2. 最強になるために ①~⑩

2.「最強になるために~社長令嬢の青春奪還物語~」


佐行 院


-①序章-


 私立西野町高等学校、私服登校可能など自由な校風のこの学校に通う僕・宝田 守(たからだ まもる)はまったりとした毎日を友人と共に過ごしていた。1コマ55分の授業を6コマ出席して幼馴染の女の子・赤城 圭(あかぎ けい)と帰る。それが僕の日常。他の人と何ら変わらない普通の高校生。因みに、守と圭は同じ1年3組だ。

 比較的新しい5階建ての校舎に体育館やグラウンド、また食堂があって皆が各々の時間を楽しく過ごしていた。

 部活も勿論存在する。運動部や文化部、そして同行会、沢山ある。因みに僕は帰宅部(面倒くさいから)、圭もそうだった。因みに運動部にはクラブハウス(部室棟)があった

 いつも昼休みは図書室で本を読んで過ごした。読書は大好きだ。自分ひとりの世界に入り込める。ゆっくりと本を読み没頭し、チャイムがなったら教室へと戻って授業。本当に普通の日常。

 放課後は必ず寄って帰る場所がある、学校の敷地の一角に佇む「浜谷商店(はまたにしょうてん)」というお店だ。歩いてすぐだから僕だけじゃなくて西野町高校に通う生徒はみな好んで寄っている。ご夫婦で経営されているお店で皆顔なじみである。ある意味第二の両親と言っても過言ではない。今日はおばちゃんが担当らしい。

 

守「おばちゃーん、いつものー。」

おばちゃん「あいよ、あんたもこれ飽きないねぇ。いつもありがとね。」

圭「おばちゃんコーラ無いのー?」

おばちゃん「ごめんねー、裏見てきてもいいかい?」

圭「もう喉カラカラだよー、早くー、死んじゃうよー。」

おばちゃん「そんなんで死ぬわけないだろ、待ってな。」


僕は大好きなメンチカツとハムカツを頬張り、圭はコーラをぐいっと飲みながら歩いて帰る。それが僕たちの1日の締めくくりだった・・・、その時が来るまでは。


 3学期の終業式の日、事件は起きた。


 式を終えホームルームも終わり、僕は圭と浜谷商店へと向かっていった。


守「あれ食わなきゃ1日が終わらねえよな。」

圭「ウチも早くコーラ飲みたーい。」

守「またかよ、お前好きだよなー。」


 いつも通り・・・のはずだった。


圭「ねえ・・・、あれ・・・。」


 浜谷商店のいつもは開いていた引き戸が完璧に閉まっている。貼り紙が一枚。


「お客様各位 

 

日ごろからのご愛顧誠にありがとうございます。

 突然ではございますが私情により閉店させて頂く事となりました。

 皆様にはご迷惑をお掛けし大変申し訳ございません。

 本当にありがとうございました。

 

そして西野町高校の皆さんへ


皆さんと過ごした時間や思い出は私たち夫婦にとってかけがえのない宝物です。

本当にありがとう・・・、楽しかった・・・。


                        浜谷信二・妻 博美 」


 突然過ぎて俺たちは膝から崩れ落ちた。圭は涙を飲んでいる。圭のこんなの悲しそうな表情を見るのは小学生の時以来か。今日は買い食いしながら西野町高祭(文化祭・体育祭)や遠足などの楽しい思い出を語る予定だった。2年になると厳島神社に向かう修学旅行があり、その事も語る予定だった。それが出来なくなった。

 その情報は瞬く間に全校生徒へと伝わった。野球部員に至っては何故かわんこそばの食べ比べをしている生徒もいたのでわんわんと泣いている。


野球部員「俺まだ記録更新出来たはずなのにーーーーーー!!!」


 そこら辺にいた全員が「そこかよ」突っ込んだという。

 僕も圭も同じように突っ込んだ。ただ場が和んだが浜谷商店が復活するわけではない。

 ただそこには以前とは違い真っ暗な建物がポツンとあるだけだった。


-②変化、そして異様-


 春休みが過ぎて僕たちは2年生になった。


圭「今年も同じクラスといいね。」

守「嗚呼・・・、そうだな。」

圭「私、やっぱり出席番号1番かな」

守「そりゃそうだろう、名字が赤城だもんな。」


 そんな何気ない会話を交わしながらゆっくりと学校へと歩を進めた。

 

 学校につく前に浜谷商店の跡地に向かった。お店はすっかり無くなってしまい、そこには途轍もなく大きな豪邸が建っていた。


 豪華そうな彫刻の表札の名前は「貝塚(かいづか)」。


 僕は「ふーん」と思いながら学校へと足を向ける。そんな僕を圭が血相を変えて呼んだ。


圭「大変!早く来て!」


 僕たちは校門へと走った。


圭「学校名見て!!」


僕たちは目を疑った。場所を間違えたのかとも思った。


 『私立 貝塚学園高校』


 すっかり変わってしまっている。しかし校門に立っているのは確かに僕たちの1年の時の担任だった湯村(ゆむら)先生だった。


湯村「おはよう、どうした、早く入りなさい。遅刻するぞ。それとも転校でもするのか?」

 

湯村先生は冗談が好きだった、ただ決して面白かった訳では無かったが。しかし先生は生徒からの人気はあった。僕も圭も先生が好きだった。

湯村「ほら、早く体育館に行きなさい。全校集会の後クラスが発表されるからな、楽しみにしとけよ。」


 言われるがままに体育館へと入る。何故かステージには玉座のような椅子が3つ置かれていた。僕は友人の空口琢磨(からぐち たくま)を見つけ声を掛けた。


守「おはよう、どうなってんだよこれ。」

琢磨「よう、守か。俺も何も知らなくてよ。それに何故かこんなジャージを渡されたんだが。」


 そう言えば体育館に入る直前に名前を確認された後、僕も圭も灰色のジャージの入ったビニール袋を渡された事を思い出した。周りを見回すと何人かはそれに着替えている。胸元には番号が書かれていた。まるで刑務所だ。よく見たら壁に「袋に入った服に生徒は全員着替えること」とあった。ちらほらと着替えを済ませた生徒が増えてきている。


 時間が経過し先生の始業式開始の号令があったので全員集まった。ただクラスが分からないので皆まばらに散っている。


湯村「そのままでもいいから聞いてくれ。皆気付いていると思うが今日から本校は『私立 貝塚学園高校』となった。新しく理事長に就任された貝塚社長の挨拶がある。よく聞くように。理事長先生、お願いいたします。」

理事長「ありがとう。皆さん、おはようございます。この学校を買い取り今日から理事長に就任致しました貝塚財閥の貝塚義弘(かいづか よしひろ)です。どうぞよろしく。

 えー、これから私が理事長を務めるにあたり、経費削減を兼ねた改善等を施し、この学校のレベルを最大限に引き上げようと思います。それにあたり、色々と廃止していこうと思います。

 まずはじめに「修学旅行等のイベント」です。皆さんにはこれから毎日徹底的に勉学に励んで頂くために高校時代という時間を最大限に使いたいので廃止することにしました。勿論、これは経費の削減を兼ねてます。

