【9/3発売・コミカライズ企画進行中】悪役令嬢はシングルマザーになりました
北里のえ
第1話 プロローグ
「お前との婚約は破棄する!そして、これまでの罪を償え!」
王太子ロランはドラマチックな身振り手振りで、得意気にエステルに告げた。
それを聞いた時、エステルはこう思った。
(やっぱりナルシストはダメだ・・・)
*****
彼女の名前はエステル・ド・リオンヌ公爵令嬢。
『薔薇の名は』という乙女ゲームに悪役令嬢として転生した前世日本人である。
しかし、前世で乙女ゲームの経験がなかった彼女は自分が何に転生したのか理解していない。
何がお約束なのかも分からないまま転生し、持ち前の真面目な性格から親の期待に応えるべく攻略キャラの一人である王太子と婚約した。
そして、今まさに発生しているのが婚約破棄イベントである。
魔法学院の卒業パーティでエステルをエスコートするはずの婚約者ロランは、代わりにヒロインである男爵令嬢セシルにピッタリと寄り添い、気持ち良さそうにエステルを罵倒する言葉を並べている。
しかし、そもそもエステルは王太子ロランに心惹かれていた訳ではない。義務的に婚約したものの、彼のナルシストで自己中心的な性格を好きにはなれなかったのだ。
(あ~あ、自分の言葉に完全に酔ってる。まぁ、思い込みの激しいナルシスト野郎なのは初めから分かっていたけど・・・)
エステルはこっそりと溜息をついた。
ガーネットのように輝く緋色の髪に、若葉のような緑の瞳。女性らしい妖艶な体つきに滑らかな透明感のある白磁の肌。左目の下にある泣きぼくろも恐ろしいほどの色気を醸し出しているが本人だけが気づいていない。髪色に合わせた真っ赤なドレスを身にまとうエステルは誰もがハッと息をのむほど美しかった。
パーティに参加している周囲の人々は気の毒そうにエステルを眺めている。
彼女はその派手な容姿に反して学院でも真面目な優等生だった。困った人を放っておけない面倒見の良さで同級生や教師からも人気が高い。
「お待ちください。ロラン殿下。エステル様が何の罪を犯したと仰るのでしょうか?!」
凛と声を張り上げたのはクラスメートのルイーズ・ド・コリニー伯爵令嬢だ。
「・・・そうよね。エステル様は何も・・・どちらかというとセシル様の方に問題行動が多くて・・・」
「ロラン殿下は理不尽な・・・・でも、エステル様はいつも穏やかで・・・」
周囲の囁きが耳に入ったのだろう。王太子ロランが耳まで真っ赤になって癇癪をおこした。
「だ、だ、だまれ!!!エステルは嫉妬のあまりセシルに犯罪まがいの嫌がらせを続けたんだ!婚約を破棄し、国外追放の刑に処す!いいな!!!王太子として命令する!!!」
ビシッとエステルを指さしたロランのドヤ顔を見て、エステルはますますうんざりした。
(この顔を見なくてすむなら国外追放でいいわ)
周囲の人間が思っているほど彼女は凹んでいない。
好きでもない男と結婚するよりは国外追放でも自由になれた方がいいと前向きに考えた。
正直言うと、彼女は実家である公爵家の俗物的な雰囲気も好きではなかった。前世のように勤勉に労働し、庶民として生活することに密かに憧れを抱いていたのだ。
彼女は何事にも真面目に取り組み、勉強も魔法も剣術・体術も日々の努力を怠らず、学院一の成績で卒業する予定である。ヒロインの男爵令嬢に嫌がらせなんてするはずもない。
出来の悪い婚約者のロランがそれなりの成績を取れるように助けたのもエステルだった。
そんな婚約者をセシルに奪われた時もエステルは
(セシルも努力が嫌いな割に見栄っ張りでロランと気が合うだろうなとは思っていたのよね。私は喜んで身を引くけど・・・親身になってくれた女王陛下と王太后陛下には申し訳ないかな)
と思っただけだった。
現在この国を統べているのは女王エリザベット・ド・ラ・ヴァリエール。女傑である。
王配は数年前に亡くなった。穏やかな気質で『夫唱婦随』ならぬ『婦唱夫随』を絵に描いたような夫婦だったが、円満な関係を築いていた。
そんな二人の一粒種(ひとつぶだね)が王太子ロランだが、彼は頭が悪くナルシストで、しかも女癖が悪いという残念な王子だった。
女王とその実母である王太后はエステルを大層気に入り、彼女が王妃になるのなら残念な王太子でも何とか国を守っていけるだろうと考えた。大っぴらにはしなかったものの、女王と王太后はエステルの後ろ盾だったのだ。
しかし現在、女王と王太后は遠方の温泉に静養に行っている。
国を空けることを不安がる二人を説得して静養を手配したのはロランなので、この婚約破棄は全て計算ずくであったことが分かる。
(まったく、こういうことだけ頭が回るんだから・・・ま、でも、これで自由の身だわ)
エステルは呆気に取られる周囲の人間に向かって、薔薇のように艶やかな笑顔で優雅に一礼するとそそくさとその場を後にした。
もちろん、荷造りするためである。
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