第47話 死神との死闘 その2 第十一の犠牲者

 ――――――――――――――――



 残り時間――3時間19分  


 残りデストラップ――2個


 残り生存者――3名     

  

 死亡者――6名   


 重体によるゲーム参加不能者――4名



 ――――――――――――――――



 炎を背にした瑛斗がゆっくりと、しかし、着実にこちらに向かって近付いてくる。


 頭から大量の出血をしているのか、右顔面は真っ赤な血で染まっている。髪はぼさぼさで、一部火で燃えたようにチリチリになった箇所がある。


 最初に見せた気弱な青年の面影は一切留めておらず、そこにいるのは人の形をした異形の存在であった。


 炎が燃える音に混じって、病院の建物が少しずつ崩れていく音がする。さきほどの車の衝突と爆発によって、さらに建物の崩壊が早まったみたいだ。


「……ぎげだくて……ぎいん……でぐが……?」


 喉に怪我を負ったのか、瑛斗が異形の声を発した。逃げなくていいんですか、と言ったらしい。


「あいつの相手はおれがする! イツカ、君は先に逃げるんだ!」


 スオウは体中の痛みに顔を大きく歪ませながらも、杖代わりにしていた鉄パイプを今度は武器として構えなおした。


「でも、スオウ君、その体じゃ、敵うはずないよ……」


「いいから、行くんだ! ここで、おれが……おれが……やつの息の根を必ず止めてみせるから!」


 スオウは背後を振り向いて、今にも泣きそうな表情を浮かべるイツカにそっと微笑みかけた。瓜生の笑顔には敵わないかもしれないが、とびっきりの笑顔をみせたつもりだ。


「――分かった……。でも、スオウ君、絶対に負けないでよ! 負けたら許さないからね!」


 イツカが涙で光る目で必死に訴えかけてくる。


「ああ、もちろん負けないさ!」


 イツカの目を見つめたまま、大きくうなずいてみせた。それで納得してくれたのか、イツカがゆっくりと後方に下がっていく。


 スオウは瑛斗の方に向き直った。瑛斗もスオウのことをにらみつけてくる。



 強風の吹き荒れる音と、遠くで響き渡る雷の音。



 クライマックスを彩る舞台装置はすべて整った。



 あとはどちらが勝利を掴むか――。



 スオウの体はもう限界に近かった。正直、自分の体があとどれだけもつのか分らない。それでも、やらなくてはならない。



 たったひとりの妹を助ける為に!



 スオウは鉄パイプを強く握り締めた。この武器だけが頼りである。


「おりゃあああああああああーーーーーっ!」


 自らを鼓舞すように声を張り上げて、瑛斗に向かっていく。右腕を大きく横に曲げて、鉄パイプを構える。


 瑛斗は構えを取らずに、ただスオウに向かって歩いてくるだけだった。


 二人がお互いの間合いに入る。


 スオウは鉄パイプを持った右手を力いっぱい振るった。この一撃にすべてをかけたつもりだ。今の体力ではもう二撃目は繰り出せそうにない。


 狙いは瑛斗の左側頭部――。殺すつもりはない。瑛斗を戦えなくさせるだけでいい。


 狙い違わず、鉄パイプが瑛斗の左側頭部に吸い込まれていく。



 勝った!