 次は「年4回の長期休み」です。この間に思い出作りをしようと勉学がおろそかになる生徒が毎年多数存在しています。これのお陰でどれだけ平均学力が下がったか。なので廃止させて頂きます。

 続けて「昼休み」です。これも時間の最大活用もありますが、実は脳の回転は満腹時より空腹時の方が良いとされていまして、そのことを活かすために学校敷地内を「飲食禁止」とします。なので、食堂や購買でのパンの販売、自動販売機を全て廃止します。勿論持ち込みも禁止です。校内全域に監視カメラやセンサーを設置していますので隠しても無駄ですよ。

 そしてこういった「式典」も全て廃止します、時間が勿体ないですから。体育館に全員が集まるのは今日が最後だと思ってください。その上で授業時間を1コマ60分にするとお伝えしておきます。各時間における休み時間を5分としますので移動等に使ってください。

 それと大学入試共通1次試験に必要な「6教科8科目」以外の授業も廃止していきます。徹底的に大学入試対策を行っていくためです。

 最後に「部活動」も廃止します。これは近日問題になっている教員の先生方の残業問題対策のためです。時間外労働を徹底的に削減して先生方に安心してお仕事して頂く為です。それにクラブハウスの維持費もかかるし。

 さて、浮いた経費を少し使って有名進学塾の講師の先生方をお呼びし、朝の7:00の早朝補習と夜の9:00までの放課後補習を実施していきます。

 では・・・、今日はこれで解散としますが、この後始まるのはホームルームではなく補習ですのでくれぐれもご出席いただきますよう。

 これからは宿題も増加すると思われますのでご容赦下さい。

 さてと今から1時間後にクラブハウスを取り壊しますのでそれまでに私物を各々の部室から避難させておいて下さい。解散!」


 その後「クラスを発表します!!」の一言で横断幕が貼りだされた。生徒の名前の横にはジャージの胸元の番号が書かれている。


圭「守、今年も同じクラスみたいだね、ただ・・・。」

守「ん?どうした?」


 明らかに圭の様子がおかしい。


圭「出席番号1番じゃないみたいなんだ。」


 ふと横断幕に目をやると2年1組の所に僕達の名前があり、名前順では1番上のはずの圭の名前の上に「貝塚結愛(かいづか ゆうあ)」の文字がある、それに自分たちのように「番号」がない。不自然すぎる。


 そんな中、急いで私物を取りに行く沢山の生徒たち。


 これから僕たちは、いや、この学校はどうなっていくのだろうか。不安を胸に教室に向かった。


-③騒動・困惑-


 「最後の」全校集会が終わり運動部の部員たちを中心にもうすぐなくなる部活動に所属する生徒たちが慌ただしく動き出した。何名かが気付いたようなのだがクラブハウスの前に大きな鉄球を吊るしたクレーンが2台、静かに刻々と近づく「1時間後」を待っていた。


生徒①「早くしろー、大変だ!!早くしないと俺たちの物がなくなっちまうぞ!!」

生徒②「折角親父に買ってもらったバットをなくしてたまるか!!」

生徒③「ウチもラケットずっと置いてるのに!!」

生徒④「サイン入りのゴルフクラブを失ってたまるか!!」

生徒⑤「あたしあれが無いと・・・、あの枕が無いと寝れないの!!!」

生徒①~④「枕置いてんのかよ、家でどうしてんだよ!!」


 余裕が少しあるのか何故かボケとツッコミが交錯している。一方その頃・・・。


 部活に所属していなかった守、圭、そして琢磨は新しいクラスとなった2年1組の教室へと走った。


琢磨「何はともあれ同じクラスになれてよかったな。」


 少し笑みを浮かべて走る3人。琢磨は至っては何故かこの状況を楽しんでいる様に見える。階段をのぼり廊下を左に曲がって一番奥が2年1組の教室だ。教室に着くとすぐに異変に気付いた。


「2年1組(結愛)」


 3人が見た看板には個人名の「結愛」に文字が。


守「どこかで見たことがあるな。」

圭「この名前・・・、確か出席番号1番の名前・・・。」

琢磨「この名前だっ・・・。」

女子「私(わたくし)の名前がいかがなされましたの?」


 突然琢磨の声をかき消した声の正体は守たちが着ているジャージとはかけ離れた衣装を身に纏った女生徒だった。今にもふんぞり返りそうである。

結愛「早くおどきになって、高貴な私をお通しにならないおつもり??」

圭「何よあん・・・。」

湯村「結愛お嬢様、大変申し訳御座いません。すぐに立ち退きますのでこの者らの無礼をどうかお許しくださいませ。」

守「先生何言ってんだよ!!こいつも俺たちと同じ生徒だろ!!」

湯村「こっちの台詞だ!!お前らこちらのお方をどなたと心得る!!我らの理事長であの年商1京円を誇る大企業貝塚財閥の貝塚義弘様のご息女、結愛お嬢様だぞ!!早くどけ!!」

結愛「先生大袈裟ですわ、私そこまで大した権限は持ち合わせておりませんのよ。では皆様ご免あそばせ。」

 

 そう言うと教室のなかで一際目立つように置かれた机と椅子のセットへと向かい静かに着席した。周りの席は他の学校と何ら変わらない学習机セットなのに結愛のだけは装飾等が派手に敷き詰められている。周りの生徒は勿論の様にざわざわとしている。


湯村「ではお嬢様、もうすぐ最初の補習が始まりますのでそれまでごゆるりとお過ごし下さいませ。」

結愛「感謝しますわ。御機嫌よう。」


 湯村先生は長い廊下をゆっくりと歩き職員室へと帰って行った。結愛は廊下の外の様子を伺っている。


結愛「先生は行きまして・・・??」


 周囲にそう一言尋ねる。全員が首を縦に振った、その瞬間・・・。


結愛「あーーーーーだりーーーー、やってらんねーーーーー!!!!あの親父大袈裟な事しすぎなんだよなー。皆ごめんよー。俺本当はこんななんだよー、大人の前じゃお嬢様キャラしてっけどよー、自分でも気持ち悪くて吐きそうなんだよー、ポテチー、ポテチ食いてー!!!」


 湯村が視界から消えた瞬間結愛は足を思いっきり広げぐでーんとした態度を取り、性格を一変させた。


生徒達「嘘だろうがー!!」


守「じゃあこの学校どうなってんの。」

結愛「え?ああ。俺と兄貴がこの学校に通うって言った瞬間に親父がこの学校を買い取っちまってよー、好き勝手しまくってんだよー、困ったもんさ。俺も兄貴も普通に高校生活を送りたかったんだよ、でも親父は実力主義だからどうしてもいい大学に進ませたがっててこんな事に、参ったもんさ。あ、兄貴来た、おーい、兄貴ぃー。」

