デス１３ゲーム ～死神に命を懸けた者たち～

第11話 その代償 第二の犠牲者

――――――――――――――――

　残り時間――１1時間３８分　　

　残りデストラップ――１1個

　残り生存者――１２名　　　　　

　死亡者――１名　

　――――――――――――――――

「ちょっとミネさん！　どうしたんですか！」

　スオウはその場に倒れたミネに慌てて駆け寄った。背中に手をやり、上半身を少しだけ起こしてやる。

「ねえ、ミネさん！　ミネさん！　わたしにの声が聞こえてますか？」

　隣にしゃがんだイツカも必死にミネに呼びかけるが、ミネからの返事はない。ただ、ゼーゼーという荒い息づかいだけが口から漏れ出てくる。ミネの手から離れた子犬は、キャンキャンと激しく声をあげ続けた。

「おい、イツカ。これって、もしかしたらヤバイやつじゃないのか？」

「そうだね。明らかにただの息切れじゃなさそうだし……」

　ミネの顔を見つめるイツカの顔も、焦りからか蒼ざめている。

「ミネさんはおれが見ているから、イツカは急いでホールに戻って、誰か呼んできてくれないか？」

「分かった。すぐに戻ってくるから、スオウくん、それまでミネさんのことは頼むね！」

　それだけ言うと、イツカは階段を駆け上がっていった。

「マジでヤバいよな。まさか持病を抱えていたとかじゃないよな？　ミネさん、おれの声が聞こえますか？　ミネさん？」

　スオウはミネに声をかけ続けた。しかし、ミネは荒い息づかいのままである。さらに全身が細かく震え始めた。

「おいおい、これはただ事じゃないぞ。早く手当てをしないとヤバいかもしれないな……」

「おーい、スオウ君！　おーい、大丈夫か！」

　救世主はすぐにやってきた。イツカが瓜生を引き連れて戻ってきたのだ。

「いったいどうしたんだ？　イツカちゃんがいきなりホールに駆け込んできて、とにかく来てくれって言うから来たけど――」

「瓜生さん、良かった。突然、ミネさんが倒れこんでしまって……」

「倒れた？　まさかデストラップか？」

「いえ、デストラップじゃないと思います。あ、確実にそうだとは断言できないけど、その、なんて言うか、とにかく急に倒れてしまって……」

「とりあえず、ここじゃしょうがないな。すぐにホールまで運ぶぞ。君も手伝ってくれ」

「分かりました」

　瓜生がミネを背負う。スオウは後ろからミネの腰を支える。そうして二人で協力して階段を登っていった。その足取りを追うようにして子犬も付いてくる。

　ホールまで行くとソファにミネを横にならせた。

「それで、いったい何があったんだ？」

　瓜生がスオウとイツカの顔を交互に見る。

「探していた迷子犬が見付かって、ホールに帰ろうとしたら、突然ミネさんが倒れてしまって……。でも、デストラップにつながるようなことは起きていなかったし……」

　自分で言いながらスオウは頭を振った。

「ちょっと待って、スオウ君。ほら、あの紙切れの件はどうかな？」

「紙切れ？　イツカちゃん、それはなんのことだ？」

　瓜生がイツカの言葉に食いつく。

「四階の廊下を歩いているときに、紙切れが飛んできて、おれの足に触れたんです。紙切れはインフルエンザの予防接種の案内でした。そのあとはなにもなかったから、デストラップには関係ないと判断したんです」

「インフルエンザ……？　他にはなにか気付いたものはなかったか？」

「そういえば、ミネさんが子犬を捕まえるときに、指先を噛まれたみたいでした」

　イツカがなにかを思い出すように小首を傾げる。

「噛まれた……。そうか、それだ！　インフルエンザの予防接種の案内に、犬に噛まれたこと、それらを合わせて考えると――狂犬病だよ！」

「じゃあ、あの案内の紙切れはやっぱりデストラップの前兆だったんだ……。わたしがそのことをしっかり認識していれば……」

「――いや、その考えは間違っているな」

　壁際のイスに貧乏ゆすりをしながら座って、じっと静かに事態を見つめていた九鬼が、否定の声をあげた。

「あんた、俺たちの話を聞いていたのか？」

　瓜生が驚いたように九鬼の顔に目をやる。

「この婆さんに持病がなかったとしたら、別の原因があるはずだ。お前たちは他に何か見落としていないか？」

　九鬼が瓜生の疑問を無視して言葉を続ける。

「他といったら……あっ、子犬に噛まれたの以外にも、毛が刺さったとか言ってたけど……。迷子犬で体を洗っていないから、体毛がささくれ立っていたんじゃないかってミネさんは言ってたけど……」

　スオウはそのシーンを頭の中で思い出した。

「それだ！　それで間違いない！」

　九鬼が即座に断言した。

「えっ、毛ですか？」

「違う！　この婆さんは誤解したんだよ。犬の体毛じゃなくて、体毛の中に隠れていた虫に刺されたんだ！　インフルエンザの予防接種というのは、虫の針に刺されることの前兆を示していたんだろうな」

「虫ってことは、ミネさんはその毒にやられたってことですか？」

「毒なんかじゃない」

「――ふっ、なるほどな。アナフィラキシーショックってわけか」

　状況を理解しているらしい九鬼を除いて、最初に瓜生が解答にたどり着いたみたいだ。

「そうだ。この症状はアナフィラキシーショックによるものだ」

「えっ、なんなんですか、そのアナなんとかって？」

　初めて聞く単語に、スオウは九鬼に聞き返した。

「分かりやすく言えば、アレルギーショックさ。アレルギー反応が強く出すぎてしまう状態のことだ」

「それで、あんたに治せるのか？」

　瓜生の問いかけに対して、九鬼は無言で立ち上がってミネの元に近付いていく。最初にミネの手首をつかむ。次に閉じていたまぶたを指で持ち上げて両眼を見る。その仕草は手馴れたものだった。

「呼吸が荒いな。脈もかなり弱まっている。このままではそう長くはもたないだろうな」

「じゃあ、助けられないのか？」

「助けるもなにも、薬すらないこの状況ではしょうがないだろう。そもそも、この婆さんが犬を探しに行って、その犬に取り付いていた虫に刺されたんだから、これはもう自業自得としかいえないな」

「ちょっと待てよ。あんたの言ってることはたしかにあってるさ。でも、今言うことじゃないだろう！」

　スオウは言葉を荒げて、九鬼に詰め寄った。

「いや 、今だから私は言ったんだ！　この婆さんは自分勝手をして、こうして他のゲーム参加者に迷惑をかけたんだからな！」

「それはそうかもしれないけど……。」

　たしかに九鬼の言い分も一理あることは理解出来る。しかし、感情的にそれを受け入れることなど到底スオウには出来なかった。

「悪いがこの婆さんに今出来ることは、このソファに寝かせておくことだけだ。あとはこの婆さん自身の回復力に任せるしかない」

　ソファに横たわるミネは相変わらず不安定な呼吸を繰り返しており、顔色は真っ青である。

　今まで姿を隠していたあの子犬がホールに入ってきた。一目散にミネのもとに駆け寄っていく。ミネの頬を可愛らしい舌でペロペロと舐める。その様子は一生懸命にミネを看病しているようにも見えた。

　そのとき、ホール内にメールの着信音がいっせいに鳴り響いた。

『　ゲーム退場者――１名　小金寺ミネ

　　残り時間――１１時間１９分　　

　　残りデストラップ――１０個

　　残り生存者――１１名　　　　　

　　死亡者――１名　　　

　　重体によるゲーム参加不能者――１名　　　　　　』