第39話 誰かの為に出来ること その4  第七、八、九の犠牲者

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 残り時間――4時間43分  


 残りデストラップ――6個


 残り生存者――7名     

  

 死亡者――3名   


 ゲーム参加不能者――2名


 重体によるゲーム参加不能からの復活者――1名



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 薫子の浅い呼吸がぱったりと止まった。十秒以上たっても呼吸が再開されない。


「やばいぞっ! 呼吸が止まった!」


 円城は手を止めて、顔を強張らせた。


「え、え、円城さん……ど、ど、どうしたら……」


「私が蘇生処置をする! 五十嵐さんはその間に大至急AEDを探してきてくれ! 病院なら各階の廊下の目立つ位置に設置されているはずだ!」


 円城はガン治療の為にいろんな病院に何十回と通ったので、どこの病院でもAEDが設置されているのを覚えていた。


「わ、わ、分かりました! 急いで探してきます!」


「待った! あの男は大丈夫か?」


 薫子の一大事に気が取られて、瑛斗のことをすっかり失念していた。円城は床に目を飛ばした。そこに瑛斗の姿はなかった。


「くそっ! 逃げられたか。五十嵐さん、廊下に出るなら、あの男への注意を怠るなよ!」


「了解しました! それじゃ、気をつけてAEDを探してきます!」


 五十嵐が廊下に飛び出していく。


 五十嵐の背中を無言で見送った円城は、すぐに薫子の蘇生処置を始めた。


「よし、絶対に助けてやるからな!」


 円城は両手に力を込めて、薫子の胸を強く押し込んだ。薫子の胸がぼくんとへこむ。それを何度も続けていく。


「はっ、はっ、はっ」


 リズムを取るように、自然と口から声が漏れてくる。何十秒かやり続けていると、人工呼吸のことを思い出した。


 薫子の頭を後方に反らせて、気道の確保をする。それから薫子の口の中へ息をゆっくりと吹き込む。


 一心不乱に心臓マッサージと人工呼吸を交互に行っていると、廊下を駆けてくる足音が聞こえてきた。


「円城さん、AEDがありました! ありましたよ!」


 五十嵐が診察室に駆け込んできた。ショルダーバッグほどの大きさをした、赤いスクエア型のケースを手にしている。


「見付かったか。良かった――」


 円城は薫子から少し離れて、五十嵐に場所をゆずった。これでAEDを作動させれば、薫子の意識が戻り、助かる可能性が出てくる。


 円城がほっとしかけたとき、体の中心から急激に何かが抜け落ちていくのを感じた。薬を使って無理やりに長引かせていた命にも、ついに限界がきたようだ。


 壁に背を預けて、その場にしゃがみこんだ。自分のお腹を見た。瑛斗にやられたメスが突き刺さったままだった。痛みを感じないので気にならなかったのである。


 ここでメスを抜けば余計に出血する恐れがある。でも、このままでもいいだろう。どのみち――。



 私の体はこれ以上もちそうにないからな。



 その瞬間、円城ははっきりと自分の死を悟ったのだった。



 自分の命をかけて誰かを救う。



 三十数年という短い人生で何も残せなかった男は、最後の最後に、ひと際大きく立派な仕事を成し遂げたのだった。


 そして、円城は満足気に息を引き取った。



 ――――――――――――――――



 五十嵐はAEDが入ったケースを開けた。電源スイッチを押すと、音声ガイダンスが流れ始めた。そのガイダンスに従って、二つの電極パッドを薫子の体に装着させる。


 お腹から出血しているため、電極パッドが張りづらく少し手間取ってしまったが、なんとか作業を終えると、心電図の読み取りが始まった。


『電気ショックが必要です』


 機械の音声が言う。AEDのボタンのひとつが点滅する。電気ショックのボタンである。


 五十嵐はボタンに人差し指を乗せた。軽く押せばAEDから電気が流れて、薫子の心臓は再び力強く鼓動を打ち始めるはずである。


「円城さん、これで薫子さんは助かるはずです!」


 背後にいる円城に声をかけた。しかし、円城からの返事がなかった。


「円城さん?」


 もう一度声をかけて、なんとはなしに振り向いてみると、そこに壁にもたれるようにして倒れこんだ円城の姿があった。口元にはうっすらと笑みが浮かんでいる。何かをやりきった充足感に満ちた顔。


 その笑みを見て、円城が死んでしまったと五十嵐は理解した。


「円城さん……」


 少し前の五十嵐ならば、ここで心が折れてしまっているところだが、今は違う。急いで五十嵐は薫子に視線を戻すと、AEDの作業をすぐさま再開する。


 電気ショックのボタンを押した。薫子の体に震えが走る。


 音声ガイダンスが心臓マッサージをするように指示を出してきた。


 五十嵐はすぐに心臓マッサージにとりかかった。


 何回かやっていると、再び、心電図の読み取りが始まった。心臓マッサージを止めて、結果を待つ。


『電気ショックが必要です』


 電気ショックボタンに指を伸ばす。そのとき、異変に気が付いた。電極パッドが薫子の体から剥がれかけていたのである。


 もとから薫子の出血で張り付けにくかったのだが、パッドの粘着力が落ちて、はがれてしまったみたいだ。


 五十嵐は電極パッドを張りなおそうとした。しかし、粘着力が弱まってしまったようで、上手く肌に張り付かない。


 五十嵐の胸中に焦りが生まれてくる。一秒を争う緊急事態なのだ。


 電極パッドを持ち上げて、裏面を確認してみた。そこで気が付いた。電極パッドを持つ自分の手がびっしょりと濡れていることに。


 さきほどスプリンクラーの水を全身に被ったのだ。濡れていて当然だった。


「水で濡れている……なるほど、そういうことか――」


 五十嵐は瞬時にすべてを察知した。



 水で濡れた手と、AEDの電極パッド。


 

 こんなに分かりやすいデストラップの前兆があるだろうか。でも、今の五十嵐には覚悟が出来ていた。


 なぜ、危険だと分かっていながら円城を追ってここまで来たのか?


 その答えが、今手にしているものなのだ。『コレ』をするために来たのである。


「円城さん、分かったよ。ぼくがやらなければならないことが」


 円城の優しい死に顔を、もう一度見つめた。それから自分の意思を確認するように軽くうなずくと、薫子に目を戻した。


 濡れた手で掴んだ電極パッドを薫子の体にあてがう。肌から離れないように、そのまま手で強く押さえつけておく。そして、AEDの電気ショックボタンの上には、自分のアゴをのせた。


「チャンスはこの一回きりだ。頼むぞ!」


 五十嵐はアゴに力を加えて、ボタンを強く押し込んだ。


 薫子の体に電気が流れる。


 同時に、五十嵐の体にも電気が走り抜けていく。


 瞬間的に、五十嵐の意識は暗闇に染まった。

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