兄「その様子だと周りには大人がいねぇって事か、助かるぜ。皆俺はかわいい結愛の兄の海斗(かいと)だ、よろしく頼むぜ。」

圭「シ、シスコンなんだ・・・。」

結愛「兄貴のクラスは上の階だろ、早く帰れよー。」

海斗「そう言うなって、コーラ買ってきたから許せよ。」


 結愛は海斗からコーラを受け取ると一気に飲食禁止のはずのこの校内で堂々とがぶ飲みした。とてもじゃないが「お嬢様」とは呼べない。


守「お、おい・・・、飲食禁止だろ、センサーとカメラがあるんじゃないのか。」

結愛「センサーとカメラ??ああ、あのちゃっちいやつか。センサーは俺と兄貴でとっくにぶっ壊したぜ、親父機械に疎いからカメラにはずっとおなじ映像が流れる様にして騙してんの。」


結愛は衣服に似合わず工具をこちらに見せ自慢をしてきた。その時、外から大勢の足音が聞こえてきた。教室の入り口がばっと開きまさかのレッドカーペットが敷かれた。どうやら理事長だ。生徒は全員一先ず着席した。結愛と海斗を除いて。


義弘「結愛、海斗もいたか、丁度いい。後で海斗には後で伝えようと思ったが手間が省けたな。いいかお前ら、お前らはこの学校で最強を目指すんだ、一流の大学に入って勉学に励みいつか貝塚財閥を継いでもらわなければならん。」

結愛「分かっておりますわ、お父様。」

海斗「かしこまりました、お父様。」


 先程とは打って変わってといったところか。しかし昔からの習性からかお嬢様らしさ、御坊ちゃまらしさはあるようだ、きっと大人の前だけでだが。ただ周囲の生徒達はさっきの二人を見ているので数人が笑いを堪えていた。ギャップが激しすぎるからか。しかも二人とも飲んでいたコーラを背中で隠している


義弘「このクラスと海斗の3年1組は二人を最強にするためのものだ、他の生徒を蹴落としてでも最強を目指せ。さて補習までの時間お茶でもどうかな。」

結愛「ありがとうございます。お父様と飲むお紅茶大好きですの。」

海斗「私も同行しましょう。」

 

生徒たちは嘘つけと全員思った。

 

それはそうと義弘は「蹴落としてでも」と言っていた。年商1京円クラスの大企業の社長は考えていることが違う、まさか子供の為に学校を買い取ってしまうとは。

 しばらくして、海斗と結愛が戻ってきた。まさかのぐでぐでモードで。


結愛「やってらんねーーーーー、俺紅茶嫌いなんだよ。やっぱコーラだよなー。」

 結愛はまたコーラをがぶ飲みする。コーラを飲み干すと声を上げて言い出した。


結愛「皆聞いてくれー、俺と兄貴はこの機会に親父から会社の全権を奪取しようと思ってんだ、協力してほしい、最強になるためにな」

 

結愛はにやりと笑った。


-④残酷な破壊と手紙-


 守や結愛たちが教室で最初の補習の準備をしていると、クラブハウスや校内の部室から私物をさせてきた「元」部員達が続々と帰ってきた。荷物が多い生徒や少ない生徒、中には高価な宝飾品を持っていたものもいた。結愛が宝飾品に反応していたので多分本物だろう、どこのブランドの物かは想像もできないがかなりの高級品そうだ。必要なのかどうかは正直分からないものが正直な気持ちでこれらを先生たちが見たらどういう反応をするのだろうか、特に湯村先生が。


「以前」湯村先生には毎日決まって同じ食堂に食事を取りに行く習慣があった。自由な校風だったため、昼食を校外に食べに行っても大丈夫だった。守や琢磨もその食堂でちょこちょこ食事を行っていたので先生の事をよく見かけた。湯村先生本人は毎回同じメニュー「小ご飯とみそ汁」のセットをしみじみと噛みしめながら食べていた。小さめのお茶碗1杯のご飯と優しいお出汁の味が嬉しい温かなみそ汁。具材は豆腐と若布(わかめ)。そして店主自家製のお新香が付いて180円という価格。毎日そのセットを食べていた、ただ本人たちの給料日にはたまの贅沢にとポテトサラダや白身魚のフライといったおかずを一品食べる様にしていたらしい、本当にとてもうれしそうな表情をしながら。ただ、左手の薬指に指輪をしているので結婚はしているらしい、奥さんは忙しい人なのだろうか。もしくは高校生のおこづかい程度の価格で食事が提供されるこのお店で食事をしなければならない位厳しくされているのだろうか。しかし、詮索はよしておこう、いくら何でも本人が可哀そうだ。


さて、そんな湯村先生が先程の宝飾品を見ると自分が教師であることを忘れる位の気持ちになってしまうのは明白。守たちも呆然と立ち尽くしていた。いよいよ義弘が言っていた「1時間後」が来ようとしている。


まだ守たちは結愛を完全に信用している訳ではなかった。性格から見て結愛や海斗は義弘に反発している様だがやはり2人は貝塚財閥側の人間、いつ義弘側についてもおかしくはない。


守「お・・・、お嬢様?」

結愛「ああ、結愛でいいよ。」

守「じゃあ・・・、結愛?一つ聞きたいんだけど。」

結愛「何だよ。」

守「俺たちはどうやって結愛の事を信用すればいいんだ?仮にも貝塚財閥の人間だよな、出来れば信用できるように誠意なものを見せて欲しいんだが。」

結愛「そうだな・・・、じゃあ2つ見せるわ。」

守「2つ?」

結愛「とりあえずこっちに来てくれ。」


 全員を教室の一番後ろの監視カメラの下に集めると手元の工具入れから金槌を取り出し、カメラに向かってジャンプした。


『がっしゃーーーん!!』


 結愛は全員の目の前で監視カメラを破壊してみせた。配線もついで感覚で綺麗に切っている。


結愛「それと・・・。」


 結愛は全員の前で衣服を脱ぎ捨てた。下にはまさかの守たちと同じジャージを着ている。ただ番号が記載されていないが。


結愛「これじゃ駄目か??」

全員「十分だぜ結愛、歓迎するしこれからもよろしくな!!信用するぜ!!」

 遂に「1時間後」が来た。クラブハウス前に停車していた重機が動き出した。どごんという大きな音を立てクラブハウスを破壊していく。何名かは涙を流していた。ただ、「元」運動部ではなかった生徒達も涙を流している。琢磨が訳を聞くと泣いてた生徒が震えながら音楽室の方を指差した。


