モグラ
左座
第1話
狭く暗い部屋にスマホの明かりが顔を照らしている。
春に向かっていることもあり、昼間は暖かいが、夜になると寒くなる。
建付けの悪い家なので、防寒対策としてスキーウェアを着ながら、4リットル入りの焼酎を水で割って飲んでいる。
スマホの画面の先には、話題沸騰のアウトロー系ユーチューバーの大山恵吾の姿があった。
大山は中学校の後半から渋谷に出ていた。
高校時代にはチームの代目を継ぎリーダーとして渋谷をまとめていた人物だった。
当時の渋谷には多くのチーム組織があり、その抗争をおどけながら説明していくスタイルが、世のおじさん連中にウケたいたのだ。
東山もその配信を見ているおじさん連中の一人である。
大山の少し後の世代である東山は、先輩から聞いた内容もあり、面白く聞いていたが、内心は複雑だった。
大山の居たチームも相当有名だったが、実は東山も若かりし頃は、暴走族に入っていた。
その組織は、各地域の暴走族の連合体となっており、東山も支部の1つである鬼緑党の総長を務めていた。
当初は暴走族同士の抗争や喧嘩を繰り広げていたが、大人になるにつれ金儲けできる人間がのし上るようになっていった。
喧嘩しか能がない東山は早々に脱落していた。
その後も社会復帰を試みて仕事探しをするも、正社員で雇ってくれるところはなく、アルバイトをするも、妙なプライドが邪魔をして、喧嘩してクビになるのが常だった。
年齢を重ねると年下の学生に顎で使われることが屈辱で働かない道を選択し、子供部屋に引きこもり、酒浸りの日々だった。
けれども、心のどこかで暴走族時代に輝いていた自分を取り戻したくもあった。
大山の配信を見ていると、どうにかして引きずり落としたくなる。
なんで、あいつだけ輝いているんだ。
むしろ逆だろ。
腹の底からどす黒い感情がふつふつと湧いてくるのがわかる。
そうなると酒がどんどん進み、画面越しに罵声を浴びせる日々を送っていた。
大山の話が進むと、知っている人物の名前が出てきたのだ。
その人物は暴走族時代に数回見かけたことのある人物だった。
大山は気持ちよさそうに悦に入った表情で「喧嘩でやっつけたことある」と述べた瞬間、頭の中に電撃が響き渡る。
暗い部屋の中で叫んだ。
これでアイツを捲れる。
地の底に引きずり落としてやれる。
その先輩はS52年世代では杉並最強と謳われていた人物でもあったこともあり、あんな雑魚なんかに負けるわけがない。
そもそも、あの時代はチーマーと暴走族が抗争をしてことも聞いたこともなかった。
アイツに当たっているスポットライトを全部ぶっ壊してやる。
俺みたいに地べた這いつくばっていたくせに、ひとりだけ抜け出すなよ。
お前だって糞みたいな人生だろ。
普段なら、スマホに向かって文句を言うだけの日々だったが、捲り屋の存在が頭をよぎった。
捲り屋とは、池袋に住むユーチューバー捲り屋関だ。
関は、高校中退後に会社を興し、昨年にマザーズに上場を果たしていた。
けれども、全ての株式を売却しビジネス界から引退し、突如としてユーチューバーの嘘を捲る配信者としてデビューをしたのだった。
金は十分にあるから、楽しみたいだけと底辺の人間には許せない発言もしていた。
莫大な財力を武器に、有力な情報に懸賞金を掛け、検証したのちに支払うと言う仕組みで週刊文春すらも青ざめる勢いで捲り倒していた。
東山は、人の不幸は蜜の味を心から楽しみ、地べたの世界へようこそとほくそ笑むのを日課にしていたが、関の全身ブランド品に包まれた姿だけは好きになれなかった。
もしかしたら、関も大山のことを対象にすかも知れない。
大山は閲覧を稼ぐためなのか、最近は天皇の家系で、広域暴力団の組長は全員親戚と意味不明なことを言いだしている。
先輩の名前が出たこの瞬間は千載一遇のチャンスかも知れない。
幸いにも、大山は自宅隣の公園で幾度も配信をしていたこともあり、住所の調べもついていた。
ただ、電車のないこの時間にたどり着くにはタクシーが必要だった。
長年無職だったので当然だが金はない。
酒の力も手伝って、寝ている父親の財布から少し拝借して家を出る。
絶対に捲ってやる。
その時、ポケットに入れたスマホから通知音が小さく鳴っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます