第14話  情報屋

 ……勝敗はついた。


 ローベルトにはもう、反撃の力は残っていない。……おそらく逃げる力も残っていないだろう。


 ……なら捕らえ、牢屋にぶち込んで終わり。――で、良いのではないか?そう思い、俺は聞くことにする。


「南城、こいつ天界に連行でもするか?」

「必要ねえ。始末しろ」

「情報とか何か聞き出す必要とかは……」

「いい!早くやれ!」


 そんなこと気にする必要ない、って事か……


 まあ、相手は悪党だ。殺さないと被害が増す……

 頭ではわかっている……だが、


「「どうした神邏。別に罪に問われたりはしないぞ。天界軍の指示で、なおかつ犯罪者の魔族相手なんだからな」」


 聖霊イリスが言った。

 

 まあ、それはそうだろうが……

 そこもとても重要な話ではある。

 ただ、殺すのを戸惑うのはそれだけが理由ではないんだ……


「わかってないな〜お兄さんは、初めてのことだからとまどってるんだよ~」


 朱雀聖剣サウスブレイド、もとい武器精霊スピリットウエポンのリーゼが、俺の思考を読むかのように語った。


「「戸惑う?何をだ」」

「魔族とはいえ人を殺す事を、だよー。メンタル雑魚のお兄さんにはキツイ仕事でしょ」

「「……そうか、まだしたことなかったか。なら無理せず、他の奴に任せたらどうだ?」」


 とはいえ、今の南城でやれるだろうか?かなりボロボロなようだし。


 いや、……やはり自分がやらねばならないだろう。


 ――軽く深呼吸。


 ……落ち着け。相手は救いようがない悪人、犠牲者をこれ以上出さないために必要な事……


 ――ドクンドクン。


 ……心臓の音が聴こえてくる気がする……


 もう、何も……考えるな!


 俺は意を決する!

 剣を強く握り……


「「行けるのか神邏」」

「……ああ」


 俺は全速力でローベルトに突っ込み、剣を奴の首筋めがけて振……


「おっといけませんねえ」


 誰かの声がした……と思ったら、目の前にいたローベルトの姿がなくなっていた。


「何!?」

「消えた!?どこだ!?」


 南城が辺りを見渡すと……

 フードをかぶり、体を隠すようにローブを羽織っている、仮面をつけた見るからに怪しい者がそこにいた。


 ……ローベルトを背負って。


「何者だ!」


 南城が火の玉みたいな物を作り、その仮面男に投げる。

 仮面男は避けずに、軽くゴミでも払うかのように、火の玉を消し去る。


「いやいや。なかなか面白い戦い見させてもらいましたよ。隠れて最初から見てましたが、まさかローベルト様ほどの方が敗れるとは……天界軍も侮れませんな」

「質問に答えろ。誰だテメエは。ローベルトの部下か!?」

「いえ。言うなれば……協力者でしょうかね。、という名で通してる者ですよ。以後お見知り置きを。ふふふ」


 ……情報屋……

 こいつが……

 今まで魔族に何かと情報を与えていたらしい、謎の人物だ。前に小耳にはさんだ。


「ローベルト様はお得意様でしてねえ。今回だけはその縁で救助させてもらいますよ」

「ぐっ、うう、情報屋すまぬ」

「いえいえ。全ては我が目的のためです」

「憶えていろ美波神邏……次こそは、目に物見せてくれるからな……」


 まずい、このまま逃走するつもりか……?


 俺と南城は動く。

 逃がすわけにはいかない!


 だが横から爆煙が!


「なんだ!」


 視界が見えなくなる。


「ローベルト様!今です逃げましょう!」


 ――何者かの声。


 俺は風を巻き起こし、煙を吹き飛ばす。


 だが視界が晴れる頃には……

 ローベルトと情報屋二人の姿は消えていた。


「くそっ!あと少しだったっつーのに!あの仮面野郎が!」


 南城が地を叩き、悔しがる。


「それにあの煙、まだどっかに生き残りでもいやがったのか…?」

「……かもな……」


 会社内にまだ生き残りがいたのだろうか……?

 ……呆然と立ち尽くす俺。


 ただ、どこかホッとしてしまっている自分がいたことに気づく。

 殺さずにすんだと……。ホッとしたのかもしれない……


 いや、ダメだ!あいつを野放しにしたことがどれだけの事か……

 自分の頬を叩き、喝を入れる。

 

 ……今回の任務は失敗だ。

 倒せたかもしれない奴を逃したのだから……


 次こそは逃がしてはならない……。絶対に、殺さねばならない。


「リヴィロー!クソがあ!ど、どこだ!どこに行きやがったあ!」


 ……誰かの叫びが聞こえる。

 この声は……?


