第49話 視線の意味
目の前には俺が作り出した岩塊が幾つもあり、それを魔導師がブロックへと加工していた。
水属性の上級魔法の一つで、水の刃を生み出し放つのだが、その鋭い切れ味はとても水とは思えず、断面がつるつるしている。
この世界において、魔法こそが文明と文化を支えてきたのだということが良く分かった。
アリサ曰く、上級魔法で消費する魔力は15で、水属性の上級魔法を扱える魔導師の数は十人にも満たないらしい。
なので、俺はいくらでも岩塊を生み出せるのだが、魔導師たちの魔力が追い付かなくなってくる。
そんなわけで、あまり岩塊を作りすぎても仕方ないので現在は休憩をしている最中だ。
ブロック運びなどよりもかなりの高給を約束されているにも関わらず、暇を持て余している。
そんな俺の前に、見覚えのある黒髪の美少女が現れた。
他の作業者がひいひい言いながらブロックを運ぶ中、サリナだけは軽々とそれを持ち上げ、鼻歌交じりに運んでいく。
あのブロックは1つで80キロらしいのだが、他の人間が1往復する間に3往復はしている。
やはり、先日の勝負は、彼女が万全でなかったようで、今の俺にはサリナに勝つイメージを持つことができないでいた。
それでも、他にやることがないので俺はサリナを観察する。
身体からは『オーラ』と呼ばれている光が立ち昇っている。これは日本人かその直系の人間しか操ることができず、使うことで身体能力を200~300倍に引き上げてくれるもの。
日本人の親を持つサリナが扱えるというのなら、俺にも可能性がある。
暇な今のうちに何とかできないかと考え、ヒントを掴むために彼女を見ているのだが……。
揺れる胸、形の良い尻。健康的な肌、黒曜石の瞳、艶やかな黒髪。
彼女が持つパーツの一つ一つが気になるばかりか、どのように『オーラ』を捻り出しているのかまったくわからない。
見ていると、ブロックがない状態では『オーラ』は出ておらず、持ち上げる瞬間に増加しているようだ。
まるで呼吸をするように自然な動きの中で『オーラ』が増えるので、おそらく無意識にでも操っているのではないだろうか?
多分だが『オーラ』は万能ではなく、沢山放出する程はやく力を消耗するのだろう。
以前、サリナが岩塊を持ち上げた時、彼女は大量の『オーラ』を練り上げていた。より重たい物を持ち上げるにはそれだけの『オーラ』が必要ということになる。
「もし、俺が『オーラ』を操れるようになって、それがエリクサーで回復するものなら……」
あの怪力は正直反則級の力だ。あれだけの力があれば、巨大なモンスターだって殴り倒すこともできるだろう。
どうしても『オーラ』が欲しい。そんなことを考えてサリナを見ていると、彼女と目があった。
サリナは作業の手を止めると、俺に近付いてくる。
そして、半眼で俺を睨む。
「何か、えっちい目で見てないっすか?」
サリナは腕で全身を庇うと不審者を見るような目を向けてくる。その仕草が胸元を強調しており、逆に扇情的に映る。
「いや、気のせいじゃないか?」
「嘘っす! さっきから、ずっと、私の身体を嘗め回すように見ているっす! 私が気付かないとでも思ったっすか!」
確かに見てはいたが、嘗め回すようには見ていないと思う。
「自意識過剰じゃないか?」
俺はそんな彼女を鼻で笑ってやった。
「気が散るんすよ! コウが暇なのはわかるっすけど、私は稼がないと飯が食えないんす。せめて目つぶししてじっとしてろっす!」
「痛いので嫌なんだが?」
「あああああーーーもうっ! ああ言えばこう言うっ!」
じたばたと暴れるサリナ、からかうと良い反応を返してくれる。
その後、彼女は俺の視線を警戒してか、他の作業者の陰に隠れながらブロックを運び始めた。
結局俺は、この日、石材を作るノルマはこなしたのだが『オーラ』を身に着けることはできなかった。
数日が経ち、今日も午前中で仕事を終えて暇になった俺は、見よう見まねで『オーラ』の修行をする。
魔力を全開で垂れ流しても、極小に絞って指先から出してみても駄目だ。もしかすると『オーラ』とは魔力とことなる力を利用している可能性もある。
やはり独力では限界がある。俺は次の策を講じることにした。
「な、なんすか!?」
休憩を取っているサリナの下を訪ねる。彼女はここ数日、他の作業者と仲良くなっており、談笑をしていた。
「また喧嘩を売りに来たっすか? 殴り合いなら負けねえぞ! おらぁ!」
目の前で「しゅっ! しゅっ!」と声に出しながらシャドーボクシングをするサリナ。非常に頭の悪そうな行動なのだが、風圧が飛び髪を揺らす。
当たったら一発でノックアウトは免れないだろう。
俺は、緊張すると……。
「は、話があるんだ」
声が震える。これから切り出す言葉を、彼女はどう受け止めるのか考えただけでおそろしい。
「んんっ!?」
サリナは虚を突かれたかのように目を大きく見開くと、ジロジロと俺を観察してきた。
「なんすか、急にしおらしくなって?」
俺の態度に毒気を抜かれたのか、腕を組んでつまらなそうに首を傾げる。これまでの言い合いは彼女なりのコミュニケーションだったのかもしれない。
「お嬢ちゃん、こりゃ多分あれだ……」
作業者の一人が、サリナに耳打ちをする。一体何を吹き込んでいるのかわからないが、どちらにせよ関係ないことだろう。
「こっ……!? まさか、だってコウっすよ!?」
何を言われたのか、サリナは顔を赤くして俺を見てきた。先程までの喧嘩調子とは違い、もじもじとしていて妙にしおらしい。
らしくない態度を取るのは何も俺だけではないということか……。
「聞くっすよ……話」
上目遣いに見つめてくるサリナ。ここ数日俺が彼女を見ていたことから、用件を察したのかもしれない。
「ここじゃなんだから、誰もいない場所に行かないか?」
俺と彼女の確執について、作業者たちも直に見ている。彼らの前では話し辛いのだ。
「それって……まあいいっす。私に何かしようとしたら潰してやるっすからね」
「そんなことするわけないだろ」
俺は焦ると言い訳を述べる。
「さ、さあ。言ってみるっすよ」
少し離れた場所にある、廃材置き場にて、俺とサリナは向かい合って立っている。
サリナは両手を胸の前で組み、何やら真剣な表情を浮かべている。
普段アホな言動が目立つのだが、こうして真面目な顔をしていれば普通に可愛いのだ。
「もう少し待ってくれ、覚悟が必要なんだ……」
そんな彼女の視線から逃れようと俺は目を逸らしてしまう。今から発する言葉は、俺の人生で二番目に勇気のいる内容だから……。
煮え切らない俺の態度に、サリナは呆れるか怒鳴るかすると思ったのだが、
「いいっすよ。いつまでも待つから安心するっす」
まるで天使のような笑みを浮かべ、受け入れてくれた。
そんな彼女の笑顔を見た俺は、今しかないと考える。
このタイミングを逃せば言う機会は二度とやってこない。一時だけプライドを捨てて言うのだ。
「サリナ、俺!」
「なんすか、コウ!」
勇気を振るい立たせ、真っすぐサリナを見て言った。
「金は払う! だから俺に『オーラ』の使い方を教えてくれ!」
「……はっ?」
散々いがみ合った末、絶対頭を下げたくない相手に頭を下げる屈辱。それを乗り越えた俺に、サリナは呆然とした顔で返事をするのだった。
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