第5話 お忍びの貴族

ある日、破落戸(ごろつき)のような男たちが居酒屋にやってきた。


猥雑な言葉でサリーをからかったり、他の客にからんで怒鳴りつけたり、やりたい放題で店の雰囲気があっという間に悪くなった。


エステルはサリーに厨房に下がっているよう指示して、その男たちに単独で向かって行った。


「お客様、どうか他のお客様のご迷惑になるような行為は控えて頂けますか?」


丁寧な言葉遣いでお願いしたが、酔っぱらった破落戸たちはエステルを見て


「・・・あんだと!?お前みたいな生意気な女には俺たちがいいことを教えてやるよ」


と彼女を羽交い絞めにしようとした。


しかし、あっという間に腕を捩じりあげられて床に突き倒される。


他の男たちが気色ばんでエステルに掴みかかるが、エステルの蹴りと肘打ちが同時に決まった。


「このあま・・・舐めやがって」


ナイフまで取り出した男たちにエステルは口角を上げて不敵に微笑んだ。


男たちがエステルに一斉に飛びかかった瞬間、彼女は


「Incarcerous!」


と緊縛の魔法を使い、目に見えないロープで男たちを縛り上げた。


そいつらを居酒屋の外に放り出して『ようやく片付いた』とパンパンと手を叩いていると、クスッと笑い声が聞こえた。


振りかえると、戸口の端に見るからにお忍びの貴族ですという出で立ちの若い男が立っていて「失礼!」と口に手を当てている。


その男はきまり悪くなるくらいエステルの顔をまじまじと見つめた。


「な、なんですか?!顔に何かついてますか?」


思わずエステルが尋ねると


「いや、すまない。どこかで会ったことがあるような気がして。でも気のせいだろう。こんな勇ましい女性に出会った記憶はない」


と男が微笑んだ。


サラサラのプラチナブロンドを無造作に後ろでまとめ、彫像のように端整な顔立ちの青年からは、あまりの麗しさに後光が放たれているように見える。長い前髪の隙間から覗く灰青色の瞳は完璧すぎて人形のような印象を与えるが、悪戯っぽい笑みを浮かべているせいか、親しみやすさも感じさせるものであった。


美しい異質な存在に気づいた居酒屋の客の視線は彼に集中している。エステルは慌てて営業用スマイルを纏い、上品に話しかけた。


「申し訳ありません。お見苦しい姿をご覧になりましたか?」


「ああ。一部始終を。素晴らしい勇姿だった。魔法はどこで学んだんだ?」


「独学です。いらっしゃいませ。お席にご案内いたします」


というエステルの後ろ姿を男が好ましげに眺めていることに彼女は気づかない。


**


メニューを渡してしばらくした後、注文を取りに行ったサリーが泣きそうな顔をして戻ってきた。


「エマさん、すみません。私じゃ相手にならなくて・・・。怒らせてしまったかもしれません。代わりに行ってもらえませんか?」


(ああ、やっぱり貴族に違いないわ。どの国でも貴族は面倒くさいのね)


エステルがその客のところに行くと、氷のような冷たい無表情で迎えられた。さっきの笑みが嘘のようだ。彼は皮肉気に口を歪めた。


「この店のメニューは分かりづらいな。聞いたことないものばかりだ。客寄せに奇をてらっているのか?」


(失礼な言い方ね。やっぱり貴族は居丈高だわ)


「申し訳ありません。高級店ではございませんので、御貴族様のお口に合うものはないかもしれません。お気に召さないのであれば他の店に行ったらいかがです?」


すると無表情だった彼が狼狽した表情を浮かべた。


「い、いや、決してエラそうにしたわけではない。すまない。純粋に料理の内容が分からなかったんだ。それに何故貴族だと分かった?」


動揺して口籠る様子を見て、もしかしたら不器用なだけで他意はないのかなとエステルは思い直した。


完璧なまでに顔が整っているから無表情だと冷たい印象を与えるし、お高くとまっていると誤解されてしまうのかもしれない。


「えっと。悪気はないのは分かりましたが態度が少し横柄だと感じました。従業員が怯えています。服は庶民のものを着ていらっしゃいますがその態度が貴族です。それにはっきり言うと顔が貴族顔なんです」


「横柄な態度を取って悪かった。そ、そうか・・・顔か・・・それはどうしようもないな」


狼狽しながら何度も「そうか・・顔か・・」と呟いている男の顔を見ていたら、エステルはなんだかおかしくなってきた。


クスクス笑いながら


「申し訳ありません。お客様に失礼なことを言いました。どんな料理に興味がおありですか?ご説明させて頂きます」


と話しかけた。


「お、そうか?・・・この『茶碗蒸し』というのはなんだ?卵料理と書いてあるが」


丁寧に茶碗蒸しの説明をすると、彼は興味を持ったようだ。茶碗蒸しを始め幾つかの一品料理を注文した。


エステルが茶碗蒸しを運んでいくと、彼は目をキラキラさせながら茶碗蒸しの椀の蓋を開いた。


ふわぁ~っと出汁の香りと共に湯気が立ち昇る。


「いい匂いだな」


「乾燥させた魚と海藻で出汁をとったんです」


「魚と海藻?!珍しいな。スプーンで食せば良いのだな?」


コクリと頷くと、男はスプーンですくった茶碗蒸しを大真面目な顔でふーっふーっと吹き出した。


(猫舌かっ!!!)


クールな外見からの猫舌というギャップと、真剣な顔で吹く様子が可愛らしくてエステルはつい素で微笑んだ。


その微笑みを見て男が密かに顔を赤らめたことにもエステルは気がつかない。


男は帰り際に


「美味かった。また来る」


と言って、料金以上のお金を置いて帰って行った。


**


その後も男は毎日のように居酒屋にやってきた。


男は常連客とも顔馴染みになり気さくに会話に応じるようになった。


最初は怯えていたサリーも普通に接客ができるようになったし、王子様のようなイケメンが来ると女性客が急増した。


さらに男は双子の信頼も勝ち取ったらしい。双子は元々面食いだ。若くて超絶イケメンの客に懐くのは当然である。


双子は男が来ると彼の膝の上に乗り、料理が運ばれてくるまでそこでお喋りをする。


常連客に


「お、パパが見つかったのか?」


と言われるくらい、三人のプラチナブロンドは似通っていて、エステルはそれを見るたびに落ち着かない気持ちになってしまう。


(この人は何の目的でこんなところにやってくるのだろうか?)

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