第5話 俺の常識は、この世界の非常識
翌朝、俺はスッキリと目覚めた。
自慢ではないが、寝起きは悪くないほうだ。
記念すべき、異世界での最初の朝。
窓から見える太陽(と呼ぶかはわからない)が、一つしか昇っていないことを確認しておく。
「ルビー、おはよう!」
台所では、ルビーが朝食の支度をしていた。
「おはよう。カズキは早起きなのね?」
「じいちゃん・ばあちゃんと一緒に住んでいたから、朝はいつも早かったんだ」
「おじいさんたちは、家で待っているの?」
「ううん。二人とも死んじゃったから、家にはもう誰もいないよ」
幼いころに両親と死別した俺は、父方の祖父母に預けられた。
それからずっと二人と暮らしていたけど、ばあちゃんは一昨年に亡くなり、ひと月前にじいちゃんも……
だから、俺は休暇を利用して祖父母との思い出の地を巡る一人旅に出た。
二人ともお風呂が好きだったから、近所のスーパー銭湯とか、各地の温泉地へ家族旅行もしたな。
勝手気ままな旅の途中でこの世界に召喚されてしまったけど、残してきた家族は誰もいない。
あっちの世界にまったく未練がないと言えば嘘になるけど、元の世界に戻れないことはわかっているから、これからはこっちの世界で精一杯生きていこうと思う。
幸い、チートな能力があるし、何とかなるだろう。
あっ、もちろん勇者としてではなく、一般庶民としてだけど。
⦅儂がおるから、安心せよ。この世界のことは、何でも教えてやるぞい⦆
そうだ、俺にはマホーという力強い仲間がいるんだ。
頼りにしているぞ、マホー。
「ルビー、何か手伝うことはないか?」
「そうねえ……あっ、隣の部屋から新しい魔石を持ってきてくれる?」
「魔石?」
何に使うの?と聞いたら、火を起こしたり水を出すためよと、半ば呆れたように言われた。
「カズキは、今までどんな生活をしていたの?」
「えっと……普通の生活だよ」
スイッチを押せば火が点いて、蛇口からは綺麗な水が出る。
そんなことが当たり前だった生活は、ここでは当たり前ではない。
⦅おぬしは、この世界の常識を学んだほうがよいな……⦆
マホーにまで言われてしまったが、俺もそう思う。
これから、一般庶民として生きていくためにも。
◇
隣の物置部屋に、魔石は置いてあった。
俺の手のひらほどの大きさの石が木箱の中に三つ入っているけど、どれが新しい魔石なのかわからない。
⦅ふむ。見たところ、どれも魔力は空のようじゃが……⦆
「どこを見れば、空かどうかわかるんだ?」
⦅魔力があるものは、色が濃い。しかし、これらは色が薄く白っぽいじゃろう?⦆
なるほど。それで、見分ければいいのか。
一つ勉強になったところで、木箱ごとルビーのもとへ持っていく。
「ルビー、ここにあるのは全部空のようだけど、他に魔石はあるのか?」
「えっ、新しいのがもう一つあったはず……あっ、父さんね。もう!」
どうやら、ゴウドさんが勝手に持ち出したらしい。
当の本人は、朝から出かけていて今は不在だ。
「使うなら、使うって言ってくれなきゃ!」とルビーはかなり怒っている感じだから、これは後で娘からお説教をされるパターンだな。
じいちゃんも、よくばあちゃんから同じように叱られていた。
家族間でも『報・連・相』は大事ですよ、ゴウドさん。
「困ったわね。これじゃあ、今日の分が足りないわ」
「どこかに買いに行くんだったら、俺が行ってくるぞ」
世話になったし、お使いくらい喜んでさせていただきますよ。
「この村に、魔石を扱っている店はないのよ。だから、週に一度王都からやって来る行商人から買っているんだけど……」
ある程度の食材などは村で調達できるそうだが、生活用品などの多くは行商人に頼っているのだとか。
行商人へ空の魔石を渡すと、新しい魔石の値段から少し割引してくれるらしい。
魔石を扱う店はそれを回収して、また魔力を入れて販売する。
魔石の再利用とは、マイボトルのようなエコなシステムだな。
しかし、その行商人が村に来るのは明日とのこと。
⦅おぬしなら、その魔石に魔力を注入することは可能じゃぞ⦆
……えっ、そうなの?
⦅儂は、いつもそうやって使っておったわ⦆
これは、魔力量の多い人しかできない芸当なんだって。
そうとわかれば、やるしかないでしょう!
「ルビー、俺が魔石に魔力を入れてやるよ。世話になったし」
「この魔石は結構大きいから、カズキが魔力欠乏症にならない? 私たちのような普通の魔力量では、到底無理なのよ?」
⦅まったく問題ないぞい。これら全部に入れても、半分も減らぬ⦆
「えっと…俺は魔力量が多いから、大丈夫だ!」
マホー、どうやるんだ?
⦅ただ、石を持って念じればよい⦆
こうすれば、いいのか?
魔力よ、入れ~入れ~
⦅ほれ、段々と石の色が変わってきたじゃろ? 濃くなれば、終了じゃ⦆
よし、完了!