「……北山?」


 友人の北山の声と察知し、声のした方角を見る。


 ズタボロになった北山が、九竜姫御子に肩を貸され、ヨロヨロしながら叫んでいた。


「どうした北山!」


 俺は二人に近づく。


「あ、朱雀!彼をどうにかしてよ」


 九竜が北山の肩を下ろすと、勢いよく彼は倒れる。だがすぐ自分で立ち上がろうともがく北山。


 ……でも立ち上がれない。


「くそ!リヴィロー!どこだ〜!」


 ……怒りのあまり、我を忘れるように叫び続けている。


 こちらの言葉に耳をかさない。

一体どうしたんだ?


「九竜、何があったんだ……?」

「ええその、彼のお兄さんが魔族で……」


 黄木司令の予想通り、兄は魔族に殺られていた。……ということか。

 その上擬態され、兄としてずっと振る舞っていた事を、九竜に聞かされる俺と南城。


「それで彼はそのリヴィローという魔族と戦闘しまして……。まあこのザマです」


 北山の様子を見る。かなりボロボロだ……。こっぴどくやられたのだろう。


「とっておきの技も、奴の手を傷つけるくらいがやっと。その後はやられ放題で、殺されなかったのが奇跡みたいなものよ……」

「……そうか。でも無事ならよかった。……九竜のおかげか?」

「いえ別に、あたしはさほど力になれなかったよ……。リヴィローって奴は幹部だったらしくて、実力はかなり高かった。あたしでもかなう相手じゃなかったよ」


 どことなく悔しそうにしている九竜。


 ……俺としては傷だらけでも、北山と一緒に、生きて帰って来てくれただけでも、よくやってくれたと思うが。


「ビルが崩壊した後、あいつが姿を消さなかったらあたしも北山君も殺されてたと思う……。運がよかったよ」


 ビルの崩壊後姿を消した……?

