サウナセラピーの心得

ちびまるフォイ

がんばってリラックスする

「もし……もし、そこのおかた」


「え、俺?」


「そうです。あなた悩みがありますね」


「悩みなんて誰にでもあるでしょう。

 占い師さん、あんた適当なことを言って

 こっちの気を引こうってんならムダですよ」


「あなたは悩めるおかた。

 日々に心の安らぎがなく余裕がなくなっている。

 そして、あなた自身もそれに気づいて

 心を穏やかにしたいとそう思っているでしょう?」


「そっ……そんなの誰にでも……」


今日も部下に八つ当たりのような罵声を放った。

最近はストレスなのか自分の感情にブレーキが効かない。


まるでそのことを見透かされているようだ。


「心をととのえたいですかな」


「まあできるならそうしたいですよ。

 でも開運グッズなんか買いませんからね」


「そんなのは結構です。

 あなたは心を清める場所へいくだけでいいのです」


「心を清める場所……!?」



「サウナです。サウナにゆくのです……」



かくして、俺のサウナセラピー生活が始まった。


サウナは熱で殺菌されていることから神聖な場所として扱われ

瞑想や自分の心と向き合うのにも向いているとされている。


したたる汗や、肌に感じる熱さを不快に思うのは

きっと心が清められてない証拠。


「集中、集中……!」


静かなサウナ室でただ自分の心と向き合う時間を意識する。

水風呂と外気浴を経由してなんども瞑想をかさねた。


そして、また占い師のもとを訪れる。


「おや、あなたは……」


「占い師さん。あんたはやっぱり嘘つきだな」


「なぜですか?」


「なぁにがサウナで心を清める、だ。

 何度か試したが、あんなの辛く苦しいだけで

 なんにも清められない。騙されたよ」


「それはそれは……」


「なんか俺にいうことあるだろう?

 嘘ついてごめんなさい、ってさ」


「いいえ嘘などついてません。

 すべてまだあなたのサウナへの意識が低いのです」


「はあ!? 俺が悪いっていうのか!?」


「あなたは雑にサウナへ入っていませんでした?

 それではサウナで心をととのわせることはできません」


「ぐっ……それは……そうかも……」


「発汗と休息の経て見えてくる、

 やすらぎの向こう側を知ってこそ心が整うのです」


「そうすれば……俺のストレスはなくなるのか」


「そうでしょうとも」


「ああわかったよ! じゃあやってやるさ!」


今度のサウナへの準備はぬかりなかった。


頭にかぶるサウナハット。

おしりの下に引くサウナマット。


体を拭くタオルも肌触りのいいものを厳選。


サウナも温度や湿度、更にアロマの香りすらこだわった。


瞑想を邪魔するサウナ内のテレビは破壊し、

集中を乱す他人は一切いれない貸切へと切り替えた。


サウナから水風呂への道のり、

水風呂から外におかれている寝そべりベンチ。


その距離と時間を計測して完璧な配置にこだわった。


水風呂は温度をこだわり、0.1℃の誤差もゆるさない。


寝そべるベンチは素材と角度を調整し、

人間工学でもっともリラックスできる角度と長さに設定。


さらには天候と風向き、風の強さがベストになる日を待った。



1ミリのスキも許さない条件をすべてクリアしたとき、

俺は心をととのわせるためにサウナへと入った。


「瞑想だ……集中……!」


熱せられた石が出すぱちぱちという音も聞こえないほど

サウナ室は静寂に包まれて心と向き合う時間をくれる。


目を閉じて自分の心に耳をすます。


「集中するんだ。もっと集中……!」





サウナを終えたあと、またあの占い師のもとへ向かった。


「どうでした?」


「ダメだ。あれだけこだわって、

 あらゆる妥協をせずにやっとにダメだった!

 

 俺にあとなにが足りないんだーー!」


俺が絶望の叫びをしたとき、占い師は呆れて言い放った。



「あんたに足りてないのは、

 こだわりすぎずリラックスしてサウナ楽しむ心じゃないっすか」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

サウナセラピーの心得 ちびまるフォイ @firestorage

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