女生徒「あれ・・・、あれ・・・、見える・・・?」


 音楽室の窓が全部割られそこから炎が噴き出ている。よく見れば他の実習室等も同様に破壊されている。他のクラスから何人もの生徒が叫びながら走ってきた。


男生徒「大変だーーーー!!」

結愛「おい、落ち着けよ、大丈夫かよ!!」

男生徒「あの理事長どうなってんだよ、体育館まで破壊しやがったぞ!!」


 すると・・・、


海斗「大変だ、皆大丈夫かー?!結愛、無事かーーー?!」

結愛「兄貴!?どうなってんだよ!?」

海斗「俺もわかんねぇよ、訳わかんねぇよ!!」


 何気に海斗もジャージを着ている、どうやら結愛同様疑われたらしい。守たちは何となく申し訳なく思った。


守「お前らの親父って・・・。」

結愛「ああ、目的を達成するならどんなことでもやるんだ、ただまさかここまで・・・。」

海斗「維持費(経費)の削減かよ・・・チィッ!!」

圭「でもあいつ一人でここまで??」

海斗「いや多分・・・。」

貝塚兄妹「黒服だ!!みんな逃げろ、あいつらはどこまでも残忍だ!!最低でも俺たち2人は味方だ、危害を加えるつもりはない、お願いだから急いで逃げてくれ!!」


 全員、校舎の外に逃げると、部室系統のあった建物のみが全焼し、各クラスの教室のある建物のみが残されていた。男女関係なく生徒は皆泣いている。そんな生徒達をよそに校舎からチャイムが鳴り響く。そして生徒指導の飛井(とびい)の怒号が響く。


飛井「早く教室に入れ、すぐに補習が始まるぞ、補習は全員参加、出席率が低いと留年もあり得るから覚悟しろ!!」


 あんな火災の悲劇があったというのに先生たちは平気なのだろうか、まだ立ち直れない生徒もいるが全員校舎へと入っていった。その日の補習は本当に夜9:00までずっと続いた、焼け跡はそのまま残っていて酷いの一言だ。ただ補習が終わった頃には結愛の衣服は元通りに戻っていた。本人曰く、その恰好でないと家に入れないのだという。


結愛「俺と兄貴がジャージ着てたの内緒にしてくれるか?親父は何故かジャージが嫌いなんだ。」


 どうやら貝塚邸は無事らしい。多分義弘の予定通りなのだろうが。

守「分かった、帰るか。」

 

全員、各々の家路についた。

 

 守の家は学校から歩いて15分程のところにあり、寄り道や買い食いをしてもすぐに帰る事ができた。隣には圭の家がある。


圭「じゃあね。」

守「うん、お疲れ。」


 二人とも家に入った。


守「母ちゃんただいまー、ずっと何も食ってないから腹ペコだよー、晩飯何ー??」


 クタクタになった守に母・真希子(まきこ)が冷たく言い放った。


真希子「何言ってんのよ、あんた。こんな手紙が来たのに用意している訳ないじゃないの。」

守「手紙・・・?」


 守は真希子から「貝塚学園高校」の文字が書かれた封筒を受け取り、中の手紙を取り出して読んだ。


守「嘘だろ・・・。」


 守は手紙をストンと落とした。

 保護者様各位

貝塚学園高校理事長 

貝塚財閥 代表取締役

貝塚義弘



学校名の変更と新理事長就任のお知らせ


拝啓 春暖の候、皆様ますますご清栄のこととお喜び申し上げます。さて、突然でございますが、これからは貝塚財閥で西野町高校を管理させて頂く事になり、代表取締役である私貝塚義弘(かいづかよしひろ)が務めさせて頂く形となりました。これからは我々がお子様の勉学を支えさせて頂きますのでよろしくお願い申し上げます。簡単ではございますがご挨拶とさせて頂きます。


敬具


 まさかの形式ばかりの手紙が入っており、守は鼻で笑った。ただ、もう1枚手書きの物をコピーした簡単な手紙を見つけた。それにはこうあった。


 お子様の勉学の時間を確実に確保すべく、また脳の回転を確実に速い状態で保つため、お子様には一切の食事を与えないで下さい。脳の回転は満腹時より空腹時の方が良いとされています、そして1秒でも長く勉学の時間を確保するためにご協力をお願い申し上げます。


守「マジかよ・・・。」

真希子「凄い方が理事長になったんだね、私はあんたや彼に協力するから頑張るんだよ。」


 守は諦めて入浴することにした、そして鞄に手を伸ばす。中には美味そうなお菓子が数個入っていた。どうやら結愛が家から持ち出して皆の鞄に入れてくれたようだ。「少なくて申し訳ないが食ってくれ」との一言書いたメモと一緒に。


 守はそのお菓子を噛みしめる様に食べた。部屋の窓からは圭の部屋が見える。どうやら圭も同じ状態になったらしい守は確信した。


 結愛は信用できる、と。



-⑤疑問-


 補習で静まり返った校舎、先日の火災(というより義弘の黒服たちの計画的犯行)で全焼した校舎は跡形もなくなっていた。養護教諭の乃木(のぎ)が当然とも言える質問を投げかけた。


乃木「理事長先生、少しよろしいでしょうか?」

義弘「どうした。」

乃木「育ち盛りとも言える生徒達に対して一切の飲食を禁ずるのは如何なものかと思うのですが。」

義弘「君は私の考えに、いや、私に反逆するのかね。」

乃木「いや、そんなつもりは。申し訳御座いません。」

義弘「構わないよ、そう思うのも無理はない。いや、養護教諭として当然の事だ。だったら人間がどうして空腹になるのかをご存じかね。」

乃木「食べて・・・、動くからです・・・。」

義弘「いいだろう、ではどこが動くからだ?」

乃木「全身ですか?」

義弘「いや、胃袋だ。人間が食物を食し、食道を通り胃袋に入った後、消化しようと動く。その時にカロリーを消費する、逆に言えば食さなければカロリーを消費しない。」

乃木「しかし女子は1日225・・・。」

義弘「女子は1日2250㎉、そして男子は2750㎉必要だ、しかしそう言った摂取を毎日のように続けるとどうなると思うかね。」

乃木「健康な・・・。」

義弘「健康?何をとぼけたことを言っているんだ君は。摂取を続けると起こりうるのは老化だ。」

乃木「でも昼休みをなくしてまで生徒が努力して夢を追うための栄養を奪うなんて・・・。昼休みをなくす必要は無かったはずでは?」

義弘「努力?夢?何を馬鹿な事を言っているんだ。大切なのはそんなものではない、数値と結果だ。そしてその数値たる結果を何が生み出すと思う、力だ。それも経済力と権力だ。世の中を動かしているのは何よりも金と運気だということを君も知っているだろう、乃木建設のお嬢さん・・・、それでもまだ努力や夢などと馬鹿な事をほざくかね、確か君の所は我が財閥の子会社だ、それに君が前回の赴任先で何をやらかしたのか、私が知らないとでもいうのかね、私が口止めしていなければ今頃・・・。」

乃木「では昼休みのけ・・・、いや申し訳御座いません。」

義弘「そのことも兼ねていずれは諸々を話すことになるであろうが、今は言えない。私が最強になり望みを全て叶えるために。」

 

乃木はずっと震えていた。かなりの圧力をかけられている様だ。どちらかと言うと「3食しっかり食べましょう」と標語を出さねばという仕事をしているのに全然義弘の言葉に反論しようとせず、一切の食事を禁ずる義弘に賛同している様だった。そのせいかやせこけた生徒が目立ち始めている。しかし制服がわりの囚人服のようなジャージで体系が分かりにくい。


