第5話 練習

「橋は渡るの?それとも、川沿いをまだ進む?」

「あ、ああ。橋は、渡りたいんだけど」


 アースの質問に答えを言い淀む。

 橋を渡って人が居そうな都市部に向かいたいが、橋は何とか渡れそうではあるがコンクリートの破片や鉄骨が飛び出ている箇所が至る所に見える。

 流石にそこを裸足で行くのは勇気がいる。

 怪我をしそうだ。

 別の橋を探した方が良いかも知れないが、どこも似た状況な気もする。

 そう考えていると。


「ああ、裸足なのを気にしてるの?それなら大丈夫よ。守ってるから」


 アースに思っていた事を見抜かれた。

 彼女曰く、俺の能力ちからで生まれた彼女は俺と一心同体で、思った事や考えている事が共有されているらしい。

 俺の事は何もかも、彼女には筒抜けになっていると道中で教えてもらった事を思い出す。

 因みに【らしい】と言うのは、まだ自分の能力ちからに慣れていない俺には彼女の考えている事や思っている事が掴めていないからだ。

 いずれ慣れれば、解るようになるとも教えられているけれど今は解らない。


「守ってる?」

「ええ。ていうか、貴方が起きてからずっと、さっきの能力ちからで全身を守ってるわよ」

「そうなのか?」

「タクトに何かあって死んだりしちゃったら、私も消えちゃうんだから。当たり前じゃない」


 アースに言われるまで、全く気づいていなかった。

 ジッと目を凝らして自分の身体を見てみると、薄い膜の様なモノが全身を覆っている。


「それ。バリア、結界っていうの?呼び名は、まぁ何でも良いんだけど。タクトを覆っている能力ちからの効果は、貴方に【害のあるモノを遮断する】って効果よ」

「効果?」

「貴方の周りを全部覆って全部遮断しちゃったら、酸素とか食べ物とかも摂取できなくなって死んじゃうでしょ。そんな感じに、能力ちからには色々と効果が設定できるの」

「た、例えば?」

「【害があるモノを通さない】みたいに、【タクトや私が許可したモノは通せる】とか、かな。本能で必要としてたり、良いと思ってるモノとかは自然と通ると思うから、そこ迄深く考えなくても大丈夫な筈」

「他には?」

「あー。……。もう!その時になってみないと、私も思いつかないわよ!」

「わ、悪い、悪い。」


 また質問攻めにしてしまった事で、アースを苛立たせてしまう。


「具体的に今は思いつかないけど、貴方が想像する範囲なら大体できるわよ!」


 アースはそう言うと、顔を背けてしまった。


「とりあえず効果も大事だけど、今は先ず形状を自由自在にできる様に慣れるまで練習しなさい。タクトの全身を覆っている、それ、面倒だからもう結界って呼ぶけど。その結界、私が用意しなくても常に自分で自分を覆えるくらいには慣れてほしいんだから」

