深緑の朱雀

メガゴールド

朱雀飛翔編

第1話  朱雀推参

 199X年 5月10日 日本 関東地区 〇〇県。

 麒麟市 第一地区周辺部 廃工場内。

 時刻、4時32分。


 一人の男を取り囲む怪物の集団、しかし奴らはその男を恐れる様子を見せていた。


 男は深緑のオーラに包まれ、右の肩甲骨付近から、透き通った片翼の大きな翼が生えていた。


 彼は朱雀。

 天界の守護神、四聖獣の朱雀。


 今再び、顕現。



 ♢



 時は朝へと遡る。


 ――主人公side。


 よく、俺は同じ夢をみる。

 どこか知らない地で誰かと戦っている、自分の姿。

 相手の顔は分からない。

 いつも最後は自分が膝をつき、その相手に殺されそうになる。

 そのスキをつき、相手は剣を振り下ろす。


 これまでかと、目を伏せるが、いつも決まって、誰かが庇ってくれる。

 ……そのかわり、庇った人は切り裂かれ、絶命してしまう。

 庇ってくれた人の顔もまた、見えない。

 ……誰なんだといつも思う。


 いや、そもそも夢の話。考えても仕方のない事……


 その、はずだった。



 ♢



「お、にいちゃ~ん! あっさでっすよー!」


 俺はその大きな呼び声で、目を覚ます。そんな俺の名前は美波神邏みなみしんらという。

 全体的に少し長めのツンツンしてる緑髪。前髪は鼻筋に少しかかる長い髪をのぞき、それ以外はギリ目にかからないから視界の邪魔にはならない。

 背丈は170あるかないかくらいで、細くヒョロッとした体格。


 顔は……特に気にした事はないが、幼なじみや義妹にはカッコいいだの、イケメンだのとよく言われる。まあ、お世辞かもしれないが。


 ややツリ目で無愛想というか、基本無表情で面白みのない無口な男。

 ……それが俺だった。


 ……先ほど義妹と言ったが、うちには義理の妹と弟、それと義理の父親がいる。


 別に複雑な家庭というわけではない。ただ、母親の再婚でできた新しい家族なだけだ。

 打ち解けているかと言われると、微妙なところだが……



 俺は部屋を出て、一階へ降りる。トイレや歯磨きを済ませた後、居間へと向かう。

 そこにはメガネをかけた義父に、金髪ツインテールの義妹と、その膝に座ってる幼い義弟。

 そしてもう一人、実の妹の姿があった。


 ……これが俺の家族だ。ちなみに母親は今出張中。


「あ! おっはよ~おにいちゃん!」

「やあ、おはようしんちゃん」


 ……義妹と義父が挨拶してくれた。

 先ほど俺を起こしにきた子が、この義妹、詩良里しよりちゃんだ。


 少し派手というか、ギャルっぽい女の子。髪色は金髪。……あまりそういうところは見るべきではないのだが、胸は大きい。中学三年生。


 彼女は今、膝にのせている幼い弟の天馬てんまくんに、ご飯を食べさせている。


 義父の名は水斗さん。穏やかそうなおじさんで、優しい人だ。


「……おはようございます」


 と、俺は無愛想に挨拶を返した。

 わざとではない。元々愛想はないし、朝っぱらは特に元気などないし。……昔からの態度だ。


 ちなみに黒髪の女の子。俺のもう一人の妹は無反応だった。


 もう一人の妹は莉羅りら

 黒髪二つ結びで、詩良里ちゃんに比べるとだいぶ小柄だが、同じ中学三年生。

 なんかツンケンした態度をしてる。……失礼とは思うが、こっちは胸があまりない。


「――ごちそう様」

 

