4.甘い蜜には罠がある

 スターロン家の敷地は草木でゆるやかに通りと仕切られ、風通しが良い。


 手入れはされているが――財政上の理由から庭師を十二分には雇えないので――手は入りすぎず、庭は全体的にのびやかだ。


 植わったコニファーはまっすぐに天を目指し、ふわふわと生い茂るペチュニアやラベンダーなどの草花は気ままに風に揺れる。

 敷石の合間もびっちりと匍匐ほふく性のハーブで埋まり、どの植物も元気でおおらかに生えていた。

 両隣の屋敷の整然とした庭とは、また違った味わいだ。


「いつ来てもすてきなお庭ですね。気分が落ち着きます」

「以前にもいらしたことが?」


「前の人生で。

 一度目の人生では、夜に庭園でお会いしたとき、私の落とし物をあなたが拾って下さったので、受け取りがてらこちらにお邪魔しました」


「わたくし今回、閣下の落し物を拾っておりませんわ」

「ご心配なく。今回は落としていませんから」


 テオドールは懐かしそうに庭を歩きまわり、軒下の鉢を指した。


「これ、観葉植物の品評会に出す鉢ですよね」


 植わっているのは、葉がところどころ白いモミの幼木だ。

 言い当てられても、シルビィはもうあまり驚かない。平然とうなずく。


「観葉植物って、室内で緑を楽しむためのものですから、青々として元気なものが好まれるんです。

 こうやって斑入りになっている物は、弱々しい感じがしますし、死霊が宿っているようで薄気味悪いって嫌厭けんえんされるんですけど。

 私は木に個性が感じられておもしろいと思うんですよね」


 斑入りは成長が遅い。シルビィは少しでも陽が多く当たる場所に、鉢を置きなおした。


「今は暑い地方の植物が流行りですから、品評会にはお金をかけて取り寄せた暑い地方の植物がたくさん並ぶんです。

 わたくしのは、斑入りは珍しいですけど、木自体はどこにでもあるものですから。

 他の鉢に見劣りしないでくれるといいんですけど」


 ちなみに元手はタダ。自領に生えていたものである。


 不安をこぼしていると、テオドールが口を開いた。

 途端、シルビィは制止するように手のひらを見せた。


「閣下、何もおっしゃらないでくださいね。

 出品の結果は、良かろうと悪かろうと楽しみに待ちたいので」


「シルビィ、閣下なんて呼ばないでください。テオドールでいいです。テオで」

「いいえ、閣下と呼ばせていただきます」


 シルビィは強情に唇を引き結んだ。


「閣下、今日までお手紙をいただいて、わたくしは閣下のおっしゃった『二度目の人生』のお話を信じることに致しました」


「それはよかったです」


「ですが――あの時はお話に驚いて呆然としていたので、つい受け入れてしまいましたけれど――結婚のお話はどうかなかったことにさせてください」


「なぜ?」


「わたくし、結婚相手は身分や財産や見た目でなく、好きになった方を選びたいと思いつづけて参りました。

 だというのに、条件が合うからと、ここで閣下と安易に結婚を決めてしまうのは、自分にウソをつくようで気持ちが悪いのです。

 ですので、お断りさせてください。申し訳ありません」


「つまりシルビィは、私のことが嫌いなんですね」

「いえっ、嫌いだなんて。そんなつもりは」


 悲しげに面を伏せられ、シルビィはあわてた。


「でも、期限の一ヶ月が過ぎもしないうちからそんなことをいうのは、私を好きになる見込みもないからでしょう?

 もともと嫌われていたんですね。なのに求婚なんてして。大迷惑でしたね」


「まさか! とても嬉しいお話でしたわ」


 何度も左右に首を振る。

 すると、さっきの悲しげな様子はどこへやら、テオドールはにっこり微笑んだ。


「よかった。なら、求婚の話は約束通りでいいですよね?」

「え、あ、はい」


 シルビィはしまったと後悔した。

 まんまと相手の口車に乗せられてしまった。

 なけなしの抵抗を試みる。


「あの、閣下。わたくし面倒くさい女ですから、やめておいた方がいいですよ」

「どう面倒なんです?」


 シルビィは日に焼けた自分の顔に触れた。


「見てください、このうっすら小麦色の顔。

 庭で作業するときは帽子を被るようにしていますが、それでも陽に焼けてしまいます。

 そのせいで他の女の子たちのように、白い肌を保つなんてことはできていません。

 けど、後悔していないんです。私は肌より庭を保つ方が大事で、楽しいから」


 シルビィは同じく日に焼け、引っかき傷の残る手を見せた。


「手にしてもそう。

 手袋をするよう心掛けてはいますが、枝をひっかけたり、薬剤を使ったりするので、白魚のような手になんてなっていたことがございません。

 父に労働者の手だと嘆かれますが、私は気にしていないんです。今日もよく動いたと満足に思います」


 シルビィは頬のそばかすを指先でなぞった。


「顔のそばかすも同じです。

 叔母に化粧で隠すよう言われるのですけれど、わたくし自身は気に入っているので、そのままです。

 小さい頃はからかわれてコンプレックスでしたが、いざ化粧で隠したら、わたくしではない気がして、やめました。


 べつによろしいじゃありませんか。宮廷に一つくらいそばかす顔があったって。だれの迷惑になるわけでもございませんし。

 庭園に色んな花があった方が映えるように、こういう顔も世の中には必要だと思いません?」


 シルビィは片手を腰に当て、下からのぞきこむようにしてテオドールを見返した。


「――と、まあ、万事この調子です。

 要は、わたくしは自分に正直なわがままな女なのです。

 反骨精神たくましい扱いづらい女でございます。

 もっと他に良い女性がいますから、考え直された方が」


「ふふ、知ってますよ、あなたが自分にバカ正直なことは」


 テオドールの表情には、懐かしむ色があった。


「ひょっとして、今のお話も閣下には二度目でした?」


「ええ。聞いていて清々しいので、また静聴させていただきました。

 いいじゃないですか、それで。私はあなたをすてきだと思いましたよ。

 だから、またあなたに声をかけたんです。印象に残っていたから」


 シルビィは少し頬を赤くした。

 最初に自分にはまったく興味がないといっていたので、大した意味もなく選ばれたのだと思っていたが、違ったらしい。


「ねえ、シルビィ。

 あなたは私を好きになれないから結婚できないと仰いましたけれど。

 私たち、まだ知り合って半月です。

 これから仲良くなっていけばいいと思うんです。

 私もあなたに好きになってもらえるよう努力しますから」


「そう、ですわね。これからですわよね」


 手を差し出されると、シルビィは微笑んで握手に応じた。


「――というか正直、シルビィに結婚してもらえないと、困るんですよね」

「え? わたくし程度の代わりくらい、いくらでもいると思いますけれど」


「あなたには人生二度目なんて、狂人のようなことを教えてしまっていますから。

 政敵に知られたら弱みですからねえ」


「だれにもいいませんわ」

「人間、口ではどうとでもいえます」


 スミレ色の瞳は冷たかった。

 シルビィは握手を解こうとしたが、解けなかった。

 荒っぽく手を振ってみるが徒労だ。


「仲良くしましょうね、シルビィ。秘密を共有する者同士。一生」

「わたくし、聞きたくて聞いた話ではないのですけれど!?」


「親睦を深めるため、まずは一緒にお散歩でも行きましょう」

「いやーっ!」


 手をつながれたまま連れ出される。

 シルビィは食虫植物に捕まった虫のキモチだった。

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