第4話 ゲーム参加者たち
数年前に起こった大きな地震を契機に、市内にあった公立の建物については、耐震強度の調査が一斉に行われた。市立病院も調査を受け、その結果、強度不足が判明した。
病院は一時的に閉鎖され、現在、耐震補強工事の最中である。病院は周囲を鉄パイプで作られた足場で囲まれており、壁は一面、大きなカバーで覆われていた。
スオウはイツカのい二人が中に入ると、病院内は電気が付いており、歩くのに支障はなかった。正面に総合受付がある。その横はロビーのようで、たくさんのソファが置かれている。今は人影はまったく見当たらない。
「あれ？ 集合場所って、ここじゃないんだ？」
スオウは人っ子一人いない周囲を見回した。
「メールによると、五階にあるホールが集合場所みたいよ」
イツカがスマホを見ながら優しく教えてくれる。
「五階か。あのエレベーターで行けるかな？」
スオウは右手奥にエレベーター乗り場を見つけた。
「それじゃ、さっそくわたしたちもエレベーターに乗って五階に向かおう」
二人はエレベーターに乗り込んだ。階数案内の表示を見ると、五階は入院患者用の病室として使われているようだ。
エレベーターが五階に着き、ドアが開くと、途端に人の声が聞こえてきた。
「どうやら先客がいるみたいね」
「おれたち以外のゲーム参加者か」
二人は声の聞こえる方に歩いていった。ナースステーションの先に、少し開けた場所があった。そこが集合場所のホールらしい。
ホールにはソファとテーブルのセットがいくつか置いてあった。壁際には一際大きなテレビが設置されており、２４時間放送しているニュース映像が流れている。
ホール内には、年齢も性別もバラバラな人間が何人かいた。その数は１１名。立っている者もいれば、ソファに座っている者もいる。テレビを食い入るように見つめている者もいる。
二人がホールに入っていくと、集団の中から男がひとり前に出てきた。年齢は３０代半ば過ぎ。ひと目で高級なブランドモノだと分かるスーツを、隙間なく着こなしている。
「ひょっとして君たちもゲームの参加者なのかい？」
「はい、そうです。この病院の入り口で偶然にスオウくんと会って、二人で来たんです」
イツカが積極的に答えてくれる。
「１９時にゲーム開始だから、時間的に考えて君たち二人が最後なのかもしれないな」
「それじゃ、ここにいる皆さんは全員、ゲーム参加者の方なんですか？」
「ああ、そうだよ。ぼくも入れて１１人ここにいる。全員が今夜行われるゲームの参加者だよ。そうそう。自己紹介がまだだったね。――ぼくは
「わたしは四季葉イツカといいます。スオウ君と同じ高校生です」
「スオウです。おれも同じ高校生です」
イツカに続いて、スオウも自己紹介をした。
「二人とも高校生なんだ。それじゃ、参加者の中では最年少になるかな」
そこで突然、五十嵐の顔に鋭さが増した。
「これが命をかけたゲームだということは、もちろん二人とも理解しているよね？」
「ええ、分かったうえでここに来てますから、ご心配なく」
デリケートな質問に対しても、イツカは顔色を一切変えなかった。
「おれも分かってますから」
二人の答えを聞いた五十嵐は満足そうにうなずいた。
「まだ時間に少し余裕があるみたいだから、この辺で他の参加者を紹介しておこうか」
「じゃあ、一番手は俺がするぜ。――俺は
３０代前半と見える男性が、スオウたちの元にやってきた。長髪に無精ひげを生やした姿からして、サラリーマンのような会社勤めの人間には見えない。肩に掛けたデイパックは大きく膨らんでいる。
「ゲームの内容がまだ分からない状況だけど、まあ仲良くやっていこうぜ」
気軽な口調からして悪い人間でないことだけは分かる。スオウとイツカはそろって軽く頭を下げて、挨拶を返した。
「次は誰にしようか――」
「私でいいかしら」
五十嵐の言葉に、ソファに座っていた７０はとうに過ぎていると思われる高齢の女性が反応した。服装は上品な着物姿である。
「立つのが大変だから、座ったままで失礼するわね。
