第10話

「事実はそうかもしれない。だけど、それがキルが母上を殺したことにはならない!」



俺がそういうと、キルは拳を震わせて俺の方へと走って向かってきた。そして、俺の胸ぐらをつかんだ。



「適当なことをいうな! 俺が今までどんな思いで生きてきたと思うんだ!」



「………俺はキルのことを、アルフォンスさんに聞いただけだ。だから、キルが本当の意味でどんなに苦しんできたのか、俺には推し量ることはできない。だけど、キル。キルに向けられたのは、本当に悪口や悪意だけだったか? その中に好意的なものが少しでもなかったか?」




俺がそういうと、キルは少し勢いを失った。アルフォンスさんの言動を見たのは少しだったが、その気遣いややさしさが込められたものが随所に見られた。他にもそういう言動があったはずだ。悪口や悪意を向けられ続けたキルは、それらをすべてシャットアウトしていたのだろう。そしてそれに気づいたとしても、そんなはずはないと自分で否定してしまったのだろう。


「その中の一つとして聞いてほしい。キル、キルはキルの母上に望まれて生まれてきたんだ。生きてほしいと。キルの母上はキルに生きてほしいと思ったから、キルを生むことを選択したんだ。だから………。」



「嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ! それは全てお前の妄想だ!」



キルはそういうと、俺を突き飛ばした。病弱な俺の体がそれに耐えられるはずもなく、俺は地面にたたきつけられた。それに対してキルは、転んだ俺を見て一瞬後悔の表情を浮かべたように見えた。


ほら、この状況で他人を心配できるほどキルは優しいんだ。いや、優しすぎるかな………。



「………キルは優しいね。心配してくれてありがとう。だけど、その優しさを少しは自分に向けてあげて。そうしないと、キルがつぶれてしまう。」



「………心配なんかしていない! さっきから嘘ばかり言うな!」



ダメだ………。このままでは俺の言葉もシャットアウトされてしまう。ここは、体力が持つかはわからないけど俺も全力でぶつかるしかない。



俺は人生で最速な飛び起きをし、キルの胸ぐらをつかみ返した。




「キル、悪意や悪口じゃなく、キルに向けられた好意にもっと目を向けろ! 悪口や悪意にさらされたキルが、そうなってしまうのも理解はできる。だけど、少なくとも俺やアルフォンスさん、そしてキルの兄上はそうは思っていない! キル、もしキルが兄上の立場だったら憎んでいる弟に自分の側近をつけるようなことをするか? キルのことが心配だったから、信頼できる側近をキルにつけたんだろ!」


「違う! それは俺のことを監視するためだ!」



「キルを監視して何になるんだ! 誰かをまた殺さないように見張っているとでも思っているのか? そんなバカげた話あるわけがないだろ! そう思われているなら、こんなところで自由に生活できているわけがないだろ! それこそ軟禁や下手したら監禁でもされているはずだ………。」



キルは一度は目をそむけたが、再び俺のことをにらんだ。まだ納得できないらしい。それほど周りがキルにしてきたことの罪は重いし、キルに根付いているのだ。ならば………。俺はつかんでいる手に力を込めて、前ボタンを引きちぎった。すると、深紅の宝石はあしらわれた指輪にチェーンを通したネックレスが案の定見えた。これはここに向かう道中でアルフォンスさんが教えてくれた、キルが生まれたときから身につけているキルの母上からの贈り物だ。




「キル、このネックレスはキルが生まれたときから身につけているそうだな。贈り手は誰で、その理由は何かを把握しているか?」



「………母上からだ。理由は自分を殺したことを忘れさせないための鎖だ。」



な………。そんな解釈になってたのか。こんなにも解釈を捻じ曲げたのは、周りの環境のせいだ。本当に心が痛む………。俺は再び、自然と涙がこぼれてしまった。



「………何でお前が泣くんだ………。」



「………悲しいからだよ! そのネックレスは、母上からのキルへの誕生日プレゼントだ。そして、お守りだ。」



「………だからさっきから、何を根拠に言っているんだよ!」



「キルは自分の瞳の色の宝石を相手に送ることの意味を知っているか?」



「………知らない。呪いたい相手にでも贈るんだろ………。」




俺達の年齢にはまだ早いからな、知らなくても当然だ。自分の瞳の色の宝石を送るのは、大切な人や恋人という意味だ。それを呪いたい相手なんて………。




「違う! 呪いたいなら、自分の髪や爪を送り付けるわ! 俺だったらな!」



「は? お前何を言って………。」



「自分の瞳の色と同じ色の宝石を送る相手は、大切な相手や恋人だ。さっきアルフォンスさんから聞いたよ、キルの母上のことを。キルの母上はキルと同じ、きれいな深紅の瞳の持ち主だったそうだ。」





「そ、そんな………。」




キルはそういうと、その場に崩れ落ちた。ようやく少しは言葉が届いたようだ。俺の息切れが激しいけど、もう少し仕事がある。



「まだ何か不満があるか? あるなら言ってみろ! 俺が全部潰してやる!」



「俺にはもう何も残っていない! 全部敵だと思い、すべてを遠ざけてきた………。俺にはもう何もないんだ!」



「だから、自分に向けられた好意にもっと目を向けろと言っているだろ! この屋敷までキルを護衛してくれたのは誰だ? そして、キルの護衛やこの屋敷の使用人を派遣してくれたのは誰だ? 全部一人でやったのか?」



「………違う。アルフォンスと兄上だ………。」



「それから、キルに実技を学びたいと言ったのは誰だ? キルと遊びたいと言ったのは誰だ? 俺のキルと友人となりたいという思いまで否定するなら、俺はこの場でお前をぶん殴る。」



俺がそういうと、キルはふっと一息はいた。そして、首にかけられたネックレスをそっと握りしめた。



「お前の脆弱な拳なんか、俺には効かねーよ。」




キルはそういって、笑った。キルの笑顔を初めて見た気がする。よかった、これでひとまず安心かな。あとは事の顛末をアルフォンスさんから話してくれれば、キルも少しは前向きになってくれるかもしれない。




「アルフォンスさん、後はお任せいたします。当事者の口から、キルにしっかりと事実を伝えてあげてください。」



「………はい、かしこまりました。本当にありがとうございました。」



アルフォンスさんはそういうと、深々とお辞儀をした。よかった、これで俺の役目は終了かな。俺はそのまま、具合の悪さに任せて意識を失った。



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