第6話 そして、ゲームが始まる
「――いよいよゲームの始まりですね」
五十嵐がさっそく口を開く。先ほどに比べて、若干、声が硬くなっている。
「こうして突っ立ていてもしょうがないので、さっきの自己紹介の続きをしたいんですが、どうですか?」
「おいおい、すっかりリーダー気取りだな」
金髪男が五十嵐をにらみつける。
「君も聞いただろう。このゲームは13人全員が勝者になれる可能性があるんだ。だったら、みんなで協力してデストラップをクリアしていくのが、勝利への一番の近道だと思うけどね」
「ふんっ。死って聞いた途端にブルッていた奴に言われてもな」
「なんだとっ!」
金髪男のあからさまな挑発に簡単に乗っかってしまう五十嵐。『死神の代理人』が登場するまでは、あれほど冷静沈着でまとめ役のように振る舞っていたのがウソのような変わりようである。普段しっかりしている人間の方が、ちょっとしたことですぐにキレてしまうが、五十嵐はまさにその典型らしい。
「そんなに怒るなよ。せっかくだから、オレも自己紹介をしてやるよ。――オレはヒロキだ」
明らかに偽名と分かる名前を笑いながら言う金髪男。
「だったら、オレもついでに言っておく。――オレはヒロトだ。偶然にもその男と一文字違いの似た名前だけどな」
ボウズ男があさっての方に視線を向けたままぶっきら棒に続ける。こちらも明らかに偽名と分かる。
「まったく、君らみたいな非常識な人間がこの社会に蔓延しているかと思うと、頭が痛くなるよ。――バカどもは放っていおいて、自己紹介を再開しよう。えーと、まだ自己紹介が終わっていないメンバーは――」
「あの……あたしは
花柄のワンピースを着た女性の声は消え入るそうなほどか細かった。さっき紫人に向かっていったときの勢いが、今は微塵も感じられない。そして、あいかわらず両手でお腹の辺りを撫でている。
「アタシもした方がいいみたいな状況ね」
久里浜とは正反対に見えるセクシーさを前面に出した膝上のミニスカ姿の女性が、かったるそうに口を開く。年齢は20代前半くらい。栗色の髪と派手なメイクから、夜の仕事を生業としているような雰囲気だ。イツカとはまた違うアダルトな美人である。
「
どうやら愛莉の正体はキャバ嬢みたいである。
「やれやれ。こんなときに自己紹介なんて、まるで新学期の教室だな」
ホールの一番奥にいた男が皆の前に進み出てきた。30代後半で、神経質そうな顔付きをしている。
「
九鬼は話しながら何度も眼鏡のフレームに手をやり、角度を直す仕草を見せた。ひどくイラついているように見えて、それだけ言うと、またホールの奥に戻っていく。
「さあ、これでやっと残り二人になったかな」
五十嵐が自己紹介の済んでいない二人の男に交互に目を向ける。
壁際に背を預けて立っていた白髪の喪服男が、その場から少し前に進み出る。
「
そこで円城は苦しそうに一度咳き込むと、何度か大きく深呼吸をしてから、さらに言葉を続けた。
「……悪いね。ガキの頃からの喘息持ちで、しばらく前から喉の調子が良くなくて……。私は仕事はしていない。今は自分探しの旅の途中といったところかな。このゲームが旅の終焉の地にならないことを祈っているよ」
「かなりつらそうに見えますが、体調は大丈夫なんですか?」
「ああ。13時間ぐらいならばもつと思う。一応、喘息をおさえる薬も用意してあるしな」
「そうですか。それと、これは個人的な興味になるんですが――」
五十嵐が聞かんとしたいことが、スオウにも分かった。円城のその特異な服装についてだろう。
「分かっているよ。この服のことだろう。命をかけたゲームと聞いたからね。それに合う服装はなんだろうと考えて、この喪服にたどりついただけのことさ」
「ありがとうございました。では最後に君も自己紹介をしてくれるのかな? もちろん、あの2人みたいに拒否してもらっても構わないけどね」