「ルビー、これを使ってくれ」
「ありがとう、助かったわ。ふふふ、魔石一つ分のお金が浮いちゃった」
これ、結構高いのよね…とルビーが言うから、つい気になって値段を聞いてしまった。
輸送費込みで、一個銀貨一枚。
これで、この家のひと月分が賄えるらしい。
水道光熱費は毎月かかるから、大変だよな。
◇
「ルビー、大変だ! ソウルたちが、魔物に襲われた!!」
朝食の準備が整ったころ、ゴウドさんが焦った様子で帰ってきた。
「ケガは? 何の魔物なの?」
「森へ採取に行ったところを、ゴブリンたちと出くわしたらしい。どうやら、村の近くに集落を作っていたみたいだな。ソウルたちは命からがら逃げてきたようで、かなりの重症だ」
「じゃあ、早くポーションを!」
「俺も手伝います。人手はあったほうがいいと思うので」
ポーションの入った木箱を持って、ゴウドさんたちの後をついていく。
やって来たのは、すぐ隣の大きな建物…どうやら、ここが村役場 兼 集会所のようだ。
運び込まれたケガ人は、全部で三人。中高生くらいの若い男の子たちだった。
すぐ傍に小学生くらいの女の子、そして医師らしき壮年の男性もいる。
「ジェイコブ先生、皆の容体はどうだ?」
「二人は裂傷だが、ソウルは腕の骨が折れているな」
彼の右手は変な方向に曲がっていて、見ているだけでこちらまで痛くなってくる。
「骨折か。このポーションで治るかどうか……」
⦅他の二人の傷ならば、あのポーションでも治るが、骨折は無理じゃな⦆
あれは、下級ポーションなのか?
⦅鑑定したところ、中級と下級の二種類があるようじゃ。しかし、この程度の中級じゃあ治せん⦆
ジェイコブ医師は、まず軽傷の二人に下級ポーションを飲ませた。
マホーの言う通り、傷はじわじわと治っていく。
話では何度も読んだことがあるけど、実際に目の当たりにすると、ポーションの威力ってすごいよな。
「村長、俺はどうせ飲んでも骨折は治らないんだ。だから、いざという時のために中級は残しておいてくれ」
「しかし、せめて痛みだけでも緩和させないと……」
「このポーションは、村長が身銭を切って買ったものなんだろう? 無駄遣いはさせられないよ」
ソウルは笑っているが、脂汗を流していて相当痛いことがわかる。
お兄ちゃん、大丈夫?と、女の子が心配そうに見つめていた。
「でも、明日にならないと上級は購入できないのよ? それまで、何もせずに痛みを我慢させるなんてダメよ」
「そうだな、ルビーの言う通りだ」
「絶対にダメ! それに、上級なんて高すぎて俺では払えない」
「おまえは、そんなことを心配しなくてもいいんだ。困ったときは、皆で助け合うのが当たり前だろう?」
「村長……」
泣き笑いしているソウルの頭を、ゴウドさんが優しくポンポンと撫でている。
やばい。もらい泣きで、俺の目からもしょっぱい水が……
昔から、こういう人情ものに弱いんだよな。
なあマホー、ちょっとお願いがあるんだが?
⦅おぬしの好きにすればよい⦆
そういえば、マホーには俺の考えはすべて筒抜けだったな。
それじゃあ、遠慮なく使わせてもらおう。
「あの……ゴウドさん、これを使ってください」
俺が差し出したのは、中級ポーション。
でも、マホー特製だから、骨折も治る優れものだ。
「カズキくん、これは?」
「中級ポーションですが、骨折にも効くやつですので」
「カズキ、そんな物をどこに持っていたの?」
そういえば、ルビーたちに所持品検査をされたんだっけ。
忘れていたけど、まあいいか。
「えっと……ルビー、とにかく早く彼に飲ませてあげて。かなり辛そうだからさ」
「……君は昨日、村の外に倒れておった旅人か?」
ジェイコブ医師の言葉に、皆が一斉に俺に注目する。
「皆さん、初めまして。俺は和樹といいます。昨日は、お騒がせしてすみませんでした」
ペコリと頭を下げると、持っているポーションをジェイコブ医師にも見せる。
毒味をしましょうか?と言ったら、彼は首を横に振った。
「村長、これはかなり効果の高いポーションのようだ。これなら、彼の言う通り骨折も治るぞ」
へえ~この人、鑑定のスキルを持っているみたい。
俺も今度、マホーから使い方を教えてもらおうっと。
「そんな大事な物を、使わせてもらっていいのかい?」
「構いません。昨日、皆さんに世話になったお返しです」
ゴウドさんは「ありがとう」と言って、ソウルへポーションを飲ませた。
俺もじっと見守る。
もし骨折が治らないようであれば上級も出すつもりだったけど、効果はてきめんだった。
なんなら、さっきの傷より治りが早かったんじゃないだろうか。
⦅どうじゃ、儂のポーションの威力はすごいじゃろう!⦆
うん、びっくりだな。
自称大魔法使いとか言って、ホントごめんなさい。
兄の回復に、女の子が涙を流して喜んでいた。
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