「わ、解った」


 苛立つアースをこれ以上怒らせない為にも、言われた言葉にそのまま返事をする。

 彼女が大丈夫だと言うのなら大丈夫だと信じて、目の前の橋は渡る事に決めた。

 壊れた橋でも人が二人渡るくらいなら、問題ないだろう。

 他の橋が似た様な状況ならあまり意味がないし、土地勘の全くない場所に行くよりかは良いはずだ。

 それに橋を渡った先には小さめのショッピングモールがあるし、先ずは其処に向かう事にしよう。

 見えてる範囲は勿論だが少なくとも、遠くに見えた二つのビルまでは、街が壊滅状態な気がしてならない。

 飲み物や食料とか、何か残っていれば拾っておきたい。

 拾った物を入れる鞄とかも、あれば嬉しい。

 そこで靴があれば、服もあれば、ついでに拾っておこう。

 支払う為のお金は持っていないけれど、街が壊滅している非常事態なんだ。

 許して欲しい。

 橋を無事に渡り終えてショッピングモールに向かう道中、そんな事を考えながら歩く。

 その間も、やはり誰とも会うことはなかった。


『この街だけが、こんな状況なのか?それとも……』


 街は見える範囲、壊滅状態が続いている。

 誰もいない事も相まって、ひょっとしたらニホン全てがこうなっているんじゃないだろうなという考えが頭を過った。

 寝ている間に一体何が起きたのか。

 他の人は何処に行ったのか。

 それに能力ちからの事。

 これからどうするか。

 どうすべきか。

 考える事が多すぎて、わからない事があり過ぎる。

 けれど、何故か心は冷静だった。

 そしてショッピングモールに到着する。

 ショッピングモールは壊滅状態と言うよりかは、廃墟と言った方が近い感じになっている。

 人が居なくなって何年か経っていると思わせる雰囲気で、植物が窓から伸びていたり壁を蔦が張っていたり、橋とはまた違った様子だ。

 これなら何かしら、使える物が残っているかも知れない。


「中に入ろう」

「はーい」

「何か使えそうな物があったら、回収してくれると助かる」


 アースに手伝いを願ってみる。


「後、誰かいるかもしれないから。誰かいたら、教えてくれると助かる」


 こういう所に誰かしら、避難しているかもしれない。


「別に良いけど、別行動はしないからね」

「何でだ?二人で別々に使える物を探したり、誰かいないか見て回った方が、手っ取り早いだろう」

「それは解るけど、タクトはまだ能力ちからに慣れていないでしょ。敵が出たらどうするのよ。危ないでしょ」

「敵?敵なんかいないだろう。静かだし、とりあえずは誰もいなさそうだぞ」


 街がこんな状況だから俺達みたいに、使えそうな道具を求める人が誰かしらこの場所にいて、物資をその人達と争うことになるとでも言いたいのだろうか。

 もしそうだとしても、最初から敵認定してるのはどうなんだろう。

 先ずは話をするべきだ。

 それにもし争いになるのなら、俺は潔く身を引ける。

 他の人と争ってまで、欲しいと思える物は特にない。

 建物自体、壊滅してると考えていたくらいなんだ。

 この場所も運良く残っていただけで、問題があるなら何もなかったんだと思えば良いだけだ。

 他の場所に移動すれば良い。

 街がこんな状況なら、怪我をする方が後々大変になるだろう。

 ただ誰かいたとしたら、何かしらの情報は欲しいところだけど。

 まぁそれに関しても、話が通じない様な人なら話をする気はない。


「良いから!別行動はなし!解った?」

「あ、ああ」


 そんな事を考えていたら、アースに押し切られた。

 相変わらず、俺の考えや思いは彼女にはお見通しになっている。


「じゃあ、とりあえず。一階の端から順に見て回って、上の階に向かうか」

「はーい」


 アースはなんだかんだ言うけれど、俺の提案にはいつも素直に返事をしてくれる。

 拒否をする時は、俺に危険が及ばない様にする時だけ。

 おかげで。

 彼女はいつも俺を守る為の行動を最優先としてくれている、それが十分に理解できた。


 ◇ ◇ ◇


 日が落ちて夜になり、俺達はショッピングモールの見回りを終えて、今晩は4階にある駐車場で休む事にした。

 1階から3階は様々な店舗が入っており、誰かしらも自分達と同じ様な行動をしているだろうからあまり何かが残っているとは思っていなかったけれど、以外にも色々な物が残っていた。

 入っている店舗の数もそこ迄多くはなく地域密着型の大きくはない場所だったけれど、必要な物がないか誰かいないかとバックヤードも含めて全体を見て回っていたら、時間は夕暮れになっていたからだ。

