第52話 人の思い、死神の思い
「君の質問が終わったならば、今度はこっちの質問に答えてくれるかい?」
胸にわだかまる思いを断ち切って、スオウはイツカに訊いた。
「どうぞ質問して」
「それじゃ、聞かせてくれよ。――なんで君はおれを助けたんだ? おれはたしかにゲームに勝った。だから妹の移植手術をすることも出来た。でも、あのときおれ自身はもう死にかけていたはずだ。それがなんで今生きてここにいるんだ?」
「あなたに直接質問をしたかったから。だから、生かしておくことにしただけのことよ」
「本当にそれだけなのか?」
「他にあなたを生かしておくことに、どんな理由があるっていうの?」
「――分かった。そういうことにしておくよ」
イツカも本音を吐露しているようには思えなかったが、それ以上問いただすことはしなかった。
そう、すべてはもう終わったことなのだ。今さら蒸し返したところでどうなるものでもないのだから。
「あなたの質問はこれで終わりなの?」
「あっ、おれのことじゃないけど訊きたいことがあるんだ」
「いいわよ、答えられることなら答えるわ」
「おれ以外の生き残った参加者についてだよ。ゲーム終了時に重体の人間が5人いたはずだ。その5人はどうなったんだ? 新聞やニュースには一切出ていなかったけど……」
「その5人なら全員生きてるわよ」
「そうなのか? まさか君が助けて――」
「悪いけどそこまで甘くないわ」
つまりスオウを助けたのは甘い、ということなのだろうか?
気にはなったが、今は5人のことを聞いているところだ。
「5人が重体であったのは間違いないわ。おそらく、あのまま崩壊した病院に残っていたら、体力がもたずに死んでいたでしょうね」
「でも、そうはならなかった」
「そうね。――まずはイネさんだけど、あの迷子犬を覚えている?」
「ああ、デストラップのもとになった犬だろう」
あの日の情景がまざまざとスオウの脳裏に思い浮かぶ。犬を探すと言い張ったミネ。その結果、デストラップに掛かり、アナフィラキシーショックを引き起こすことになったのだ。
「瓦礫の山から最初に救出されたのがミネさんなのよ。あの犬が災害救助犬代わりになったの。レスキュー隊員にいち早くミネさんが埋まっている場所を教えてくれたのよ。それですぐに救急搬送されて、一命をとりとめたというわけ」
「何も恩返しするのは鶴だけじゃないんだな」
「これから犬を見る目も変わるでしょ?」
「そうだな。――じゃあ、薫子さんはどうして助かったんだ? まさか、薫子さんも犬に助けられたなんていうんじゃ――」
「薫子さんは最後に力を振り絞って、安全な場所に避難したのよ。そのおかげで瓦礫の中でも生き長らえたの」
「あれだけ完全に崩壊した病院の中に、安全な場所なんてあったのか?」
「MRIよ。薫子さんはMRIの中に避難したの。体全体を機械ですっぽり覆うことが出来たおかげで助かったわけ。もちろん、お腹の赤ちゃんも無事だったわ」
「それは本当に良かった」
自分のことのように、心底ほっとしたという顔をするスオウであった。
「それで、瓜生さんと愛莉さんは――」
「あの二人は例外よ。エレベーター落下のデストラップに掛かったはずなのに、奇跡的に九死に一生を得たの。私ですらどうして二人が助かったのか皆目見当もつかないぐらいだから」
「死神の想像すら凌駕するなんて、なんとも瓜生さんらしいな。もしかしたら、これは愛の力のおかげかもしれないな」
体中包帯に巻かれながらも、ベッドの上で必死に記事を書いている瓜生の姿を想像して、スオウは思わず笑みをもらした。
「死神でも計算出来ないことがあるんだな」
「そうよ。だから人生っておもしろいんじゃないの?」
「死神が人生を語るのか?」
「死神だって好き好んで人を死に追いやっているわけじゃないのよ」
イツカの言い方はなんとなく言いわけ染みて聞こえた。誰に対しての、何のための言いわけなのか――。
「さて、残りの一人については聞きたくもないだろうから、わたしはこの辺でそろそろ帰ることにするわ」
イツカがイスから静かに立ち上がった。
「――なあ、この先もう一生君には会えないのか?」
最後につい本音が口をついて出てしまった。
「死神に再会するなんて、あまりにも縁起が悪すぎるでしょ?」