今の態勢になってから数か月、相変わらず授業と補習のみの毎日の連続に慣れてきた頃、最近は週末に企業の摸試が校内で行われるようになり、また補習にきている講師の通勤している塾でも摸試を作成していたので生徒たちは毎日のように学校に通うようになっていた。摸試の日も当然の様に食事禁止、そのうえ1日に複数の企業が作成した摸試を受ける日もあった。授業の内容も難しくなって来た上に余復習や日々増えていく宿題、摸試の反省などでバタバタと倒れていく生徒が後を絶たず、毎日のように救急車が来ていた。しかし、教師や講師に何を吹き込まれたのか全員次の日には無理やりにでも学校に来ていた。結愛の2年1組や海斗の3年1組の生徒達は2人のお陰で何とか生き延びていた。


守「なあ、お前の親父さんておまえが来たいって言っただけでここの理事長になったんかな。」

結愛「う―ん、親父って昔から影があったからな・・・。」

圭「蹴落としてでも最強にって言ってたね。」

琢磨「自分がなりたがっている様な言い方もしていたな。」

守「でも陰ってどういうことだよ。」

結愛「あそこに俺達の家があるだろ。」


結愛は浜谷商店のあった方向を指差した。貝塚邸が佇む。


結愛「あの家な、親父しか入れない場所が沢山あって俺も全部を把握してねぇんだ、下手すりゃそこに秘密があんのかもな。」

守「ふーん・・・。」


 守はそこまで深くは考えず、会話を楽しんでいた。相変わらずの日常が、幕を閉じようとしている。放課後の補習が終わった後だったので21:00過ぎで真っ暗な夜道を圭と帰って行った。海斗と結愛はいつも間にか大人の前用の服装に着替えて家に入っていく。ただ、後ろにコーラを隠し持って。それを見て守と圭はクスリと笑った。

 やはり結愛はこちら側の人間で、仲間だった。


-⑥考査と摸試-


時が流れ数か月、今の「貝塚」になって初めての中間考査となった。以前に比べ範囲が広く感じる授業時間が長くなったので当然のように制限時間が長かった。範囲が広くなった分、頭を悩ませる生徒が多数存在した、しかしこの考査を突破しなければ進級が危なくなる、ただ以前理事長の義弘が夏休みなどの長期休みを廃止してしまったので、危ぶまれるものが一つ、良いようで、いや悪いようで減ってしまっていた。今回の摸試は2日かけて6教科8科目の学力を競う、自信満々のものもいればそうでないものもちらほらといた。因みに生徒番号は胸元の番号で結愛と海斗は記入不要となっている。ただそこはやはり学校の先生が考えて作った考査、工夫を凝らした問題がいっぱいだ。琢磨は2日目の最終科目・現代文の「傍線部(※)の人物像を絵で描きなさい。(色塗り不要)」の問題をじっくりと丁寧に描いて満足感いっぱいで居眠りを決め込んでいた。「(色塗り要)」だったら何人か色ペンを出そうと焦った生徒もいたろうに。若しくは授業中に「色は塗る必要がありますか?」と質問した生徒でもいたのだろうか。中学時代の美術の授業ではあるまいて、そんなに彩り必要とは思えない。もしかして先生が気を利かせて最後の最後にジョークでもかましたのだろうか。まぁ、気にしても仕方ないかという雰囲気と共に中間考査は終わりを告げた。終了のチャイムが鳴り響く。試験官は飛井。


飛井「そこまで!後ろから回答用紙のみを回収するように。」

守「終わったー、とりあえず一安心だな。」

飛井「おい宝田、何を言っているんだ。」


 次の言葉に全員耳を疑った。


飛井「今から講師の方々による摸試だぞ、早く準備せんか!」

全員「何て?!」

結愛「親、お・・・、お父様はその様な事は仰っていませんでしたわよ!」


 結愛は一応大人の前でのお嬢様モードでいようとしたが気が動転していたのかごちゃついている。この事は義弘が誰にも言わず秘密裏に行っていた様だ。飛井と入れ替わって乃木が入ってきた。問題用紙がかなりの分厚さとなり運ぶのが大変そうだ、教卓に音を立てて置いてから一呼吸ついて試験の開始を告げた。


乃木「着席してください、今から数学の問題用紙を配りますがまだ開けないで下さい。」

守「どんだけの問題を詰め込んだらああなるんだよ。」

圭「かなり手の込んだ問題かもしれないね。それにしてもさ、私今日の中間で数学無かったから昨日ちっとも勉強してないんだけど。」

守「確かに俺もだ・・・。」


 守は何となく引っかかった。嫌な予感がした。


守「まさか・・・、な・・・。」


 そのまさかだった。摸試の教科は1日目と丸々同じで多数の生徒が不利な状況に立たされていた。結愛も先程の驚きようから見たら同じ状況と思われた。

 この摸試は全教科マークシート方式で共通一次試験を意識したつくりとなっていたが異様な分厚さが生徒達を焦らせた。しかし分厚さの秘密はすぐに発覚した。とにかく問題数が多い。1問につきの配点はどれぐらいなんだろうか。ペラペラと問題用紙をめくると大門10まで用意されていた。そして1教科1時間半という長さを要した。全員の額から汗が滲み出てくる。


琢磨「なぁ、全員の汗、尋常じゃ無くね?」

守「真夏みたいに暑いよな。」

乃木「そこ、静かに。」

圭「先生、窓開けていいですか?」

乃木「いけません、問題の流出を避けるために。」

琢磨「じゃあせめて空調を。」

乃木「なりません、全教室共通なので私の一存で致しかねます。その上これは全権限を持つ理事長のご意向ですので。」

守「あの、汗拭きたいのでタオル出していいですか。」

乃木「カンニングが疑われますのでおやめ下さい。」

男子「それでも養護教諭かよ、ぶっ倒れたらどうすんだよ」


 友達思いの橘(たちばな)が叫ぶ。


橘「人間性疑われるぞ、このままじゃ流石に死人が出るぞ。」

乃木「どう言われようと、これが理事長のご意向ですから。」


 乃木はそう言いながら一人携帯用の手持ち扇風機で涼を得ていた。全員義弘の人間性を疑っていた。義弘の娘である結愛も含めて。正しく地獄、そのものが辺りには広がっていた。数学の試験終了であと50分・・・。


-⑦銃弾-


 講師陣による摸試の2日目、摸試が始まるまでは全く関係ない(?)学校の授業が進んでいた。摸試が始まるまでの授業に身が入らずこっそり試験の準備を行う生徒がちらほらといた。いてもたっても居られないとはこういうことを言うのだろうか。守も教科書に補習に使っている問題集を隠しながらその場を過ごしていた。そこそこの緊張感と共に試験の時間を迎え、前日に行った中間考査の科目の試験問題が生徒に配られた。今回は試験監督が来る前に全教室の生徒が窓を全開にしていた、暑い日が続くので換気しないと試験なんてできやしない。しかし、試験監督として古文講師の茂手木(もてぎ)がやってくるとすぐに閉めるように指示をした。橘が昨日の様に吠える。


