第1話 運命の出会い

 お昼の休み時間。子供たちの楽しげな話し声が聞こえてくる公立の中学校、天音あまのね中学校の中で、数人の女子生徒が人を探していた。襟とスカートが淡い空色をした白いセーラー服に、可愛らしい赤いリボンを巻く制服は、公立にしては珍しく、とても可愛らしい。


「羽衣ちゃーん」


「呼んでも出てこないよ、羽衣ちゃんは」


「たぶん、いつもの場所にいると思うよ~」


 女子生徒たちは楽しそうに話しながら中庭に行くと、飼育小屋に向かった。学校で飼っているウサギが飼育されているその小屋は、たいていの生徒は近づかず、生き物係りの生徒が時折世話をしに行くぐらいの場所なのだが、女性生徒たちが探している人物は、そこに入り浸る、少々不思議な人物だ。


「あ、いた! 羽衣ちゃ~ん!」


 女子生徒の一人が目当ての人物を見つけて呼びかける。飼育小屋の中でウサギたちに餌をやっていた女子生徒が振り返った。


 薄桃色の髪を二つの団子に結い、お気に入りのウサギのヘアピンを付けた女子生徒の、クリクリとした大きなピンク色の瞳に、自分を探しに来た女子生徒たちが映る。


「あれ? みんな、どうしたの?」


 とてもおっとりとした口調で首を傾げる羽衣の足元で、白くて小さなウサギたちが幸せそうに丸くなっていた。


「どうしたの? じゃないよ、羽衣ちゃん」


「先生が呼んでるよ~」


「お昼休みぐらい、ウサギのお世話以外のことしなよー」


 女子生徒たちが苦笑する。羽衣は「先生?」と首を傾げたあと「あっ!」と何かを思い出して立ち上がった。


「大変! 赤点の補講忘れてた!」


 羽衣は慌ただしく、制服に付いた白いウサギの毛を払うと、ウサギたちに「また来るね!」と手を振った。


「ごめーん! 呼びに来てくれてありがとう!」


「まぁ、べつにいいけど」


「羽衣ちゃん、ウサギのお世話もいいけど、赤点取らないように頑張りなね?」


「うん! 頑張る!」


 ニコッと笑い「じゃあね!」と走り去っていく羽衣を見送って、女子生徒たちはヤレヤレとため息をついた。


 獅子野ししの羽衣うい。天音中学校に通う中学二年生で、動物が大好きな生き物係りの女の子。休み時間は必ずと言っていいほど飼育小屋でウサギと戯れている羽衣は、少し抜けていて頭もあまりよろしくない。


 補講の先生の怒りの表情を思い浮かべながら、羽衣は「たいへん、たいへん……!」と小さく呟きながら廊下を走る。たびたび廊下を歩く先生たちに「廊下を走るな~、獅子野~」とやんわり注意され、それに対して羽衣は「あ、先生こんにちは~」と緩く応えた。


 補講の教室にたどり着いたときにちょうど休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴り響き「ああ!」と悲痛な声を上げた羽衣に対して、先生は怒りと呆れを込めた笑みを浮かべて「獅子野。放課後居残りな」と言い放ち、羽衣はがっくりと肩を落としたのだった。


    ◇


 なんとか赤点を回避し、補講を終えて羽衣が帰路についたときには、学校には部活で残っている生徒以外の生徒はおらず、沈んでいく夕日を追いかけるように夜の闇が現れようとしていた。


「ふわぁ~……もうこんな時間……。ウサギちゃんたちには明日の朝に会いに行こう……」


 あくびをしながら大きく伸びをした羽衣は、いつもの通学路を歩いて家に向かう。頭上の空で、一番星が姿を現そうとしていた。


 その時、通学路にある小さな公園からガサガサ‼ という大きな物音が聞こえてきて、羽衣が公園の方を見た。


「……? なんだろう……猫ちゃんかな⁈」


 ワクワクしながら公園に入っていった羽衣は、ブランコの裏にある茂みに数羽のカラスが群がっていることに気が付いた。


「わぁ! カラス……ん?」


 よくみれば、カラスは茂みの中にある何かを襲っているようで、襲われているそれは、小さな動物のように見えた。


「たいへん‼」


 羽衣は慌てて茂みに走って行き、肩に下げていたスクールバックで群がるカラスを追い払う。茂みの中にいるのは子猫か子犬か、いずれにせよカラスに襲われる非力な動物だ。


「大丈夫⁈」


 カラスを追い払った羽衣が、茂みを掻き分けて見ると、そこにいたのはピンク色のなにかだった。


「……ぬいぐるみ?」


 カラスの嘴に突かれたからか、ボロボロで汚れているピンク色のそれを羽衣が抱き上げると、それはピンク色の猫か虎を象った、ぬいぐるみのようだった。小さい動物だと思っていたが、茂みから抱き上げたそれはテディベアサイズの両手で抱えられるぐらいのぬいぐるみだ。


「……なんだぁ……よかった」


 襲われていたのが生きた動物ではないと知り、羽衣が胸を撫でおろす。そして、ボロボロのぬいぐるみを見て、顔をしかめた。


「誰かの忘れ物かなぁ……でも、このまま置いていったらまた襲われちゃいそうだし……」


 キョロキョロとあたりを見回しても、持ち主らしき人物はいない。


「……羽衣の家に来る?」


 問いかけてもぬいぐるみは答えず、羽衣は少し悩んでから「よし」と呟くと、ぬいぐるみを腕に抱き、足早に家を目指し始めた。羽衣の腕に抱かれたぬいぐるみは目を閉ざしたまま動かない。


「お家に帰ったら、綺麗にしてあげるからね」


 羽衣は楽しそうにぬいぐるみの頭を撫でた。

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