奇々怪々 短編集

星野レンタロウ

第1話 ピンクスパイラル

ここは眠らない町ニューヨークの暗黒街。


今日もまた、多くの若者達が己のの欲を満たそうと地を這いずり回る。


この金髪の少年、サムパーソンズもその一人である。


真っ昼間からサムは幼なじみのジェイソンとアレンとで、いつものバー「チョコレート」で談笑していた。


「ジェイソン、あのハゲ親父のあの顔みたか?」


「あぁ傑作だぜ。」


この3人組は今朝CDショップで万引きをしたばかりだった。


するとジェイソンがさっきからこちらを睨めつける連中に気がつく。


連中は2人組でガムを噛みながらサム達を挑発している。


「どうする?サム。」

「まかせろ。」


サムは2人とちかづくと瓶で一人の頭をかち割った!

もう一人ととっくみあいになって、しまいにはサムが側にあった椅子で男の頭をなぐりつける。


バーを騒然としだす。


バーの女店長ジェニーがいつもの説教をしはじめる。


「サム、やりすぎでしょ!」


ジェニーと3人はちょっとだけ顔がきいた仲だった。


3人ははやいとこずらかった。


「さすがアニキ、かっちょいー。」


赤毛で小太りのアレンはサムを実の兄のように慕っている。


さて、これからどうするかという事になり3人はある廃墟にきていた。


まわりは瓦礫の山で散らかっていて、いかにも薄気味悪いところだ。


おまけに雨まで降りだす。


「なぁ、だれをまってんだ?」


「ジェームス達の野郎がくるのさ。」


そういうとサムはアイポッドに差し込まれたイヤフォンを耳にはめた。


サムはいつも喧嘩をするときはパンクを聞きながらするのだった。


ジェームス達とサムたちはあまり仲がよくなかったのだった。


雨がふりしきる中、彼は待った。


重低音、激しいエレキギターの音とが血液とまじりあい、脳内のアドレナリンはパンパンに膨らんでいく。


(オレにはなにかが足りない。足りないんだ…。)