 となるとあの爆煙を放ったのは……


「……九竜、お前の失態か」


 南城がこちらを見ずに言った。


「失態とは?」

「ローベルト、奴らの大将を逃した奴の中に、そのリヴィローって奴がいたんだ。爆煙で目眩まししてきてな」

「爆煙……確かにリヴィローはそういう技を使ってた……」

「俺もこのザマだし、責めるつもりはねえが、お前らがそいつを仕留めてれば逃がさなかったかもな……」


 ……責めるつもりはないというが、嫌味にしか聞こえない。

 俺は止める。


「……やめろ南城。どうせあの情報屋って奴がいた。逃亡は防げなかったかもしれない」

「責めてねえっつーの……」

「い、いえ!あたしが悪いの!何もできなかったわけだし……」


 平謝りする九竜。


 ……なんか雰囲気が悪い。


「とりあえずここで待機だ。まともに動けない兵もいるし、軍に連絡して救護班を要請する……」


 南城はゆっくりと立ち上がり、連絡を始める。


「◇の8、南城春人です。……いないのですか?では戻られ次第、連絡を、そして救護班をお願い致します。今回の被害は――」





 ――それから少し時間が立つ。


……北山、少しは落ち着いたかな。様子を見るか。


「……少しは落ち着いたか北山」

「美波……。わりい。みっともない所見せたな」


 叫びすぎてガラガラ声になってるな……。少し喉も切ってるみたいだし。


「九竜から少し聞いたが……。その、残念だったな……」

「リヴィロー……あの野郎1年以上も兄貴になりすましてやがったんだ……」

「1年……?ならお前の兄さんは1年以上も前に……」

「……そうだ」


 北山は唇を噛み、血を流す。


「おれは!1年もの間!兄貴が別人になってた事に!気づかなかったんだよ!」


 地面を叩き、涙を流す。


「弟失格だおれは!あんな野郎を1年も兄として接してきたんだ!」


 ……嘆き悲しむ北山に何を言っていいかわからない。下手な同情は嫌がるだろうしな。

 ……口下手なせいで気の利いた事も言えない自分が情けなくなる。


 ……そんな俺が捻り出した言葉は……


「……何か俺にできる事があれば協力する」

「わりいな……。でもいい、あいつはおれが、おれの手でぶっつぶす!悲しんでるヒマなんて……ねえ!」


 北山はリヴィローへの復讐を自らの手で完遂したいようだ。

 ……誰にも邪魔はさせないという事だろう。


 ……復讐はあまり良いことではないかもしれない。

 だがリアルでこんな目にあった者を見れば……。止める気になんてとうていならない。

 許せないだろう。殺してやりたくなるだろう……。そう思う。

 それに相手は悪人で犯罪者なうえに、軍の命令でもあった。殺しても罪に問われるわけでもない。


 ……だが一人でやるのは無茶ではないだろうか。止める気はないが……。無理をして死ぬような事があってはならない。

 ……とはいえ聞く気などないだろうが。


「美波……。次あいつと戦う時が来たら邪魔しないでくれよ頼むぜ」


 北山の涙ながらの頼みに……。俺は、頷くしかできなかった。


 ……とりあえず一人にしてそっとしておくか……

 俺はその場を離れる。


「兄……か。俺にもいたんだよな……」


 ふと、独り言をこぼすと……


「「神邏、兄がいるのか?見た事ないが」」

「あ~しも知らないや」


 イリスとリーゼが反応。


「……まあな。亡くなってだいぶたつんだが……」

「「事故かなにかか?」」

「らしい。……詳しくは知らないがな……。ただ、」

「「ただ?」」

「……いや、昔の記憶だが、なんか兄を恐れてた気がしてな……」

「こわ~い人だったの?」

「さあな。別に強面ではないんだが……」


 まあ深い意味はないと思う。子供ながらにってだけだろうしな……。そもそも大して覚えてないし。


 ……覚えている事といえば……


「……超天才だったらしくてな。兄を知ってる人にはほんとに弟か?って疑われた事もある。兄と違い出来が悪すぎるって事なんだろうが……」

「「自分に自信なさそうなのは……。それが理由か?」」

「……まあ、な。……何やっても兄には勝てない。それくらい規格外の天才……ん?」


 天才……

 父、火人は天界の者だった。

 そして兄は天才だった……


 そうなると……


「兄も天界軍にいたかもな……」

「「天才ならありうるな。となると亡くなった理由も……」」

「……」


 父もそうだし、兄も戦いで亡くなった?


 俺にとっても復讐の対象になる相手はいるのかもしれない……

 現に父の仇はいるわけだしな。





 ――ローベルトside


 一方、無事逃げおおせたローベルト達は、自らの隠れ家に身を隠していた。


「おのれ……。おのれおのれおのれおのれおのれ!!」


 怒りをあらわにし、裏拳で壁を破壊し暴れるローベルト。


「落ち着いてくだせえローベルト様ぁ!今回は運が悪かっただけですよぉ。次は七人衆全員でかかれば」

「そんな問題ではない!」


 静止するリヴィローをはねのける。


「吾輩が!あんな小僧に実力で遅れを取ったのだぞ!そんなことあってはならんというのに!」


 リヴィロー自身、これ程うろたえるローベルトを見たのは初めてだった。


「だから言ったではないですか。朱雀を甘く見てはいけないと」


 情報屋が静かに言った。


「しかし七人衆の方々が敗れたのならいざしらず、ローベルト様が敗北するとは……。もう取引はこれっきりにしましょうかね」

「情報屋!?それはどういう意味だ!」


 聞き捨てならないという態度を見せるローベルト。


「そのままの意味です。あなた方では今の朱雀にすら勝てない……。そんなザマでは、我が目的である天界軍の全滅など到底不可能。となるとわざわざ情報を売る価値はないかと」


