Speal Low

伊藤ダリ男

第1話 銀座会員制クラブSpeak Low

銀座の一角にある会員制クラブ「Speak Low」には、様々な背景を持つ広人が集まっていた。

若手起業家の御曹司や既に隠居の身となった老舗企業の会長など、いわゆる社会的地位をもつ人々ばかりである。

しかし、彼らが集う理由は、それぞれの孤独を埋める為であった。

彼らは、特殊な家庭環境で育ち、幼い時分に心に深い傷を負ってしまった人々であり、その傷は大人になっても癒えることがなかったのである。


彼らは、「Speak Low」で偽名を使い、他人には知られたくない秘密を語り合うことで癒されていたのだった。

クラブのオーナーである「Speak Low」のママでさえ、客の身分を知り得ず、彼らの言動や秘密は外に漏れることなく厳守されていた為、客は、安心して同類相哀れむ会話を楽しむことが出来たのだ。


「わたしは、小学校2年生で盗みを覚えましたね。それと言うのは、父親に愛されたかったからです」

「ほう、君の父親は、君を愛してくれなかったのかね」

「父にはあちこちの愛人に作った子供が沢山いたみたいなので・・わたしはそのひとりでしかなかった。でも何か悪いことをして学校から父兄の呼び出しがあるとわたしを引き取るに来るのは、必ず父で・・」

「それで手っ取り早く盗みをしたわけか?」

「まあそんなところですが・・」

「小学2年生のわりには、少々ずる賢くないかい」

「まあ、それで漸く父と話しができた、子供心にそれが嬉しかったのだと思います」


米寿を越えているとみられるこの白髪の老人は、たまたま向かい合った相手の過去の呟きに、すぐさま返答していた。

見知らぬ男が見知らぬ相手とテーブルについていたが、見た目は、80代の爺さんと50代の働き盛りの男で、かなり不釣り合いな相席であった。



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