第51話 病室に姿を見せた者

 その女性がスオウの前に姿を見せたのは、昼下がりの午後だった。


 病室のドアが軽くノックされる。


「はい、どうぞ」


 いつもの定期健診の看護師さんだと思ってスオウは返事をした。


 無言のままドアが開く。衿に特徴的なラインのデザインが施された制服に身を包んだ少女が、そこに泰然と立っていた。



 スオウとともに『デス13ゲーム』を生き残った参加者――四季葉イツカである。



「あんまり驚いてないみたいね。少しは驚いてくれると思っていたのに、ちょっと残念かな」


「――もうそろそろ姿をあらわすんじゃないかと思っていたから」


 自分でも意外に思えるくらい、普通に言葉を返すことが出来た。


「少なくとも、わたしのことは覚えていてくれたみたいね」


 三ヶ月前とは話し方が異なるイツカだった。あのときは歳相応の言葉遣いであったが、今は大人っぽい落ち着いた口調である。


「君のことも、あのゲームのことも忘れることなんて出来るわけがないだろう。もっとも、君の正体を知った後は、全部忘れたかったけどな」


「別に隠していたわけじゃないでしょ。ちゃんと自己紹介だってしたはずだし」


「ああ、あの時、しっかり聞いたよ。四季葉イツカ――季節の『四季』に、葉っぱの『葉』って教えてくれたよな」


「たしかあなたは風流な名前だって、褒めてくれたんじゃなかったかしら?」


「この三ヶ月の間、時間だけは山ほど持て余していたから、冷静になって色々と考えることが出来たよ。それで気が付いた。シキハイツカの本当の意味は――『死期しき何時いつか?』 これ以上ないくらい死神にぴったりの名前だよな。つまり最初からおれに正体を教えていたわけだ」


「大正解です!」


 イツカが子供を褒める学校の教師のように微笑んだ。


「それで、その死神さんがわざわざおれに会いに来たということは、ちゃんとゲームの結果について説明してくれるってことなんだよな?」


「まあ、当たらずも遠からずってところかしら」


 イツカはそこでいったん言葉を切ると、室内をぐるっと見回した。壁際のイスに目をとめる。


「イスぐらい自由に使ってくれよ。そもそも、この個室の高い入院費だってそちらが支払ってくれたんだろう? だったら、おれの方に断る権利はないからな」


「それじゃ、お言葉に甘えさせてもらうわ」


 イツカはスオウのベッドサイドまでイスを持ってきて、そこに腰を下ろした。


「本来ならば、ゲームが終わった後の勝者へ対応は紫人の仕事なんだけど、今回は直接あなたに話を聞きたくて、わたしが来たの」


「そいつはちょうど良かった。おれも君にどうしても聞きたいことがあったんでね」


「どちらから話す?」


「せっかくこうして会いに来てくれたんだから、君から話してくれよ。もしかしたら君の話の中に、おれが聞きたいことが入っているかもしれないからな」


「分かったわ。それじゃ、私から話すことにするわ。――ゲームの最後、あなたは私の正体に気が付いたわよね? どうして私が死神だと分かったの?」


「そんなことか。簡単な理屈さ。――あのときおれは思ったんだよ。こんなクソみたいなゲームを仕組んだ死神に一言文句を言ってやりたいってな。紫人は最初のゲーム説明のときにこう言っただろう? 死神は『特等席』でゲームを見物していると。おれはてっきり病院中に隠しカメラが仕掛けられていて、死神はどこか別の場所でのんびりとくつろぎながら、カメラからの映像をテレビで見ていると思っていた。紫人がテレビの画面越しにゲームの説明をしたから、余計そう思ったのかも知れない。でも、それ以上にゲームを楽しめる『特等席』があることに、最後の最後になって気が付いたんだよ」


 スオウはイツカの目をじっと見つめた。イツカは目をそらすことなく黙って見つめ返したきた。


「ゲームを楽しめる一番の『特等席』は、参加者としてゲームの中に入ることさ。すぐ間近で迫力ある命を懸けたゲームが見られるんだからな。あのゲームでは、最後におれと君の二人が生き残った。おれはおれ自身が死神ではないと分かっている。そうなると、おのずと残っているもうひとりが死神ということになる。――つまり君のことさ」