 そう確信した。スピードも威力も死なない程度に手加減したが、この一撃を受けて、立っていられるはずがない。


 だが――。


 瑛斗は頭部に鉄パイプを受けながら、平然とそこに立っていた。スオウが驚愕の表情を浮かべるのに対して、瑛斗は不気味に口元を歪めただけである。


「おまえ、本当に……し、し、死神……なのか……?」


「じげっ!」


 瑛斗の左手が光の速さで動く。手元がきらりと光るのが見て取れた。


 炎のきらめきを浮かべたガラスの切っ先が、スオウの腹に吸い込まれていく。瑛斗は割れた車のガラスの破片を握っていたのだ。


「ぐっ……ぶぐぅ……」


 体の中心を抉るような激痛に、スオウの口から堪らず呻き声が漏れ出る。無我夢中で瑛斗の体を力の限り押し返した。


 瑛斗がたたらを踏んで、数メートル後方に押しやられる。そして、その勢いのまま地面にひっくり返った。


 スオウもその場にしゃがみこんだ。腹を押さえていた左手はたちまちぐっしょりと血で濡れていく。


 強風がさらに荒れ狂い、スオウの髪が強く引っ張られる。遠くで聞こえていた雷の音が、すぐ近くで聞こえる。

 

 死闘を繰り広げる二人のもとに、嵐が近付きつつあった。


 嵐の中、先に立ち上がったのは瑛斗だった。死神のごとき生命力で復活する。


 スオウも右手に握り締めた鉄パイプに体重を預けて立ち上がろうとしたが、その力がもうなかった。



  ここまでか……。ここで、おれの戦いは……お、お、終わり、なのか……。



 諦めかけたそのとき、病院の近くで空から地上目掛けて光が走り抜けた。数秒後、大音量の雷鳴が轟く。


 唐突に中学校で習った理科の学習内容を思い出した。



 光の速さは秒速約30万キロメートル。

 対して、音の速さは秒速約340メートル。



 だから雷の光を見て、一秒後に雷の音が聞こえた場合、観測者がいる地点から340メートル先で落雷があったという計算になる。



 だとしたら、さっきの落雷の音から計算すると――。



 スオウはわずかばかりの勝機を見出した。それはもはや賭けともいえる勝負だった。



 だったら、おれの命を全部『その賭け』に懸けてやるぜっ!



 鉄パイプを持った右手を槍投げ選手のように構える。


「いけええええええっーーーー!」


 ありったけの声で叫びながら、最後の力を振り絞って鉄パイプを瑛斗に向けて投げ付けた。



 ――――――――――――――――



 立ち上がれもしないガキが喚きながら鉄パイプを投げ付けてきた。



 ボクのことをその鉄パイプで串刺しにでもするつもりですか?



 力の込められていない鉄パイプは、瑛斗の体に届く前に失速して地面に落ちた。そのまま瑛斗の足元まで転がってくる。



 しょうがないな。ボクが正しい鉄パイプの使い方を教えてあげるよ。鉄パイプは投げるんじゃなくて、相手に接近して、心臓をブッ刺せばいいんだけなんだよ!



 瑛斗は怪我をしていない左手で鉄パイプを拾い上げた。勝利を確信したように、鉄パイプを持った左手を大きく頭上に掲げる。



 さあ、ひと突きで殺してあげるから!



 ――――――――――――――――



 瑛斗が頭上に手を上げたポーズをとったとき、スオウは勝利を確信した。


 届かないと分かっていながら鉄パイプを投げたのはわざとだった。勇ましく声を張り上げたのは、鉄パイプに瑛斗の気を向かせるための『ブラフ』だった。


 スオウの予想通り瑛斗は鉄パイプを拾った。後はそのときを待つだけである。


 数メートルの距離で対峙しあう二人。両者ともに勝利を確信している。しかし、勝ち残るのはただひとりだけである。


 一陣の突風が両者の間を走り抜けていく。


 風のあとに、突然『ソレ』はやってきた。



 白い閃光が地面に落ちる。同時に、魂すら揺さぶる雷鳴が轟き渡る。



 そして、勝負は一瞬でついていた。


「こ、こ、今度こそ……今度こそ……本当に……や、や、やった……よな……?」


 スオウの視線の先には、地面に横たわる瑛斗の姿があった。服のあちこちから白煙が上がっている。服の一部が燃えているのだ。


 スオウは雷の音を聞いたとき、それが落雷を示すデストラップの前兆であると予想した。


 果たして、それは見事に的中した。瑛斗が頭上に掲げた鉄パイプに雷が落ちたのである――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る