 替えの服も、サイズの合った靴も、必要な物を持ち運ぶ為の鞄も見つけた。

 食料、飲料水も、無事に見つけた。

 食べられそうで無事だった物は、缶詰やレトルト食品くらいだったけれど、残っていただけ有り難い。

 掻き集めてきた使えそうな、必要そうな物の吟味もして鞄に詰め終わり、電池式のランタンをアースと囲みながら夕食の準備をする。

 一人分だけ。


「本当に大丈夫なのか?」

「ええ。私にご飯は、必要ないわ。服も、今着ている物があるからいらないし。その代わり、私は荷物は持たないわよ。いざという時身動きできないと、タクトを守れないから」


 夕食の準備でどの缶詰を食べるか聞いた時、アースには必要ないと言われた。

 けれど、やはり心配になってしまう。

 俺の能力ちからだから人間じゃないく、人間が必要とする行動は特に必要じゃないとのこと。

 だから睡眠もしないと、合わせて言われた。

 食べる事も、寝る事もできはするらしいけれど、特に必要としない行動だから要らないと。

 それは解ったけれど、この状況で一人で食べるのは何だか心苦しい為、だからお湯の中には多めに缶詰を入れて温めている。

 要らないとは言われたがもう準備してしまったから食べてくれと、心苦しいと伝えると、アースはなんだかんだと食べてくれた。

 街の夜は空気が綺麗な事もあるせいか、月明かりだけでも十分に明るい。

 夕食も済ませたし特にやる事は思いつかなかったのでとりあえず、電池が勿体無いのでランタンは消しておく。

 手に入れた毛布に包まりながら、掌の上にシャボン玉サイズの結界を出してみた。

 それをゆっくりと、ふにゃふにゃと、変形させてみる。

 想い通りの形に変えられる様に、アースに言われた通りに練習をしてみる事にした。

 やる事も特に思い当たらなかったから、ちょうど良かった。

 そんな暇つぶしをしながら、アースと少し話をする。


「俺が寝ている間、アースは誰かと会ったりした?」

「誰とも会ってないわよ。私も目が覚めたのは、タクトが目を覚ます少し前だったし」

「そっか」


 少しの間沈黙し、ふと思った事を口にしてみた。


能力ちからが本当にある事や、どんな能力ちからなのかとかは、まぁ何となくだけど、解ったよ」

「そう」

「それとはまた別で、アースは人の気配が解ったりするのか?離れた場所にいる人とかが解ったりとか」


 アースは顎に手を軽く添えて少し考える仕草をした後、教えてくれる。


「どうかしら。貴方以外に誰か居たり、何か居たりするって経験自体、私もまだだから。今は解らない、としか言えないわ」

「それは、そうか」


 眠っている間に目覚めた能力ちから

 アースは、その能力ちからが具現化したモノ。

 俺が目を覚ます時間と大した差もなく彼女は目が覚めたと言っていたし、周囲に誰もいない状況しか経験してないから解らないと言うのはごもっともな話だ。


「ただ―――」


 続いた彼女の言葉に、耳を傾ける。


「結界の中なら、絶対に解るわ」

「結界の中?」

「そう。能力ちからの範囲内にあるモノなら、全部把握できるって事。大体なら、位置だって解るわ。例えるなら、そうね」


 そう言って、アースは俺の近くに落ちていた大・中・小三つの小石に結界を張る。


「今結界で囲った石、適当に何処かに置いてみて。何処に置いたか当てるわ」


 そう言うとアースは目を閉じた。

 俺は言われた通りに、大・中の小石を適当に置きにいく。

 小に関しては少し、意地悪をしてみた。


「オッケー、置いてきた」


 俺の言葉に、アースは直ぐに反応する。


「大きいやつは私の正面、5メートルくらいの場所。中のやつは、タクトの後ろ。3メートルくらいの位置にあるわ」


 大きさも位置も、合っている。


「小さいのは、投げてないでしょ」

「正解」


 微かな音で判別されるかもと小はそのままの場所に置いておいたのだが、しっかり当てられた。


「こういう事よ」

「なるほど。解りやすかったよ。ありがとう」


 実際に見せてもらったおかげで、よく理解できた。


「私にできるって事はタクトにもできるけど、今はまだ無理だから。とりあえず、貴方は先ずは能力ちからに慣れること。解った?」

「あ、ああ。解ってるよ」

「じゃあ引き続き、練習してなさい」


 自分も試してみたいと思ったのだけれど、それはアースに見透かされ釘をさされる。


(今はまだ、無理か)


 試してみたかったけれどとりあえずは、言われた通りに練習を再開させる。

 自分では試せなかったけれど、さっきの例えは実際良い勉強になった。

 何ヶ所にも現れた結界を見れたおかげで能力ちからは複数箇所に使える事、自分以外の対象に距離が離れていても発動ができる事、結界内にあるモノは把握できる事が解ったのは大きい。

 自分の能力ちからは、自分を守る事の一辺倒に長けていると思っていた。

 けれど。

 外に出る事ができない効果がある結界をつくれたなら、狙った対象にその結界を使い閉じ込める事ができるなら、捕獲したりする事にもこの能力ちからは使えるのではないだろうか。

 何を捕獲すれば良いのか、捕獲してどうするんだと疑問はあるけれど。

 能力ちからの使い方に色んな可能性がある事に気づき、色々な想像を膨らませながら、ひたすらに練習を続けていると。

 俺はいつの間にか、そのまま眠りについていた。

 しかし突然のアースの一言と不意に強く口を塞がれた手の感触に驚いた事で、俺は眠りから目を覚ます。


「静かに」

「?」

「良いから、音をたてないで。ゆっくり起きて」


 囁きながら喋るアースに何かあったのかと驚きながらも、冷静に、言われた通りにしながら体を起こす。

 言われた事を理解したのが伝わったのか、アースは俺の口を塞いでいた手をゆっくりと離す。


「どうした?」


 俺もアースに合わせて、同じ様に囁きながら質問する。


 クイッ。


 その事に対して返答はなかったが、言葉の代わりにアースは顎を使って方向を示す。

 その方向には壁。

 壁は胸の辺りまでの高さしかない。

 休んでいる場所は4階にあたるので、近くまで行けば外の景色を眺める事ができる。


「外に、何かあるのか?」

「良いから。今後の為にも、タクトも確認して。アイツらは、絶対危険。ゆっくり、静かに、頭だけ出して見てみて」

「アイツら?」


 アースに言われた通りにゆっくり静かに壁に近づき、頭を外が眺められる程度に出してみる。


(誰かいるのか?絶対危険って、どういう事だ?)


 そんな事を考えながら、ショッピングモール周辺を確認してみる。

 すると直ぐに、アースが言っていたアイツらと解る存在が何を指しているのか。

 俺にも直ぐに理解できるナニかが、其処にはいた。


「な、何だ。アイツら」


 小さく声が漏れる。

 見ただけで、身体がゾッとした。

 本能的に危険だと思わせるおぞましい雰囲気を漂わせた、鹿の姿を象った真っ黒いナニか。

 それが3匹。

 ショッピングモールの1階出入り口付近を、何かを探す様に徘徊していた。

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