ミネは田舎のお婆ちゃんのような人当たりの良い笑顔をスオウたちに向けてきた。
「私は一人暮らしなんだけど、この歳になるとなにも面白いことがなくて、『死神の代理人』さんからこのゲームの話を聞いて、絶対に参加しなきゃと思って参加することにしたの」
「では次は――」
五十嵐が視線を向けた先にいたのは、ミネの次に年齢がいっていそうな男性だった。
年齢は５０代に見えるが、その表情にはひどく疲れの影が浮いている。やつれているようにも見える。
「
「ああ、私か。私は特に何も言うことはない。別に君らと仲間になるわけでもないしな。礼儀上、名前だけは言っておく。奥月だ」
奥月の言葉には、端々に投げやりな調子が垣間見られた。着ている汚れた洋服といい、その口調といい、日々の生活の疲れが容易に想像出来る。
「確かに仲間になると決まったわけではないですが――」
「別にいいじゃねえか。自分のことを言いたくない奴だっているんだよ！ それとも、今からみんなで楽しく合コンでも始める気なのか？」
話に割り込んできたのは、２０才くらいの若い男だ。白地に金色の刺繍が入ったジャージを着ている。金髪の短髪で、両耳には派手な銀のピアス。夜中に道で会ったら、その場で回れ右をしたくなりそうな男である。
「いや、これから一緒にゲームをやるんだから――」
「だから、そのゲームだって、命をかけたゲームなんだぜ？ ここで自己紹介したところで、どんな利点があるんだよ？」
「――分かった。そこまでいうのであれば、君に聞くことはしないよ」
五十嵐は早々に匙を投げたようだ。
「それじゃ、オレも自己紹介は不参加な」
声をあげたのは、見るからに金髪男と同類と思われる男だ。年齢も金髪男と同じ２０才くらい。服装はまるで部屋着のようなグレイのスウェットの上下。髪は染めていなかったが、ボウズ頭と細い目が合わさって、金髪男同様に、深夜のコンビニ駐車場では絶対に会いたくない種類の人間だった。
「君までもそんなこと言い出したら――」
「いいんじゃないですか。だって、話したくないって本人が言ってるんですから」
緊迫した空気が生まれつつあるなか、さらっと話に入っていくイツカ。
これで自己紹介をしていないのは、拒否権を行使した二人の若い男を除いて、残り５名。男が３人に女が２人。
その中で一番スオウが気になったのが、２人の男だった。
１人は年齢が３０代くらいの男で、髪は完全な白髪。スオウがなにより気になったのが、その白を通り越して青白くなってしまっている男の肌の色だった。明らかになにか良くない病気を患っているように見える。しかも加えて、服装がどこからどう見ても『喪服』にしか見えない黒のスーツ姿ときている。
ていうか、これって死神のイメージそのものだよな？
不意にスオウの脳裏にそんな突拍子もない考えが思い浮かんだ。そしてもう１人、スオウが気になった男がいる。
その男は一見するとごく普通の大学生のように見えるのだが、よくよく目をこらして見ると、非常に特異な表情を浮かべていた。
年齢は２０代前半で、髪型もいたってノーマル。服装もファッション量販店のマネキンが着ているような服を、そのまま一切変えずに着ている感じだ。人ごみの中に紛れてしまったら、一瞬で姿を見失いそうな外見である。にも関わらず、スオウが気になったのが、その目だった。常に目が据わっており、その瞳には感情が浮かんでいるようには見えず、どこか作り物めいた『人形の目』に思えた。
この男も顔の印象だけは、死神みたいなイメージなんだよな。
どうしてもそう思ってしまうスオウだった。
その時――。
壁際に置かれていた大型テレビのニュース映像が、唐突に切り変わった。アナウンサーの声が聞こえなくなる。
スオウを含めてホールにいる全員がテレビの画面に視線を向ける。
「どうやら、ようやくなにかが始まるみたいですね。残りの自己紹介はこのあとにしましょうか」
五十嵐が誰にともなくつぶやいた。
時刻は１９時００分。ゲーム開始まで――あと０分。
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