宮廷算術師レン
十三岡繁
第1話 パーティーの席問題
蓮が自室に戻ると、部屋の中にはソフィアがいた。彼女は椅子に座って紅茶を飲んでいる。その姿を見て蓮はあきれ気味にこう言った。
「王女だからって勝手に人の部屋に入るのはどうかと思いますよ。今日は家庭教師の日ではないですよね?」
「部屋に鍵がかかっていないという事は、自由に出入りしてもいいという事ですよね?」
ソフィアにそう言われれば返す言葉もない。確かに蓮にあてがわれた部屋の扉には鍵が付いていた。特に盗まれるものも無ければ、見られたくないプライベートも無いので、開け閉めが面倒くさくて部屋の鍵は殆どかける事が無かった。
「まぁまずはお茶でも一杯いかがですか?」
そう言ってソフィアはテーブルの空いている席を手で指し示す。テーブルの上には彼女の飲みかけのティーカップの他に、もうひとつ空のティーカップが置いてあった。
「ちょっと今日は相談があってお邪魔させてもらいました」
蓮が空いている席に座るのを見届けて、カップに紅茶を注ぎながら彼女はそう言った。ソフィアは流石王女だけあって、蓮と同年代の11歳であるにも関わらずその所作は気品に溢れている。
「今度私の誕生パーティーが城で開かれるのはご存知ですよね? 先日先生にも招待状を渡してありますし……」
入れ終わった紅茶を蓮に差し出しながら彼女はそう言った。
「ええ、もちろん知ってますよ。他国からもお客さんを招いて結構盛大にやるんですよね?」
「盛大という程でも無いですが、出席予定者は主催者側を除くと100人以上にはなります」
100人以上集まるパーティーと言えば、蓮にはかなり盛大なものだと思えたが、一国の王女の誕生パーティーにしてはこじんまりとしているのかもしれない。それまで友達の誕生パーティーに呼ばれたことはあっても、当たり前だが城で開催されるパーティーに招待されるのはそれが初めての経験だった。
「今のところ出席者は108人の予定なんですが、パーティーで空席ができると不吉だという言い伝えがあって、席は少なめにするか、あまり関係のない出席者で水増しするのが慣例なんです」
彼女の説明をなるほどそんなものかと、蓮はソフィアの入れてくれた紅茶をすすりながら黙って聞いていた。
でもあんまり関係ない人は呼びたくないし、席が足りなくて帰ってもらうってのも申し訳ないですよね」
段々とソフィアの口調が砕けてきた。大体しゃべり始めは王女らしく丁寧な物言いなのだが、すぐに化けの皮がはがれ始めるのはいつもの事だった。
「だからなるべく席数は丁度を用意したいんだけど、城には6人掛け用の丸テーブルと、もう少し大きな8人掛け用のものがあるんです」
そこまで聞いて、蓮には彼女が言いたいことは大方の予想が付いた。
「なるほど、その二種類のテーブルを組み合わせて、丁度招待人数に合うだけの席数を用意したいという事ですね」
「そうです。で、テーブルの数がいくつでもいいのであれば話は簡単なんですが、予定している会場の広さからすると、四列で一列当たり四個のテーブルにしたいんです。4×4で16テーブルですね」
「素晴らしい。組み合わせの難しさが分かるという事は、完全に掛け算をものにしましたね」
蓮はソフィアを褒めたたえた。彼女に掛け算の概念と九九を教えるのに、それまでに随分と苦労していたからだ。
そう、この世界の人々は壊滅的に算数ができなかったのだ。
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