「――え、えい、
『人形の目』をした青年が自己紹介をする。
「あ、あの……ボ、ボ、ボクは……その、ひ、ひ、人と話すのは……苦手……なんです……」
まるで子供のような口ぶりだ。オドオドした態度とあわせて、年齢に対して、中身の成長が伴っていないようないびつな印象がある。視線も下に向けたままで、みなの方に顔をさらすことはなかった。
「ありがとう、瑛斗くん。これで全員の自己紹介が終わったかな。では、これからどうしたらいいか――」
五十嵐が思案気に首を傾げたとき、テレビで天気予報が始まった。
『――それでは続きまして気象情報にうつります。現在、市内全域に強風雷注意報が出ています。外出の際にはくれぐれもご注意ください――』
テレビの画面上に赤い文字で注意喚起を示す単語が並ぶ。
「ねえ、スオウくん、強風ってことは、ここのホールの窓はちゃんと閉めておいた方がいいのかな?」
「えっ、窓……? うん、まあ、どっちでもいいと思うけど――」
突然イツカに声をかけられたスオウはびっくりしてイツカの顔を見つめ返したが、そこで不意に、不吉な予感が脳裏に浮かんだ。
もしも、この天気予報が紫人が言っていたデストラップの『前兆』に関係しているとしたら――。
「みんな、すぐに床に伏せて! 身の安全を――」
スオウが最後まで言葉を言い切る前に、何枚もの窓ガラスが激しい音とともに砕け散った。同時に、幾つもの黒い物体が目にも止まらぬ速さでホール内に飛び込んでくる。黒い物体はまさに今床に伏せた参加者たちの頭上を飛び越えて、最後に耳障りな音をあげて壁に突き刺さった。
黒い物体の正体――それは縁が鋭利に尖った看板の破片だった。おそらく強風でここまで飛ばされてきたのだろう。
スオウが声をあげるのが一瞬でも遅かったら、今ごろ参加者の何人かは飛ばされてきた看板の破片で体を切り刻まれていたに違いない。
「まさか……これが紫人の言っていた、デストラップってやつなのか……」
顔をしかめた瓜生が壁に突き刺さった看板を呆然と見つめている。
「う、う、うそ……。こんなの……もう、や、や、やだ……もう、いやだ……!」
参加者の中で一番精神的に弱いと思われる薫子はすでに怯え始めていた。しかし、お腹を押さえる手だけはそのままだ。
参加者のスマホのメール受信音がいっせいに鳴る。その場ですぐさま全員がメールの内容を確認する。
『 残り時間――12時間47分
残りデストラップ――12個
残り生存者――13名 』
「――どうやら、あれが最初のデストラップだったみたいね」
メールの本文に目を落としながら、誰に言うでもなくイツカがつぶやく。
「わ、わ、私は……こ、こ、ここで帰らせてもらうからな!」
突然、奥月が大きな声を張りあげた。
「おい、代理人。聞いてるんだろ! 私はおりる! このゲームの参加を取りやめる! 分かったか? おい、私の声は聞こえているんだろう?」
「えっ、帰るって、奥月さん、ゲームはもう始まっているんだぜ?」
瓜生が慌てた様子で奥月を止める。
「いや、私は帰らせてもらう!」
瓜生の説得の言葉を最後まで聞かずに、奥月がホールから出て行こうとする。
次の瞬間――。
ホールの壁に掛けられていた絵の額縁が、なんの前触れも無く唐突に床に落ちた。はめられていたガラスが割れる音がホール中に響き渡っていく。
「きゃああああーーーーーーっ!」
悲鳴をあげたのは薫子だった。まるでなにかを守るように両手でお腹を覆う。
「お、お、おど、脅かそうと思っても遅いぞ! 私はこのゲームをおりると決めたんだからな!」
奥月は見えないなにかから逃げるかのようにして、ホールから走り出ていった。
残された参加者たちは、ただ奥月の後ろ姿を黙然と見つめるしかなかった。
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