 あのとき――ゲームの最終局面で、スオウの脳裏にはゲーム中のいろいろな場面が走馬灯のごとく思い浮かんだ。そうしているうちに、いくつかの違和感を察した。その違和感はすべてイツカの行動についてだった。


 改めて考えてみると、イツカの行動にはいくつもの不自然さが垣間見られた。



 例えば――病院の前でイツカと初めて会ったとき、イツカは紫人からのメールについてやけに詳しく知っていた。


 例えば――紫人が最初にゲームルールの説明をしたとき、イツカは紫人と妙に慣れたような口ぶりで話していた。



 いずれも、イツカと紫人の親密さを感じさせるものだ。他にも不自然な点はあった。



 例えば――最初のデストラップが発動する前、まだ参加者がデストラップの前兆について何も考えが及ばなかったとき、イツカはテレビから流れる強風雷注意報を見て、すぐに窓に注意に向けた。



 その様は、まるで参加者にデストラップの前兆について、敢えて教えるために行動したようにも思える。その結果、参加者たちはデストラップの前兆がどんなものなのか知り、注意を払うようになり、ゲーム自体がスムーズに運ぶようになった。


 イツカの不自然な行動はまだある。



 例えば――地震が起きたあと、瓜生の元へ行くときに、イツカは二階にレストランがあることをすぐに教えてくれた。


 例えば――愛莉を運ぶために必要となった車イスを探すときも、イツカはすぐに四階にリハビリルームがあると教えてくれた。


 それはまるで、ゲームの流れを断ち切らないようにするための行動に見えなくもない。


 そうした一連のイツカの不自然な行動と『特等席』の件を合わせて考えたとき、そこから導き出される解答はただひとつしかなかった。



 すなわち――『死神の正体はイツカである』と。



 イツカはゲームの参加者に紛れ込んで、ゲームが滞りなく進むように参加者に適度にヒントを与えて、その都度ゲームが盛り上がるように進行具合を調整していたのだろう。


「――そういうわけだったの。最後に頭がフル回転したみたいね。でも、なぜ私が死神だと分かったにも関わらず、あのとき私の首を最後まで絞め続けなかったの?」


「理由は簡単さ。あのときのおれにはもう体力がなかったんだよ。実際、あのあとすぐに意識を失ったからな」


「――本当にそれが理由なの?」


 今度はイツカがスオウの目をじっと見つめてきた。まるでスオウの心の奥までのぞくような視線だった。


「――ああ、それが理由さ」


 スオウはイツカの視線から目をそらして、病室の白い壁を見ながら答えた。


「そう。なら、そういうことにしておくわ」


 イツカは別の答えを聞きたがっているみたいだったが、わざわざ言うことでもないとスオウは思った。なにせ相手は死神である。人間の心の機微が分かるとは思えない。


 いや、そうではない。今だにイツカに裏切られたことを根に持っているだけなのかもしれない。だから、本音を言いたくなかったのかもしれない。


「おれがあのゲームに参加したのは、妹を助ける為だ。誰かを殺すために参加したわけじゃない。もしもあのとき君を殺していたら、そしてもしも君が死神ではなかったとしたら、おれは勘違いで君を殺したことになる。もちろん、それでもゲームの勝ち負けには関係ないが、勘違いで人を殺した人間が妹の命を救ったなんて、後味が悪すぎるだろう。それだけのことさ」


 スオウは仕方なく表面的な回答を示した。もっとも、イツカはそんな回答を信じている様子は微塵もない。



 おれは君の正体が死神だと確信していたとしても、きっと最後まで首を絞めることは出来なかったよ――。



 心の中だけで言葉を続けた。



 もしかしたら、おれはイツカに対して特別な感情を――。



 そんな思いが胸中に浮かぶが、すぐにその思いを振り払った。すべてはもう終わったことである。今さら蒸し返したところでどうなるものでもないのだ。

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