急にプロポーズをされたので・・・念の為付き合うのに、付き合って貰った2ヶ月間
Bu-cha
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社内規程を念の為もう1度確認すると、記憶の通りの内容だった。
それでも確認をするのは必要なことでこれは大切な確認作業。
作成した契約書を最後に3回チェックし、法務部長のデスクへと向かう。
「部長、サポート支援部の新しい入部者の入部契約書を作成しました。
ご確認お願いします。」
部長は整った顔をほとんど動かさず、労う言葉だけを言って私が作成した入部契約書を受け取った。
「競泳選手の入部契約書か。
もう仮入部してる選手だったよな?」
「はい、数日前から。」
「それなら早めに持って行ってやれ。
今日はそのまま上がっていいから。」
その言葉には、停止してしまった・・・。
「どうした?急ぎの仕事あったか?」
「いえ・・・。」
元々部長には1度確認をしてもらっていて、修正箇所だけのチェックだったのですぐに渡してくれた。
それを受け取りうちの会社のクリアファイルに契約書を入れ、それをまたうちを会社の封筒に入れ、オフィス街から電車で数分、サポート支援部の主な活動場所の最寄り駅に到着した。
そこから歩いて15分の所にある、広くて大きな施設。
約2年前からスタートしたうちの会社の新しい事業。
ここでの利益はない。
ないどころか、大きなマイナス。
施設の入口の看板を見る。
“KONDO
アスリートサポート支援センター”
スポーツ用品業界最大手のうちの会社、“KONDO”が始めた新しい事業というかサポートの1つ。
それは、故障したアスリートが所属チームから抜けざるを得なくなった時、医師などによる専門的な治療を終えた後、その後の人生をサポートするための施設。
アスリートとして競技に戻るためのメディカルトレーナーによるリハビリやチャレンジだけではない。
それを断念し、新たな人生をスタートさせるためのサポートも行う。
それまでの期間は平日は“KONDO”の商品を着て、“歩く広告”となることが1つ目の条件。
そして、サポートセンターを出た後の人生でも、アスリートとして“KONDO”と共にあり続けることが2つ目の条件。
それは、競技に戻れた“アスリート”として、という意味だけではない。
“それでも、諦めなかった”
“人生のアスリート”ととして、その後の人生も“KONDO”と共に。
そんな漠然とした条件の中、この施設は運営されている。
まだ約2年・・・。
正確には、1年半。
競技やどこかしらのチームに戻れた選手も数人いて、“広告”としてはとても協力してくれている。
この慈善事業のような物が今後どう利益に繋がるか不安な中、施設の入口で社員証を見せ廊下を歩く。
本社にもサポート支援部の部屋はあるけれど、ほんどの社員は外出をしている。
この施設内にある“スタッフルーム”に行けば、誰かしらの社員はいる。
そう思いながらスタッフルームに向かっていると、その扉の目の前で2人の人物が向かい合って喋っていた。
1人は、うちの社員でサポート支援部の部長。
もう1人は見たことがない可愛らしい女の人。
2人とも楽しそうに笑っているので邪魔しないよう、小さくお辞儀をしてからスタッフルームに入る。
私が扉を明けると中にいた社員が私に気付いてくれた。
「伊藤さん、お疲れ様です。」
「お疲れ様です。
定時ギリギリで・・・と思いましたが、今日は23時までの日でしたね。」
男性社員を見て、この人の雇用契約書の内容を思い出す。
今日は金曜日だからこの人は14時から23時の労働時間だった。
夜にしか通えないアスリートもいるので、夜はスタッフの人数は減らしているけれど動かしている。
「この前仮入部をした競泳のアスリートの方の入部契約書をお持ちしました。」
「いつも早い対応をありがとうございます。
みんな常に不安な気持ちを抱えているので、何か1つでも先に進めるのは嬉しいと思います。」
社員の人にそう言われ、ここに来るのを渋っていた自分が恥ずかしくなった。
そんな気持ちになりながら、社員の人に契約書を両手で渡す。
帰る挨拶をしてから、スタッフルームの扉を少し見て開けて良いものか悩む。
さっきの2人がまだ喋っていたら邪魔してしまうし、それに・・・
そこまで考えていた時・・・
扉が勢い良く開いた。
勢い良く入ってきたのは、さっき扉の前で楽しそうに笑っていた部長。
その部長が、私を見て・・・甘く整った顔を笑顔にした。
そして・・・
「瑠美(るみ)たん!!」
と・・・。
この施設に来るのを渋っていた1つの要因、それがこの部長だった。
「中田部長、お疲れ様です。」
「中田部長とかやめてよ!」
「それでは、“瑠美たん”も止めていただけますか?」
中田部長は甘い顔をもっと甘くして私を見詰めてくる。
それに苦笑いをしながら小さくお辞儀をした。
「お先に失礼します。」
「待ってよ!俺も帰るから!!