橘「暑すぎて試験どころじゃねぇよ、開けさせてくれよ。」

茂手木「駄目だ、今すぐに全部閉めなさい。涼しいのは私たちだけでいいんだ。」


 そう言うと懐から携帯用の扇風機を取り出し涼を確保し始めた。結愛がお嬢様モードで問いかける。


結愛「私(わたくし)たちもですの?」

茂手木「お嬢様、申し訳御座いません。お父様のご意向です。」


 結愛は静かに座ると橘に手を合わせてぼそっと悪い(わりい)と言った。茂手木が咳ばらいをして試験開始を告げた。頭を抱えだす生徒が多数いた。明らかに問題集に載ってなく補習で習っていない問題ばかりで悩みながら試験問題を解いていった。

 試験が終わり通常通りだと下校となる時間になった。生徒たちはほっとしながら鞄を抱え教室を出ようとしていた、すると試験監督をしていた湯村が静止した。


湯村「何をしているんだ、今から昨日の試験を返していくぞ、全員席に就け。」


 全員が渋々席に着くと試験の解答や正しい答え、そして試験結果に順位が書かれた書かれたプリントが各生徒に配られた。昨日の今日でここまで結果が出てくるとは流石貝塚財閥といったところか。どうやら各試験が200点満点で構成されており点数によってA~Dまでで評価が付けられた、これはまだ序章で湯村からまさかの説明があった。


湯村「実はこの試験なのだがアルファベットで表示されている評価によって次のクラス編成を行っていく事になっているんだ、生徒の実力に合わせてクラスが構成されていき、これからの授業内容も少しづつ変わってくるだろうから頑張ることだな。」


 全部が初耳で全員困惑した。しかも今は夜遅く、段々と眠気を起こす生徒が出てきた。眠そうな生徒をよそに湯村はどんどん試験結果を返していく。思考回路がおかしくなりそうで堪らない。そんな中、数学の講師である重岡(しげおか)がやって来て1問目からじっくりと解説をしていった。全員がまさかと思ったのだがなかなか聞けない、琢磨は結愛の方向をちらっと見た。


結愛「あの・・・、先生?」

重岡「お、お、お嬢様!!どうなさいました?!」


 重岡は何故か人に声を掛けられると声が上ずってしまう。


結愛「これから昨日の4教科の解説が行われるのでしょうか?」

重岡「も、も、勿論でございます、4教科分の解説授業が終わらないと出入口はおろか教室の扉も開きません。」

圭「じゃあ帰りがかなり遅くなるね。」

守「飯も食ってないから尚更だな。」


 4教科分の解説が終わると、もう深夜で、車も殆ど走っていない。この状態を生徒たちの親たちはどう思っているのだろうか普通なら心配になって連絡を沢山よこしてくるはず・・・だった。しかし、一通のメールも着信履歴も入っていなかった。親は黙認しているという事だ。

 琢磨が家に帰ると家族全員眠ってしまっていた。でも流石に夕食を取り置きしてくれているだろう。と思ったのだが全くそれらしいものはなく、メモ書きが1枚のみ。

 “琢磨へ

  理事長先生から『改めて申し伝えます、お子様に食事を与えないで下さい。また眠ると勉強したことを忘れてしまうと言いますので睡眠をとらないようにご指導のほどよろしくお願いします。』って手紙が来たから朝まで勉強してなさい。”

 これは指導ではなく完全に虐待だ。

 次の日、2日目の摸試の解説が終わった後、翌日新しいクラスが発表されると全員に連絡が入った。結愛や海斗も含め生徒の目にはクマができており、フラフラの状態の者が多数存在した。そんな中、教師や講師はずっとピンピンしている。それどころか最近、平均的に全員が横に大きくなってきている様な気もした。

 さて、次の日、新しいクラスが発表された。守や圭、琢磨に結愛、そして橘は同じクラスで、1年1組(A)だった。どうやら組番の後ろに記載されたアルファベットは摸試の評価のようだ。全員が一斉に新しいクラスに移動し始めた。そして意外とすんなりと移動は終わった。

 さて、新しいクラスでの最初の補習の時間となり全員が問題集を取り出そうとする。クラス以外はいつもと変わらない。そこに数学の重岡がやって来た。


重岡「お、お、おはようございます。数学の補習を行いた・・・」


『ズギューーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!』


 けたたましい銃声が辺りに響き渡った。4組の方向だ。


重岡「あ、あ、あ、あれは4組ですねぇ、4組の生徒の成績をこれ以上落とすわけには行かないので遅刻者が出た場合銃弾が放たれる様になったんです。」

橘「おい見ろよ、4組の生徒が逃げてくるぞ。あれは伊津見(いつみ)か。」

伊津見「大変だよ!!今の銃弾で死人が出たんだ!!」

重岡「伊津見さん、何をしているのですか、早く教室に戻りなさい、補習は始まっているのですよ。」

琢磨「何でそんなに冷静になれんだよ!!」

重岡「これも理事長の方針です、学校全体の学力平均の向上の為です。」

守「生徒の命より学校の学力平均の方が大事なのかよ、有り得ねえ。」

結愛「お父様に駆けあってきます。」

重岡「理事長は本日重役会議です。」

結愛「何てこと・・・。」


 待ってましたと言わんばかりに葬儀屋からきた寝台車がやって来て撃たれた生徒が運ばれていった。1組の生徒は全員補習や授業に集中なんて出来なかった。無理に決まっている。死人が出ているのだ。殺人事件だ。普通なら学校閉鎖になってもおかしくない。

 本当にあり得ない学校だ、PTAが動き出すはずの大事件が起きてしまっているのに、講師や教師は冷静になって補習や授業を行っている。神経が疑われる。4組の生徒はどう思っているのだろうか。皆怖くなって逃げ出したくなっている。これのどこが学校だ、まるで監獄、自分達の着ている服の意味が明確になり始め、嫌になってしまうのも無理もない。


守「どうしようか、学校辞めた方がいいのかな。」

圭「私怖くなってきた。」

飛井「自主退学は認められていないぞ、退学届は理事長先生が独自に管理しているからな。」

琢磨「有り得ねえ、何て学校だよ。」


-⑧常識とは-


 銃弾による殺人事件が発生した当日も通常通り授業が行われ何もなかったかのような静寂に包まれていた。しかし、生徒は全員不信感を抱いている。


圭「不自然じゃない??殺人事件まで起こりだしているのにPTAや教育委員会、下手したら報道陣まで動き出してもおかしくない状況で世間が全く動いてないなんてさ。」

守「携帯のニュースはどうなっているんだろう。」


 皆おもむろに懐から携帯電話を取り出したが、全員のものに異変が起きていた。授業が始まる前までは普通に使えたのに全員の形態が圏外の状態になっていた。その時1年4組の方向から伊津見の大声が響いた。


伊津見「皆、大変だ!!出入口のドアが全く開かねえし、鍵が壊されて動かねえ!!