いよいよバイクをブイブイいわせてジェームスとそのとりまき達が入場してきた。


「フー!」


「ヒャッホウ!」


サムたちは3人だがジェームス達は20人以上いた。

それもそのはず、サム達は数が少ないにも関わらず喧嘩が強い事で有名だった。


ちみどろのパレードが幕をあけた。


アレンはその巨体をいかして自慢のタックルをきめこむ。

ジェイソンは廃墟に落ちていた鉄パイプで殴り倒す。


サムはバイクにまたがったジェームスに大胆にも跳び蹴りをくらわした。


転び落ちるジェームス、それに何発も蹴りをいれるサム。


そしてそのサムをリンチしてかかるとりまき達。


パレードが終わる頃には夕方になっていた。


廃墟にはボコボコに顔を腫れ上がらせた3人が倒れていた。


サムは2人に抱えられながら、家にたどりついた。


「ありがとよ。」


といってサムは2人を見送った。


振り返るやいなや玄関にはサムの父親が立っていた。


サムが足をひきずりながら父親を無視すると、


パンッ。


父は息子に平手打ちを食らわす。


「定食にもつかず、このアホ息子が!」


サムは無言で父にファックユーのサインをおくった。


2階に上がってベッドに倒れ込むとノックの音。


「サム、母さんよ。顔の傷どうしたの?見せてちょうだい、入っていい?」


「ダメ。」


布団に顔をうずめて小さい声でそう言う。


「今日CDショップから苦情があったのよ。お願いだから母さんを困らせ…。」


「うるさい!」


サム近くにあった雑誌をドアになげとばした。


声はしなくなり、そのうち階段を下りる音が聞こえてくる。


サムは気に入りのオーディオの電源をいれた。


部屋の中は散らかっていて、雑誌やらゴミやらが散在している。

棚には何百枚ものCD、アレンからもらった日本製のプラモデルが置いてある。


埃をかぶったギター、天井から吊るされたサンドバック。


サムは昔ボクシングをやっていて、いいところまでいったが飽きて辞めてしまった。


いつものように袋を鼻の方にもっていく。


「あれ、ない。」


サムは黒いパーカーに着替えて、父の静止をふりきり外に出た。


彼が向かった先、それは売人のルーニーのアパートだった。

CDプレイヤーでイカしたパンクを聞きながら。


ドアをたたくと、頭をかきながらルーニーの顔がのぞきこむ。

ルーニーはパンツいっちょだ。


「やぁサムじゃないか、久しぶりだな。」

「おう。」


ルーニーの隣からブロンドの女の顔がのぞく。


「はーい、いらっしゃい。」


天井からは水が漏れて、部屋の中にはすっぱだかの女達が何人もいた。


全員がハイになっているようで、サムが奇妙な視線をやると手招きをしてくる。


「ルーニー、ヘロインがきれた。」

「すまんがこっちをきらしててね…。」


するとルーニーはサムの手を握った。


サムの手の中にはピンク色のまるっこい粒が一つあった。


「これはピンクスパイラルといって最近開発された新しい麻薬だ。

闇ルートから手に入れたのさ。今日のところはこれで我慢してくれ。」


「なんだコレ、で効果は?」


「そりゃあもう保障するぜぇ。おめぇさんにはもったいないくらいさ。おだいは特別にいらねぇ。」


ということでタダで謎の薬ピンクスパイラルをもらったサムは、途中の帰り道で我慢できずそれをのみこんでしまった。


たちまちサムの中で何かがはじけた。


体中が感電したかのようにビリビリしびれると同時に自分がだれか分からなくなる感覚に襲われた。


次の瞬間感情の制御システムはくずされて、サムは夜の町で暴走した。


夜道を走りまわり、ゴミ箱を蹴りとばし、だれもいない公園で踊りくるった。


「これがピンクスパイラルの力か!こりゃぁいいや。」


満足するまで踊りおえ、フラつきながら帰っていると


「よぉ姉ちゃん、一緒に楽しい事しようや。」


若い女がよっぱらいの男にからまれていた。


「ありがとう。」


女はアンナとなのった。


2人はなりゆきで、ホテルに直行した。


部屋に入るいなやアンナに襲いかかるサム。


アンナがサムにまたがる形になり、その中でうとうとサムは眠ってしまった。


気がつけば朝。

サムのとなりにもうアンナはいない。


だが一枚の紙切れがあった。


「また会いましょう、アンナより。」


紙のはしには電話番号が書かれていた。


サムはガッツポーツをしてみせた。


それから2人は何度も会うようになっていた。


アンナは高校3年生で、近くのレストランでバイトをしていた。


話すたびにサムはアンナの事を知っていった。


アンナの母さんは小さい頃に出て行き、父は怠け者で酒を飲んではアンナに暴力をふるうようになったという。


互いに社会のはぐれ者のような2人は心を共有していった。


ある日の午後、今日もまた3人はバー「チョコレート」で話していた。


「ちぇっアニキだけずるいぜ。」


アレンがオレンジジュースを飲みながら言った。


アレンは日本のアニメや漫画を好んで見るアニメオタクだった。


時々いらなくなったプラモデルやゲームを2人にあげるのだった。


一方ジェイソンは筋トレだけが趣味の筋肉オタク。


サム以外の2人は共に彼女がいなかったのだ。


だが怠け者のサムと違って2人は働いていた。


アレンは出版会社で、ジェイソンは製鉄工場だ。


「おいサム、大丈夫か?」


サムは話してる間途中ずっと小刻みに貧乏揺すりをしていた。


顔からは脂汗がにじみでている。


「すまん、ちょっと…。」


サムは家に帰った。


「おい、お前大丈夫か!」


ちどり足でサムは家に辿り着く。


「サ、サム、あんた病院…。」


「いいから!」


両親をどなりつけるとサムは自室に入っていった。


誰かに見られているかもという不安、震え体に突き刺さる寒気。


すかさず毛布にくるまる。


ベッドの上で体育座りになり、目をギチギチし充血させてあたりをみまわす。


サムがピンクスパイラルを服用して、約半年がたっていた。


ヘロインなどと違いピンクスパイラルはたった一錠で半年ももったのだ。


だがサムはヘロインも常習していた。だからそのツケがまわってきたのである。


耐えきれずに外へ飛び出す。


向かったのはそう、ルーニーのところだった。


だが途中でサムの意識が途切れた。


―次に目がさめたのは白い壁に包まれた病室の中。


(ん、なんだコレ。)


サムの顔を、ジェイソン、アレンそして父と母が覗き込んでいた。


一ヶ月もすればサムは退院できた。


だがそのかわりヘロインをやめて自宅でリハビリすることを約束された。


父から頼むから仕事についてくれとの事で、サムもこれに渋々納得した。


サムが選んだのはレコード外車、見事合格した。


それからサムは家を出て、アンナのアパートに住みはじめた。


そして暇さえあればSEXに励んだ。


日曜日の昼にはお決まりの3人で談話に|耽(ふけ)った。


そのメンバーにいつのまにかアンナも加わっていた。


「お前の話をきいてるとオレ達もやりたくなってしまうじゃないか。」


それはいつものようにいかにピンクスパイラルが良かったかを力説していたからだった。


ジェイソンもアレンも昔は一緒に麻薬をやりまくっていた。

だがサムは仲間を巻き込みたくなかったから勧めなかった。




やがて結婚して、スポーツジムでボクシングをまたはじめて、子どもも女の子が生まれた。


両親や、ジェイソンそしてアレン達にはいい方向へと更正しているかにみえた。


だが、サムはまた気付くとピンクスパイラルに手を出していた。


そう、渦に囲まれていくかのように…。


サムは初給料でピンクスパイラルを大人買いした。


サムの強迫観念はさらにエスカレートしていく。


密売人からリボルバー銃を手に入れた。


気付くとアンナも渦にはまっていた。


そして運命の日。


ラリッたアンナから父を殺してほしいと頼まれた。


「よし、まかせろ。」


と。


サムはその足でアンナの実家に向かった。


アンナの父はまだ帰っていない。


電気を消して部屋の中に身を潜め、いよいよドアが開かれた。


「うせろこの変態野郎!」


こう言ってサムは何発もぶちこんだ。


翌朝にも死体が発見され、ヘロインや万引きで何度も警察のお世話になっていたアンナのフィアンセ、サムが真っ先に疑われた。


「おとなしく出て来なさい、サム・パーソンズ!」


サムはアンナと娘を人質にとってアンナの家に立て|籠(こも)っていたのだ。


交渉人としてジェイソンとアレンもかけつけた。

それは夜までつづいた。


まもなくして激しい銃撃戦が展開される。


やがて銃声が静まり、しばしの沈黙が流れる。


ドアが静かに、ゆっくりと開かれる。


中からすごい勢いでサムが飛びだして来た。


「うおーーーっ!」


すぐさま銃撃の嵐。


手に拳銃をもっていたサムは蜂の巣にされた。


一人の切ない男は、こうして暗黒街の夜空に散っていった。


―2人の男と子連れの女が墓参りにきていた。


一つの石碑に花を添えてそれを眺める。


「かわいそうなやつだった。」

「アニキ…、でも憎めない人だ。」


今日もまた、ニューヨーク街のどこかで一つの渦が若者達の心をのみこんでゆく。

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