第12話 独りよがり

――――――――――――――――


 

 残り時間――11時間17分  


 残りデストラップ――10個


 残り生存者――11名     

  

 死亡者――1名   


 重体によるゲーム参加不能者――1名



 ――――――――――――――――



 ホール内にはテレビから流れるニュース映像の音と、ミネの息づかいだけが響いていた。ミネのそばにはイツカが付いている。水道で濡らしたハンカチをミネの額にのせているためか、さきほどに比べて息づかいはいくらか落ちついてきているが、表情は依然として苦しそうであった。


「瓜生さん、ちょっといいですか?」


 スオウは瓜生をホールの隅に呼んだ。


「どうした?」


「ミネさんのことです。ここは病院なわけですよね。だったらミネさんに効く薬だって置いてあるはずなんじゃないですか? おれ、ひとりで探しに行ってきますよ」


「きみの言いたいことは分かるが、それはあまりにも危険すぎる」


「デストラップがいつ発動するかも分からない中、まさか薬でも探しに行くつもりじゃないだろうな?」


 二人の会話は聞こえていないはずなのに、九鬼がすぐにスオウの考えを見抜いた。


「おれはあんたと話してるわけじゃない」


「それでお前がひとりで薬を探しにいって、また婆さんみたいにデストラップにかかって、見事、患者が二人になるわけだ。そうなったら、今度はいったい誰が面倒を見るんだ?」


「だから、デストラップに掛からないように気をつけて――」


「仮にデストラップを無事に切り抜けたとして、薬の知識がないお前がどうやって目的の薬を探しだすんだ?」


「それは……」


 スオウもそこまで言われると、言い返すだけの言葉がなかった。


「――ちょっといいかい。ずっと気になっていたんだけどな、あんた、医者なんだろう? なんで医者であることを隠しているんだ?」


 瓜生が意味ありなげな視線を九鬼に向ける。


「なにが言いたいんだ。はっきり言ったらどうなんだ」


「それじゃ、はっきり言わせてもらうぜ。俺はこう見えて仕事柄、ニュースにはよく目を通していてね。少し前に医療ミスを犯した医者の話がニュースで流れていたっけな。たしか名前は──九鬼だったかな」


「――――!」


 九鬼がその場で一度体を大きく震わせた。


「医療ミスのことが頭にあるから、婆さんを助けるのが怖いんじゃないかと、勝手に邪推しちまってね」


「――いいか。おまえが何を言おうと私はどうも思わない。そんなの過去の話だからな!」


「別に俺はあんたを責めるつもりはない。ただ確認したまでのことさ」


「だったらこの話はもう終わりだ。はじめにも言ったが、私は集団行動が苦手でね。これからはひとりで行動をさせてもらう」


 九鬼は苦虫を噛みしめたような表情でイスから立ち上がると、神経質そうにカツカツと靴音を鳴らしながらホールから出ていく。


「九鬼さん、待ってください。この手のデスゲームって、必ず参加者同士のチームワークが乱れて、自滅するっていうのがパータンじゃないですか? だからこそ、わたしたちはチームワークを乱さずに、最後まで協力してゲームを進めていくべきだと思うんですが」


 イツカが九鬼の背中に声をかける。


「――悪いが、もう私は一人で行動すると決めたんでね」


「でも、九鬼さんみたいな医師の方がいてくれた方が、わたしたちもなにかあった時に安心できるんですが」


 イツカの言葉に、しかし九鬼は嘲笑を返した。


「そうなったときに、また私の過去の話を持ち出してきて、疑心暗鬼になる可能性の方があると思うがな。医療ミスをした私のことを信頼できるのか? 出来ないだろう?」


 そして、九鬼は今度こそ本当にホールから出て行ってしまった。


「へへへ、ああいうヤツは勝手にさせておきゃあいいんだよ。これであのヤブ医者がデストラップにかかってくれれば、オレ達に有利に働くんだからな」


 イスにふんぞり返っていたヒロキが、自己中心的な考えを意気揚々としゃべりはじめた。


「それから、誰かそのテレビを消してくれねえか? どうせ誰も見てねえだろう。うるさくて気が散ってしょうがねえんだよ」


「悪いがさっきのデストラップのように、前兆がテレビで流れることもあるみたいだから消すわけにはいかないな」


 瓜生が冷静に返す。


「ちぇっ、面倒くせえな。じゃあ、ちょうどいいや。オレはトイレに行ってくるぜ。ここで漏らすわけにはいかないからな」


 ヒロキはテレビの画面に忌々しげな視線を一度向けると、誰の返事も待たずにホールから出て行った。


「それじゃ、オレも行ってくるとするか」


 ヒロトがヒロキに続いて、さっさと出て行く。


「私もトイレに行ってくる。喉の調子が良くないし、うがいもいっしょにしてくるよ」


 それだけ言って、円城もホールを出て行く。


「あ、あ、あの……ボ、ボ、ボクも……漏れそうなんで……行かせて……もらいます」


 ずっと黙っていた瑛斗も、そそくさと出て行く。


「急になんなんだよ……」


 次々にホールを出て行く参加者たちの背中を、ただ見つめるしかないスオウだった。


「ほっといたらいいさ。短い間に色々起こったからな。みんな、少しくらいは体だけじゃなく、気分も休ませないとな」


「でも、もしもデストラップが発動したら――」


「トイレぐらいなら、すぐ済むだろう。それともトイレに行くのを無理やり止めて、ここで股間から洪水でも起こされたら、それこそデストラップだろう?」


 下ネタのジョークを口にした瓜生はそこで言葉を切ると、ホールに残る女性陣に順番に目を向けていった。


「女性陣はトイレ休憩はいいのか? もしもトイレに行くのが怖かったら、俺がボディガードを務めるぜ。もちろん、デストラップを確実に避けられる保障はないけどな」


「ありがとうございます。でも、私は大丈夫です。じっとしていた方が気が楽なので」


 ソファに深めに座っている薫子が答えた。相変わらず両手でお腹の辺りをさすっている。


「アタシもいいかな。どこに行ってもデストラップは発動するんだったら、なるべくたくさん人がいるところの方が安全みたいだし」


 愛莉の返事には、緊張感は感じられない。


「わたしもトイレはまだ大丈夫かな。それにここを離れるわけにはいかないから」


 イツカはミネの看病に徹している。


「オッケー。分かったよ。じゃあ、俺たちはここで連中が帰ってくるのを待つことにしようか」


 瓜生が体から力を抜いて、近くのイスにどっしりと腰掛ける。



 ゲーム開始から、ようやく二時間が過ぎたところである。ゲームはまだまだ続く──。

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