琢磨「嘘だろ!!」

橘「それどころじゃねぇよ、外見てみろって!!」

全員「なんだありゃ?!」


 校庭全体が高い塀で囲まれていて学校ではなく刑務所の状態になってしまっている。生徒全員が絶望感を感じているとき校内放送が流れた、義弘だ。


義弘「えー、皆さん、おはようございます。今日から皆さんのクラスは校内講師陣による摸試の結果で選考していきます。説明が遅れましたが、最下位のDクラスである4組は急遽たる学力の向上が必要とされる生徒の集まりですので早朝の補習に遅刻しますと先程の様に銃弾による制裁が加えられますので4組の生徒は学力を上げて他のクラスに這い上がって、逆に他のクラスは4組に落ちず今の状態を維持できるように勉強に励んで下さい。またより一層勉強に集中して頂くために皆さんの携帯電話は特殊な妨害電波にて一斉に圏外とさせて頂きました。また外部からの遮断を強めるべく校舎の出入口を完全に閉め切り、校庭全体を高い壁で囲わせて頂きました。先生方は特殊な鍵を渡していますので出入り自由となりますが、生徒の皆さんは出入りが出来なくなります。これからは大学に合格して卒業するまでこの校舎で寝泊まりして勉強に励んで頂きます。くれぐれもその覚悟の上でお願い申し上げます。」

琢磨「合格するまで一生この中かよ・・・、俺たちは受刑者じゃねぇんだぞ、この服装もそうだけどよ。」

守「結愛、お前はどうなんだ?鍵とか携帯電話はどうなってる??」

結愛「皆と一緒だ、携帯は圏外だし鍵も持ってねぇ、いよいよ親父の顔をまともに見えなくなってきたな・・・。」

橘「さすがにこのままだとまずくねぇか??」

守「調査が必要かもな。」

琢磨「おい結愛!!お前の親父どうなってんだよ!!何とかしろよ!!」

守「待てよ!!結愛だって被害者なんだぞ、謝れよ!!」


 琢磨と守が互いに胸ぐらを掴み怒鳴り合った、今までに無い位に。


琢磨「わ、悪かったよ・・・、すまねぇ・・・。」

結愛「良いよ、俺の親父が自分の手を汚さずに学校をこんなのにしちまったのは事実だからな、疑われても仕方がねぇよ。」

圭「ねぇ、それより先生ってどうやって出入りしているんだろう。校舎から、そして校庭から。」

守「しばらく様子を見て調べてみよう。」

結愛「できればり・・・、くそ親父がどうやって出入りしているかも調べねぇとな、兄貴何か知ってっかな。くそ・・・、自分の家が近くて遠いぜ・・・。」


 出入口が封鎖されてから深夜中ずっと教室の電灯が照らされ全校生徒の宿舎兼自習室として開放されていた。しかし、殺人事件が起きた場所で安心して眠れる訳もなく、不安な夜を過ごさざるを得なかった。解放されている教室以外は真っ暗となっており不気味な雰囲気が漂っていた。でも、教師や講師が帰ってしまっている分ある意味深夜は生徒の自由時間と言えた。ただ妨害電波はずっと出ているので携帯は使えなかったが。守たちはノートの切れ端などを使って綿密にメモを残し作戦を練ることにした。他のクラスの生徒とも連携が必要と思われたので協力を求めた。海斗の根回しにより、全校生徒が協力し、一丸となって大逆襲を行うチャンスを狙っていた。


守「まずは先生や義弘がどうやって出入りしているかを監視して脱出経路を見つける、その上で外部で報道陣やPTA、そして教育委員会が動き出しているかを見るんだ。確実に言える事はこの前みたいに手紙で義弘が手回しをしているかも知れないから両親には連絡せずに動く、いいな?」

全員「了解!!」


 守たちによる静寂たる隠密作戦が始まる。結愛や海斗を含む全校生徒による壮大な作戦が始まる、手を汚さずに義弘が最強になるために練った大変大掛かりな作戦をぶち破り最強になるために・・・。


-⑨隠密作戦-


 守たちはまず必要となる情報を得るために隠密作戦を開始した。第一として先生達が使用する出入口を知らなければならない。その作戦を実行するのに3組の伊達光明(だて みつあき)が名乗り出た。


光明「守、琢磨、久しぶりだな。今回の作戦俺に任せてくれ。」

守「久しぶり、でも良いのかよ、責任転嫁してるみたいで悪いよ。」

琢磨「一人に押し付けるのはな・・・。」

光明「大丈夫だって、俺を誰だと思ってんだよ・・・。」

守「確かに信用はしてるぜ。」

圭「ねぇ、伊達君ってもしかして・・・。」

琢磨「忍者の末裔か?って聞きたいんだろ、残念でした。光明はな小型の隠しカメラ作りとハッキングが得意なんだ。」(※ハッキングは犯罪です、駄目、ゼッタイ!!)

光明「ノートパソコンとカメラを隠し持っといて正解だったよ、役に立つ時がくるたぁな。」

守「とりあえずそれをどうするんだ?」

光明「各所各所に仕掛ける、それと校内の使用可能なカメラの映像がこのパソコンに映るようにする。」

結愛「あ・・・、確か・・・。」

光明「どうした??」

結愛「監視カメラは俺が先にいじって同じ映像がずっと映るように改造しちゃってよ・・・。」

光明「大丈夫だ、何とかしてみるよ。後何人か協力をお願いしたいんだが。」

琢磨「どうした。」

光明「俺の指先にあるこの超小型カメラを壁の境目とかに張り付けて欲しいんだ。」

守「分かった、俺たちに任せてくれ。」

光明「一応、パソコンからカメラを映像を見ながら指示を出す、念の為にこの無線機を身に着けて欲しい。」


 守たちは光明からカメラと無線機を受け取ると1階にある出入口の各所に散らばった。小型すぎて分かりづらいので大切にケースに入っている。


結愛「ただ嫌な予感がする、これを掛けてくれ。」


 結愛はどうやって持ち込んだのか懐や自分のロッカーから赤外線スコープを取り出した。守、圭、琢磨、橘、海斗、そして結愛がそれを掛け真っ暗な深夜の1階へと向かった。

 階段を降りて真っ暗な1階に到着し、全員赤外線スコープを掛けた。どうやら結愛の嫌な予感は当たったらしい、赤外線がそこら中をうごめいていた。守はノートの切れ端を丸めそれをわざと赤外線にぶつけた。


「ガチャン」


 出入口の手前辺りにぽっかりと落とし穴が開いた。


守「セーフ・・・。」


 守は一息つき落とし穴が閉じるのを待って赤外線を慎重に避けながら歩を進めていった。壁と壁の間の境目に光明から預かった小型カメラを貼り付けていく。勿論、無線機を通して光明に位置を確認してもらいながら。