イツカは冗談っぽく言って、病室のドアへと歩いていく。その背中にかける言葉が見付からない。
「それじゃ、これでさようならね」
ドアノブを握った姿勢で一度立ち止まり、背中越しに挨拶をしてきた。
「ああ、分かった。さよならだ」
なるべく感情が乗らないように、つとめて淡々と挨拶を返した。
「また会える、その日まで――」
イツカの最後の言葉は、しかしドアを閉める音に重なってよく聞き取れなかった。
「えっ、今、何か言ったのか――?」
スオウの言葉は、しかし閉じた病室のドアに遮られてしまった。
しばらくの間、ぼーっとドアを眺めていた。
イツカに対して、
ゲームに対して、
生き残った参加者に対して、
死んでしまった参加者に対して、
色々な感情が沸き起こってくるが、
今はこうして生きていられることに感謝することにした。
もう少し入院して体調が戻ったら、瓜生に会いに行こうと思った。瓜生ならスオウの話を聞いてくれそうな気がする。いや、逆に瓜生の都市伝説の話を一晩中聞かせられる羽目になるかもしれないが、それもいいだろう。
ミネや愛莉にも会いに行こう。ミネのもとには、きっとあのときの犬がいるはずだ。尻尾を振って、愛嬌良く出迎えてくれるだろうか。
愛莉はもしかしたら瓜生と一緒にいるかもしれない。二人の仲は少しぐらいは進展しているだろうか。
もちろん、薫子にも会いたかった。きっと元気な赤ちゃんを産んでいるだろう。赤ちゃんには未来がある。赤ちゃんがいれば薫子の人生も明るいはずだ。
それだけではない。生き残った参加者だけではなく、死んでしまった参加者のお墓参りにも行かないといけない。
そこまで考えて、自分にはやることがまだまだたくさんあることに気が付いた。
みんなと一緒に戦ったんだからな。
みんながいてくれたからこそ、おれは勝ち残ることが出来たんだ。
そのことを絶対に忘れちゃいけない。
スオウは胸に強く誓った。
「ねえ、お兄ちゃん!」
いつになく真剣な思いに没頭していたスオウの耳に、明るい声が飛び込んできた。病室にひとりの少女が入ってきたのである。
生田アカネ――スオウのたったひとりの大切な妹だ。
三ヶ月前に心臓の移植手術を受けて、その後は経過観察の為にスオウと同じ病院に入院していた。もっとも、意識不明の状態から助けられた兄と違って、妹の方は経過良好で、前とは正反対に兄のお世話とばかりに、毎日スオウのいる病室に顔を出す。
「アカネ、そんなに急いで飛び込んできて、体は大丈夫なのか? あんまりムチャをすると――」
「そんなことよりも、今この病室から出て行った女の人は誰なの? お兄ちゃんの知り合いなの? わたしが知らない遠い親戚か何か? それとも学校の友達? でも制服がお兄ちゃんの学校と違ったでしょ? まさかガールフレンドとかなの?」
スオウの言葉を遮って、妹が怒涛の質問攻めをしてきた。思春期に入る前からずっと妹の世話をスオウがみてきたせいか、アカネはかなりのブラコン気味に成長してしまった。どうやら、兄の世話は自分がすると思い込んでいるらしく、イツカに対して妙な対抗意識を持ってしまったみたいだ。
うーん、これは説明するのが、すごく面倒かもしれないなあ。
妹にはゲームのことは一切話していない。ゲームのことは口外してはいけないルールだったのだ。しかし、そこは血のつながった兄妹である。以心伝心ではないが、妹は言葉に出してこそ言わないが、スオウが半死半生の状態で病院に担ぎ込まれたのは、自分の移植手術の件と関係があると考えている節があった。だからこそ、余計にイツカのことを説明するのは大変なのである。
ここはとりあえず、ベタだけど、小学校時代の幼馴染みということで話してみるか。
スオウは妹が納得出来るだけの説明を一生懸命に考える。
やれやれ、これでやることがまたひとつ増えたよ。瓜生さんに会いにいけるのはいったいいつになるやら。
心の中でボヤキながらも、つい顔がほころんでしまうのを止められないスオウであった。
「なあ、アカネ、さっきのあの子は――」
スオウは疑心の目を向けてくる妹にさっそく説明を始めるのだった。
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