一緒に帰ろう!!」
慌てて自分のデスクの上を片付けている姿を少しだけ見てから、また小さくお辞儀をして扉から出た。
廊下を少し歩いていると、スーツのジャケットの腕の所をクイッと引かれ・・・
振り向くと、中田部長が・・・。
慌てた様子で私を見下ろしている。
私が視線を下に移すと、まだ鞄を持っていないので慌てて追ってきただけだとは思う。
「瑠美たん、待っててよ・・・。」
そんなことを言ってくる。
「まだ帰る準備出来てませんよね?」
「すぐ出来るから!」
「でも、私はもう帰りますので。」
そう言ってお辞儀をし、ジャケットの腕の所を少し引っ張る中田部長のしっかりとした指を見る。
どうしようかと思っていると・・・
「一成(いっせい)君!!」
と、女の子の声が・・・。
見てみると、さっきの可愛らしい女の子。
入口からまた小走りで戻ってきて私達の方へ向かってきた。
それが分かった時、中田部長の指先が私のジャケットの腕の所から離れた。
それを確認してから、また小さくお辞儀をし歩き出す。
その時、後ろから大きな声が・・・
「すぐ、追い付くから!!!」
中田部長がそう言ったので振り返る。
サポート支援部の部長、中田一成。
身長188センチ、逆三角形の身体。
ワイシャツを着ていても、肩や胸に筋肉がよくついているのが分かる。
腕捲りをしている袖からは、男の人なのに毛が1本もなくツルツルとしている腕が見える。
顔は甘く整った顔をしていてどちらかというと色白。
髪の毛は社会人にしては少し長めで、若者らしい髪型にセットされている。
社内の女の人からも人気のある中田部長が、目の前に立っている若くて可愛らしい女の子を見ることなく私を見ているので苦笑いをした。
「もしも追い付いたら、一緒に帰りましょうか。」
そう言ったけれど、中田部長は追い付くことがなかったので私はそのまま電車に乗って家に帰った。
スーパーに寄り、食材を買い物かごに入れていく。
パッと顔を上げた時・・・鏡に写った自分の姿が見えた。
10月になり、スーツのジャケットも常に羽織るようにした。
今日は紺色のスーツ。
スカートは膝が隠れるくらい。
真っ白な襟つきシャツはピシッとアイロンをかけている。
肌の色は白い方で、髪の毛は真っ黒。
前髪は眉毛が隠れるくらいの所で切り揃えられていて、肩より少し長い髪の毛は後ろで1つに結んでいる。
黒いパンプスに黒い鞄。
どちらも何もついていないシンプルな物。
社会人として眉毛は整えて、ファンデーションもしている。
奥二重瞼の目は少し大きめだけど、それだけ。
そこに眼鏡をかけている。
眼鏡だけはピンクゴールドのフレームで、少し大きめの可愛い曲線。
伊藤瑠美、社会人4年目の今年26歳。
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