光明「もう少し上だな、そうそうそう。うん、そこで。大丈夫だ、ありがとう。」

守「見えてんのか?」

光明「赤外線カメラにも暗視カメラにもなる高性能ものだ、よく見えてるよ。とりあえず教室に戻って来てくれ。」

守「了解、まるでスパイ作戦だな。」

光明「そんなに良いものではないがな、ハハッ。」


 決してウケたとは言えない、そしてこの恥ずかしい会話は他のメンバーにも筒抜けだった。


結愛「ギャグ言ってる場合かよ。」

琢磨「場が和んだことには感謝するわ。」


 さて、一方圭がカメラを仕掛けに行った出入口では。


圭「ねぇ、聞こえる?この学校に自動ドアなんてあったっけ?」


 圭がひそひそ声で全員に聞いた。


橘「いや、昨日までは無かったはずだぜ。」

光明「関係ないとは言い切れなさそうだな、そこに1個仕掛けてもらえるか?」

圭「了解。」

 そのフロアには昨日までは生徒達も使っていた手動のドアと、その日初見となった自動ドアの2種類が設置されていた。


光明「圭さん、やったな。そのフロアのドア2種類を重点的に監視する必要があるみたいだ。よく見つけてくれた。」

圭「『圭』でいいよ。」


 各出入口に監視カメラが仕掛けられた事を光明が確認すると散らばった6人は教室に戻ってきた。光明がノートパソコンを片手に説明を始めた。


光明「まず皆が仕掛けてくれた小型カメラの映像をチェックして先生達が退勤する時を中心にどんな鍵を使用し、どこから出入りしているかを探る。次に見てもらうのは俺がハッキングしてここに映るようにした各所の監視カメラの映像だ。これでどこから義弘が家に戻っているかを探る。この2つの情報が手に入れば俺たちの勝利はかなり近づいてくるはずだ。」

海斗「そして俺と結愛で親父の隠し部屋を中心に家を捜索する。」

光明「カメラの映像にかじりついて授業や補習に出ていなかったら確実に怪しまれる。映像は常時録画してハードディスクに保存した上で皆で調査していこう。」

結愛「光明君・・・、だっけ?」

光明「ははは、デジャヴってやつか?まあいい、光明って呼んでくれよ。」

結愛「じゃあ・・・、光明、折り入って聞きたいことがあるんだが。隠し部屋に入るにはパスワードが必要らしいんだが、解析するマシンを開発出来ねぇか?」

光明「それならもう作ってるよ、3台あるはずだから1台貸してやるよ。」

結愛「助かる、光明ってすごいんだな。」

光明「よせよ、褒めるのは作戦が成功してからにしてくれ。」


 気のせいだろうか、結愛の顔が少し赤くなった様に見えた。

 次の日、本格的な監視作戦が開始となった。しかし必ずと言っていいほど死角が発生する。そこをどう穴埋めするかが今後の課題となっていた、だが建物の中をずっとカメラが浮遊していたらそれこそ怪しまれると言っても過言ではない。やはりそこは人の目で補う必要がありそうだ。ただ休み時間は各々たった5分、それに授業や補習の時間内に出入りされると作戦の成功は確実に遠のく。そのためのハードディスクなのだが。あとは先生達が出入りする時間帯を探った上で義弘の行動パターンを知り、外への脱出経路と隠されていると思われる貝塚邸への通路を見つけ出す。長い日々の始まりだった。

 翌日から義弘は会社の重役会議だの出張だので理事長室を空けた。これはチャンスと結愛と海斗は光明からパスワード解析装置を受け取り侵入を試みた。


-⑩理事長室-


 パスワード解析装置のおかげで理事長室への侵入は容易であった。勿論、深夜の侵入である。結愛は装置を懐に入れて部屋に入って行った。義弘の理事長室は他の学校と同じくお洒落なお部屋が広がっていた。結愛と海斗は持ち込んだ赤外線スコープを掛け調査を始めた。本棚からデスクなど怪しそうな物が立ち並ぶ。指紋を付ける訳には行かないので手袋を付けての創作となった。中央のテーブルの裏などを隈なく調べていった。

 海斗がデスク裏で引き出しを少し動かすと怪しげな赤っぽいボタンを発見した。恐る恐るボタンを押す。赤外線センサーが解除された後に物音がした。


「ガコッ・・・!」


 すると中央のテーブルが少し引っ込み2つに割れ、下に続く階段がお目見えした。2人はゆっくりと降りていく。しかし数段降りた後海斗が床のトリモチに気付いた。


海斗「結愛、逃げるぞ!!」


 2つに割れていたテーブルが段々と閉まろうとしていた所をギリギリで脱出した。


結愛「取り敢えず、赤外線センサーの解除スイッチを見つけただけでもマシだな、少しずつ調べていくしかないようだな。」


 その時、外がバタバタと騒ぎ出した。黒服だ。一斉に校舎内に散らばり理事長室に侵入した人間を探そうとしていた。両手にはピストルを持ち、銃撃する準備は万端だ。理事長室にはその内2人が残っている。

2人は一旦退陣する事にした。黒服が窓の外を見た瞬間に椅子やテーブルの陰に隠れながら理事長室の出口を目指す。思ったより簡単に二人は脱出に成功した。


海斗「あいつら、馬鹿だな。」

結愛「どんくせぇ。」


 二人は教室に走って行った。

 一方、光明は各フロアの出入口のカメラからの映像をやや早送り気味でチェックしていった。でないと何個も何個も出入口があるこの学校の映像を全て見えない、ただ一人では不可能なので守と圭を誘うことにした。長時間見続けなければならなくなるが一瞬も見逃せない。


守「でも何で俺達なんだよ、光明。」

光明「すぐ隣にいたから。」

守「某有名アルピニストか・・・、まあいいか。」

光明「座布団没収。」

守「やめんか、ケツが痛くなるだろうが。」


 光明の笑えない冗談のお陰で少し場が和んだ。守と圭は光明に感謝した。その場に結愛と海斗がやって来た。


結愛「ちょっといいか?」

守「ん?」

海斗「実は理事長室に隠しスイッチを見つけたんだ、ただそれを押すと発動したのは罠で隠れた出入口っぽいのは見つからなくてさ。」

光明「よくあるパターンだな。」

結愛「ただ、罠が発動された瞬間に黒服が出てきたんだよ。でもどこからか分かんねぇ、だから監視カメラをもう一つ用意出来ねぇか?」

守「急に外がうるさくなった訳だ。」

光明「取り敢えずだ、追加のカメラか・・・、あったかな・・・。」


 光明は追加のカメラを探すためバッグを開けた。カメラを見つけると結愛に手渡した。何故か結愛がドキッとしている。守と圭、海斗は気を遣って外に出ようとしたがまだ黒服がウロウロしていた。その一人が教室に入って来た。


黒服「おいお前ら、ここで何をしているんだ。」

結愛「あら、黒服さん。宿題を進めるための調べものですわ。」

海斗「僕たちも苦労しているんです。」

黒服「お嬢様と坊ちゃま、こちらにいらしたんですか。大変失礼致しました。申し訳ございません。」

結愛「いかが致しましたの?」

黒服「理事長室に侵入者でございます。今全力で探しているのですが。」

結愛「あら怖いわ、早く見つけて下さいまし。」

黒服「はっ。」


 全員、笑いを堪えるのに必死だった。

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