 リヴィローが情報屋のローブをつかむ。


「貴様ぁ!ローベルト様を侮辱するつもりかぁ!」

「事実を申したまで。今回だけは、今までのご縁で助けましたがそれももうありません」


 情報屋はリヴィローを突き飛ばす。


「ぬおっ!?」


 尻もちついて倒れるリヴィロー。


「それでは……」

「待ってくれ情報屋!」


 引き止めるローベルト。


「まだ吾輩には切り札があるのだ!」

「そんなものあるなら何故先ほど使わなかったのです」


 そのとおりだ。

 あのままなら助けがこなければやられていたはず……。ならば使わないのは不自然だ。


「あの場では使えなかった。それにリスクもあるのだが……。詳しくは言えぬ」

「そんな使えるかも分からないうえに、話せもしない事を信じろと?」


 するとローベルトは膝をつき頭を地にこすりつける。

 ……つまり土下座をしたのだ。


「頼む!貴様の情報が、その切り札にも、奴らの対策にも必須なのだ!」


 プライドの高そうなローベルトの土下座。そんな主の思ってもみない行動に……


「ローベルト様!?何をなさってるんですかぁ!?こんな得体の知れんやつにぃ!」


 リヴィローは驚きを隠せなかった。……プライドをかなぐり捨ててまで、この怪しい奴の情報が重要なのかと愕然。


 ……そんな必死な男の様子を見て情報屋はため息まじりに口を開く。


「……仕方ないですね。チャンスは一度だけですよ」

「恩に着るよ……」


 まだ頭をあげないローベルト。


「ローベルト様ぁ何故そこまでして……」

「……吾輩がなんとしても始末したい男の組織、帝王軍が二年前天界軍に大打撃を与えた事……知っているか?」


 それは魔族にとっては有名な話だった。あの天界軍に、それもその時の帝王軍は、首領の帝王カオスどころか主力の幹部すらなしで、当時守りにいた天界軍を半壊させたという。

 その出来事は人間界にいる魔族に衝撃を与えた。帝王軍の恐ろしさを知り、魔界になど戻れないと思わせ逆らう気がなくなるほどに。


 だがそんな連中も漁夫の利を得た。……なぜなら天界軍の戦力が減った事で人間界に軍のものを置けなくなったからだ。

 戦力が減ったからといって天界の守りを薄くするわけにはいかない。……最優先は当然自分達の世界天界の守護だからだ。


 それにより人間界の守りは薄く、注意も散漫になる……。それ故に魔族は人間界で行動を起こしやすくなってしまったのだ。

ローベルト達もその恩恵を受けている。


「知ってますけどぉそれとこれとなんの関係が?」 


 やっとローベルトは頭を上げ立ち上がる。


「その時天界軍の守備の穴なり主力の少なさなり不意をつけたりと、あらゆる情報を奴ら帝王軍は知っていたらしい」


 はっとする。


「まさかその情報の元はこの、」


 頷くローベルト。


「情報屋の情報を元に奴ら帝王軍はその進行を成功させた。大打撃を与えた後、追撃を未だにしていないのは知らんがな」 

「こいつの情報がすごいのは分かりましたが、確かその時天界の英雄、美波火人がいたと聞きますぜぇ。当時の天界最強の男が」

「それがどうした」

「不意打ち程度で倒せる相手じゃないのではぁ?」


 幹部もいない部隊では到底太刀打ちできない戦士。そんなやつには情報どうこうでどうにかなるはずはない。


 情報屋を見るローベルト。


「美波火人と一部の主力を討ち取った男の名はシャド。帝王軍に入ったばかりの新参者だったらしいのだ」

「え?」

「そのシャドという男を帝王軍に入れたのは貴様なのだろう情報屋よ」


 情報屋は拍手をする。


「何もかもお見通しのようで」

「気に食わんな。帝王軍にそんな実力者を入れるとは」

「私を信用してくれている方々の中で、一番天界軍を潰せる可能性がある組織ですのでね。だから私の協力者の中で最強の男をひそかに入隊させたのですよ」


 情報を持っているだけではないのかこの男は……。と、思うリヴィロー。協力者とは一体?


「もし次、私の期待に答えてくれればローベルト様にも誰か協力者を紹介しても良いですよ」

「頼む。それと出来れば吾輩の専属になってはもらえんか?帝王軍に有利な情報を与えたくないのだ」

「それはこれからのローベルト様の働き次第ですねえ」


(この野郎ぉ敬語使っているとはいえ、ローベルト様になめた口聞きやがって見下してんのか!ぶち殺してえ……)


 ……そうは思ってもできないリヴィロー。主の、ローベルトの顔をたてねばならないし。


 しかしいまいち信用ならないと思っているリヴィロー。

 仮面をしているのは何かしら顔を隠さねばならない理由があるのだろうし。自分の身分を隠すなんて怪しい事この上なくからだ。


「では今日の所はこれで……」

「うむ、頼むぞ情報屋」


 情報屋は影に身を隠すかのようにゆらりと姿を消した。


「まずは七人衆を集合させそして魔獣を……」


 ローベルトは一人ブツブツ考え込む。


「帝王軍より先に朱雀……。貴様にこの借りを変えさせてもらうぞ……。みておれ!」



 ――つづく。


「残念仕留め切れませんでしたね。でも仕方ないです。神邏くんに無理してほしくありませんからね」


「次回は小休止で今までのキャラクターのおさらいなどのプロフィール回です」

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