カイカロク〜異世界では「主人公候補」として生まれた僕が悪魔のお嬢様の下僕にされてます
透瞳佑月
第1話
生きる事と演じる事の違い。
嘘や誤魔化し、冗談は言うに及ばず。
教師の前では生徒に、親の前では子供に、友達の前では友達になるのは大前提。
ではたとえばここに「優しい人」になろうとする人がいたとする。
優しい人になるために優しい口調で話し、優しい振る舞いをし、優しい行動をする。この人は疑う余地なく優しい人だ。
優しい人として、生きている。優しい人を、演じてる。
「優しい心」を持っているかどうかだという考え方もある。
しかしペルソナを持ち出すまでもなく人間の言動の建前と本音には境界線がない。
いつまで優しい人を演じていていつから優しい人になったのか。それは「優しい人」になろうとした本人でさえ自覚出来ない。
屋上に少女が二人。
「へえ、あいつが『3人目』か」
金髪でポニーテールの少女が紫煙をくゆらせながら呟いた。
「『死海文書』のアリス・アーノルド、『エクスカリバー』の
「『解花性存在』の如月廉。『主人公候補』」
黒髪を腰まで伸ばした少女がそう言った。
「私の、私だけの
英雄になりたかった。
小さい頃から叔父に色々な物語を聞かされた。
攫われたお姫様を助ける為に地下の迷宮に挑む神と人のハーフの物語。
たった一人の少女の為に神に叛逆した堕天使の物語。
奇妙な運命を持って産まれた少年が悪魔、魔物、天使と戦い、時には友になり、時には恋人になり、英雄になるまでの物語。
それらはこの世界の神話や伝説を基に語られたとわかっていたが、叔父の話には「こんな世界があるんじゃないか」という謎の説得力となによりワクワクがあり、僕は英雄への憧れを着実に膨らませていった。
事実、僕はこの世界に不思議な事があることを知っている。
例えば、僕は車より速く走れる。
例えば、僕の住んでいた村はある日突然僕と姉以外の人間が全員行方不明になった。
だから、きっといつか僕にも僕の物語が始まると信じている。
僕は、英雄になりたい。
姉は成人しているので、僕は姉を後見人にして東京に出てきて、羽雅月学園という中高一貫校に高校から編入した。なぜなら失踪した叔父が僕が大学まで働かずに生活出来る額のお金と共に、「羽雅月学園へ行け」という手紙を残したからだ。僕は叔父の言葉に従えば必ず「僕の物語」が始まるという確信があったのだ。
あれは僕が小学生の時だった。山に入って遊んでいると、子熊を見つけた。マズイと思ったがもう手遅れで、茂みの向こうから母熊が現れて威嚇の唸り声を上げる。人生で初めて感じる死の恐怖だった。死んだフリは迷信だと教えられていた僕は全速力で山道を駆けて駆けて駆け下りた。母熊は四足で追ってくる。子供の人間の足が熊の速度に敵う訳がないというのはわかっていたが、僕はとにかく全速力で山を駆け下りていた。
死への恐怖が極限まで達した時、不思議な声が聞こえた。
「恐怖のヒステリアを確認──
その声が聞こえた途端、身体に羽が生えたような気がした。
物凄い勢いで視界の木々が通り過ぎていく。
バイクに二人乗りした時のような風圧が僕の全身を叩く、一分もしない内に熊は気配すら感じなくなっていた。
それからというもの、僕は車より速く走れるようになったのだ。僕はこの事を叔父さんにだけ打ち明けた。叔父は少しだけ驚いた表情を見せ、
「その声はなんて言ってた?」
と聞いた。
「ひすてり?とか……えぼりゅーしょん?とか」
叔父は今までに見たことが無いほど真剣な表情になり、
「いいかい?この事は誰にも言ってはいけないよ。なぜ言ってはいけないか、それがわかるまでは誰にも言っては駄目だ」
と言った。
その次の日、叔父は行方をくらました。叔父が家を何ヶ月も、酷い時など1年も空ける事はよくある事だったので誰も気にしなかったが、3年経つと流石に両親や親戚が捜索願を出した。僕が中学2年生の時だった。それから一年後のある朝、僕の住んで居た村人は僕と姉を残し全員が行方不明になった。
入学式が終わった後、僕は編入生や在学生が帰った後も中庭のベンチに座りぼうっとしていた。
村中の人間が行方不明になってからまだ一年も経っていなかったので少なからずショックを引きずっていたし、東京に出てきて大量の人間がごった返す駅の中をおっかなびっくり歩き電車に乗ったり降りたり乗ったり降りたりして新しい家に着いたら荷ほどきを姉と一緒に一日がかりで済ませなければならなかったので。
……まあ、言ってしまえばちょっとナーバスになっていたのだ。
日が暮れて校舎が赤く染まる頃、僕はふと上を見て驚いた。
黒いロングストレートを風にたなびかせ、少女が一人屋上の柵を乗り越えて立っていたのだ。
遠目から見てもその少女がとてつもなく美人だということがわかった。
「自殺?」
僕は呟いた。
僕以外誰も気づいている様子は無い。まだ残っている教師を呼びに行くべきだろうか、いや、まずは大声を出して説得するべきだろうか。
迷っている内に少女と目が合った──いや、目が合ったことに気がついたのだ。彼女は最初から僕を見ていた。
少女はニヤリと微笑んだ。
そして、とんっ、と空に一歩踏み出した。
その足取りは死への一歩にしてはあまりに軽く、落下というよりもむしろ──
羽ばたく音を立てて蝙蝠のような黒い翼が少女の背中から生えて、瀟洒に僕の前に舞い降りた。
言葉が出ない。熊に襲われた時よりも、集団失踪よりもあまりに明確で明らかな異常で異質な出来事に、いや、それ以上に間近に近づいた彼女の冒涜的な美しさ、可憐さに僕は驚きを通り越して停止していた。
幻想的に流れるどこまでも黒く煌めく長い髪。
火の様に紅い瞳。
触れただけで壊れてしまいそうな儚さを感じさせる華奢な身体。
輝く闇という言語の限界を超えた矛盾。
麗しき二律背反。
「私は羽雅月学園高等部一年、文学部部長の
その声は甘く響き、しかし媚びたいやらしさの無い澄んだ色をしていた。
「如月蓮君。君には私の文学部に入ってもらいます」
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