 莉羅が一言。そしてすぐに家を出ようとする。


「あ、りっちゃん。実は今日、お弁当作ったんだ。持って行ってくれないかな?」


 義父は弁当を渡そうと追いかけるが……


「結構です。父親ヅラしないでくれない?」


 莉羅は冷たく、そしてキッパリ言い放った。


 ……言いすぎだ。少し注意したほうがいいと思い、俺は妹を呼び止める。


「……莉羅」

「なによお兄。そっちは受け入れてんの? この他人の三人を」

「……他人じゃない。家族だろ」


 突如出来た家族を、莉羅は受け入れられていなかった。


 ……無理もないと、言えなくもない。実の父は二年前事故で亡くなった。

 それからあまり時をおかず再婚。妹はそれが気に入らないのだろう……


 俺と妹の、喧嘩になりそうな雰囲気を察したのか義父は、


「ご、ごめんねりっちゃん、勝手なことして! ほ、ほら学校遅れちゃうよ!」


 莉羅は軽くため息ついて、家を出る。……失礼極まりない。


「……すいません」


 俺は軽く謝罪した。

 義父は苦笑い。


「いや、大丈夫さ。あの子は最初から再婚に反対してたしね……」

「ですがさすがにあの態度は」

「仕方ないよ。まだ再婚から間もないし」


 ……それでも一年近くはたつ。

 母がいない事で、よけいギスギスしてるのかもしれないが。



 その後、朝食を済ませ俺も学校へ向かうため玄関に……

 すると義父が声をかけてくる。


「すまないね、逆に君には気を使ってもらって……」

「いえ、別に……」

「詩良里も天馬も、君に懐いてるし、良くしてくれてるんだろう」


 良く……? 何かしたというわけでもない。優しく接してはいるが、俺は口下手で、口数も少ないし。

 それでも俺に懐いてくれているのなら、……嬉しい事だが。


「でも、君もまた壁を作ってるよね」


 靴紐を結んでいた、俺の手の動きが止まる……


 特に意識はしたことなどない。

 だが、図星……だったのかもしれない。


「さすがに父さんとはまだ呼べないかもしれないけど、根本的にまだ距離を感じる。遠ざけようと反応してくれるりっちゃんより、壁がもしかしたらあるのかもしれないね」

「……」


 俺は……何も言えなかった。


「いや、いいんだよ。娘と息子に良くしてくれてるだけで充分さ。お母さんも今いない以上、知らないおっさんが家にいるんだし、警戒するのも仕方ないさ」


 気にするなと言いたげだった。少し寂しそうには感じるが……

 

「あ、おにいちゃん! 学校一緒にいこ!」


 詩良里ちゃんが急いでやってきた。断る気はないので俺は待つ。


 準備が終わると義父は手を振り、


「二人共いってらっしゃい」

「はーい。天ちゃん、いってくるねえー」


 と、詩良里ちゃんがトテトテ歩いてきた天馬くんに手を振る。

 ニコニコして天馬くんは見送ってくれた。


 良い子達なんだ。……莉羅もそれはわかっているはず。

 いや、それは俺もか……

 義妹義弟とは打ち解けているほうでも、義父に関しては妹と大差ない。


 玄関を出ると、詩良里ちゃんはキョロキョロしている。


「あれ? 今日はおっぱいお化け、もといお隣さん達は?」


 隣に住んでいる、俺の幼なじみの事を言ってるようだ。


「……お祖母さんのお仕事の手伝いするからって、休むらしい。本人にそういう言い方しちゃ、ダメだよ」

「はーい。じゃふたりっきりだね!」

「……そうだね」


 ……なぜかウキウキな義妹。あまり理解しがたい……

 自分などと一緒が嬉しいなんて。

 ただ、その気持ちは嬉しい。


 まあ、気を使ってくれてるだけかもしれないがな……



 ♢



 学校までの道中……


 今まではいつもの日常とさほど変わらなかった。

 ――だが、突然非日常な出来事の前触れが起きる。


 登校中の俺と義妹の前に、一人の女性が空から降りてきたかのように、不意に現れた。

 ――空から? いや、そんなわけは……


 その女性は茶髪のロングヘアーで、モデルのような女性に憧れられそうなスラッとしたスタイル。そして誰もが振り向きかねないほどの、花も恥じらうような美女だった。

 絶世の美女と言ってもおかしくないのかもしれない。


 まあ、全く興味ないのだが……

 ……そんなことより、本当にどこから現れたんだこの人。


 空から降ってきたみたいに着地したが、家の屋根から飛び降りて来たのだろうか?


 まあ、どうでもいいか……

 別にこんな女に用はないし、そのまま素通りしよう。

 ――と、思ってたのだが……


「ちょっと待って、あなたでしょ美波神邏っていう人物」


 女が呼びかけてきた。

 知らない人がなぜ自分の名を?

 つい、止まってしまった。


 詩良里ちゃんは、首をかしげて聞いてくる。


「おにーちゃん知り合い?」

「いや、知らない人」


 全く、見たこともない人だ。

 一体なんなんだ?


「俺に何か?」


 俺は質問した。すると女は呆れたように返す。


「なにか、じゃありませんよ。とにかく天界に戻って来て、朱雀としての責任を果たしなさい」


 ……?

 なにいってんだこの人……


 いきなり現れて天界? 朱雀?

 ……ゲームの話か? 俺に思い当たるふしはない。


「あの、人違いでは……」


 と言いかけたが、


美波火人みなみひびと、あなたの父親でしょ? 違う?」


 ――違わない。間違いなく、亡くなった実の父親の名前だ。

 その名を知ってるのなら、人違いではないのかもしれない。


「申し遅れましたけど、あたしは九竜姫御子くりょうひめみこ。よろしく」

「……どうも」

「さあ、一緒に来て朱雀。あなたには力を得た責任があるのだから……」


 責任? さっきから何を言っているんだこの人。それに朱雀? 俺はそんな名前じゃ……


 ――その時、

 急にいつものあの夢が、フラッシュバックする。何かと戦い、誰かに守られる夢……


 なんで急に……?


「どうしたの朱雀」

「……どうしたもこうしたも、俺はそんな名前じゃない。あんたも知ってたでしょ。俺は美波神邏だ」

「人としての名前は知ってますよ。ただ、あなたは四聖獣の朱雀だから、そう呼んでるだけ」


 四聖獣の朱雀? 伝承の火の鳥のことか?

 ……訳がわからない。とりあえず言いたいことは、


「俺は人間です」

「そんなことはわかってますよ。天界の守護神たる、四神として二年前に覚醒したんでしょ? とぼけても無駄」

「とぼけるもなにも、俺にはあんたが何言ってるか、皆目検討もつかないのですが……」


 九竜さんは首をかしげる。


「……なにか話噛み合わない気がするけど、もしかしてあなた記憶喪失にでもなったの?」


 記憶喪失……?


 ……何故だろうか。そう言われればそんな気がしてくる。


「去年一昨年辺りの、くわしい記憶ある?」

「……」


 ……考えてみると、母の再婚以前の記憶が、あまりはっきりしない気がした。


 小学生時代の事なら、まだなんとなく思い出せるが……


 中学時代の、ある期間……。そこだけ抜け落ちてるみたいだ。


「忘れてるのかとぼけてるのか知りませんけど、四聖獣たるあなたには天界軍として世界を守る義務があるんですよ」

「俺にそんな力……」

「あります。あなたは120年ぶりに顕現した伝説の存在、朱雀なんですよ」


 ……

 嘘、言ってるようには見えない。

 酔っぱらってるわけでも、厨二病ってわけでもなさそうだ。

 ただ、俺が伝説? 信じられない。


 ちっぽけな男だぞ。俺は。

 

 ……死んだ兄が伝説ならわかるが。


「おにーちゃんは少なくとも、詩良里達と住んでからは何もないよ。……だからあまりおにーちゃんを責めないでほしいな」


 詩良里ちゃんが割って入る。庇ってくれているのだろう。

 ……優しい子だ。


「おにーちゃん。そろそろ行こうよ遅刻するよ」


 そう言って俺の手を引っ張る。

 俺は頷き、


「……そうだね。すいませんけど、これから学校なんで」


 そう言ってこの場を去ろうとする。


「なら、またあとで来ますね」


 彼女もとりあえず、話を切り上げてくれるようだ。


「あ、そうそう」


 歩き出した俺達を見ず、彼女は一言。


「魔族の気配、この周辺に感じるので気をつけて」


 ――魔族?

 その言葉を聞いて振り返ると、すでに彼女の姿がなかった。


「魔族……」


 何故か、その言葉に聞き覚えがあった……


「悪魔とか妖怪の事かな? 現実にそんなのいるのかな」


 詩良里ちゃんはあまり信じてなさそう。まあ当然か。


「あ、でも最近物騒な話あったっけ。それの犯人が、とかって話かな~」


 ――ここ何日かの話。

 子供大人に限らず、何人か隣町で行方不明者が出ているらしい。

 何か事件に巻き込まれているのだろうか……?

 まあそのかわり警察が、見回りというかパトロールによく出てきているのだが。


 そう考えると少し、心配だな。


「……何もないにしても、用心として登下校はこうして一緒のほうがいいかもね」

「うん。……ところでさ〜」

「なに?」

「さっきの女の人、すごい美人だったよね……」


 声のテンションからして憧れとか興奮したとかではなく、不安というか嫌そうな反応。           

 ……何故だ? 


「……まあ、美人だったかもね。それが?」


 ゆるいというか、興味なさそうに俺は聞いた。すると詩良里ちゃんは、少し驚いた反応を見せた。


「あれ? おにーちゃんあまり興味なかった感じ? 好みじゃないとか?」

「興味もないし好みでもない」


 冷めた態度と思われるかもな。

 まあそれ以前に怪しかったから、そんな感情抱く以前の問題なのだが。


「じゃ、じゃあさ! あの人より詩良里のほうがカワイイ?」


 照れ気味に聞いてきた詩良里ちゃん。どことなく顔が赤い。

 ……言うまでもなく、わかりきっている。


「……そうだね。しよちゃんのほうが、ずっとカワイイよ」


 俺はあっさりと即答した。

 余談だが、俺は義妹をしよちゃんと呼んでいる。


「えへへ~嬉しい」


 彼女はニコニコしている。……とてもカワイイ。


 ただ人の好みは千差万別。

 世間一般ならあの九竜という少女のほうが美人という可能性もあるのかもな。

 アイドルとか顔負けなレベルだったし。


 俺は興味ないがな。



「って遅刻しちゃうね! 急ご」


 そう言われ、俺と詩良里ちゃんは少し早歩きで学校へ向かうことにした。


 ――Part2へ続きます!






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