自分の屋敷の庭師として雇った。
一度目の人生で、彼女に庭師になる夢があったことも、一流のガーデナーになれる素質があったことも知っていたからだ。
恋愛関係にはなれなかったが、満足の行く関係だった。
主人であればシルビィを近くで見守ることができるし、職を与え自立させることで、シルビィが結婚しなければならない理由をほぼ消すことができる。
狙い通りシルビィは生涯独身を公言し、仕事に熱中してくれた。
テオドールのことは『自分の夢を叶えてくれた最高の理解者』として誰より慕ってくれた。
二十四才になったシルビィと、彼女が一から作り上げた小さな庭で楽しんだティータイムは、テオドールにとって心安らぐ思い出になった。
ところが。
シルビィが二十五歳になった時、造園技術を学ぶために国外へ行きたいと言い出すと、テオドールは良き理解者ではいられなくなった。
旅が危険だから心配という気持ちと、手元からは離したくない気持ちから、強く反対した。
結果は悲惨だった。
シルビィは期待とは正反対の反応にショックを受け、それまでのように心を開いてはくれなくなった。
人の口を通じてテオドールの自分に対する愛を知ると、さらに心を閉ざした。
自分が才能ではなく好意で雇われたと誤解し、ある日「閣下のご厚意にぬくぬくと甘えているわけには参りませんのでお暇します。探さないでください」という旨の書置きを残して、屋敷を去った。
テオドールはもちろんすぐ探したが、消息はつかめずに終わった。
ただ数年後、テオドールは国外でシルビィの手によるものと思われる庭園を見つけた。
人工の景観はまわりに広がる森に溶けこんで、庭には果てがないようだった。
彼女の世界では枯れゆく草花すら風情となり、消えては生まれての循環を美しく繰り返していた。
何度も時を逆行しているテオドールは、自分が彼女からだけでなく世界からも取り残されている気がした。
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