第44話 男のプライドにかけて
「よーし、野郎ども。これから仕事のやり方について話すから、一度で理解しろよ?」
目の前ではボードを片手に持った、筋肉質な中年の男が大声で俺たちに話しかけている。
周囲にいるのは、いかにも肉体労働が得意そうな、筋肉を発達させた男たちがほとんどだ。
「お前たちの仕事は、魔導師が作り出し、整えたブロックを指定の場所まで運ぶことだ! しっかりやれよ?」
目の前の男は現場監督なのだが、話す仕事内容と俺がアリサから頼まれた内容が一致していない。どうやら、違う現場に送られてしまったようだ。
「今日はかなりの量のブロックが用意されるらしいから、今ある在庫はとっとと運んで場所を作らないといけない。一番多く運んだやつには特別ボーナスを付けるからきばってやれよ!」
「「「「「おおおおおおおーーーっ!」」」」」
現場監督からの嬉しい知らせに、男連中は喜声を上げた。
「それじゃあ、解散!」
その言葉が合図となり、全員が散り散りになりブロックを運び始める。
ブロックの大きさは大中小とあり、小なら現場作業員なら一人で運べるほど。
中は現場作業員が四人で運べるほど。
大は現場作業員が十人は必要な重さということらしい。
小を運べば1点、中を運べば4点、大を運べば10点となるようで、一人で黙々と運ぶも良し、皆で協力して大きいブロックを運ぶもよし。臨時ボーナスをとるため、屈強な男たちは互いに牽制しあっていた。
そんな中、俺は現場監督の下へと向かう。
「あの……」
「おう、何だ? コウ? だっけ?」
「あっ、はい」
彼が持つボードには作業員の名前が書かれている。今回、俺は偽名を使って現場へと向かっていた。
それというのも、アリサ経由で仕事を請けてはみたもの、魔力の充魔以外にも色々できると解ってしまうと、大量に押し付けられてしまい自由な時間が減ると思ったからだ。
そんな訳で今の俺は『熱海 湊』ではなく『アタミ=コウ』と名乗っている。
「俺が聞いていた仕事と違うんですけど」
本来頼まれていた内容は魔法で石材を作り出す仕事だ。
このような肉体労働をするなんて聞いておらず、そのつもりもない。手違いなので確認をしてもらおうと話しかけたのだが……。
「何だ? ブロックをみてビビっちまったか? まったく、推薦だというから臨時の新人を二人も現場にいれたってのに……。まあいい、自信がないなら帰っていいぞ?」
「は?」
現場監督のあり得ない発言にカチンとくる。ボードの推薦人の欄にはしっかりとアリサの名前があるのを確認した。
つまり、この現場監督は俺だけではなく、アリサのことも軽く見たということになる。
「どうした?」
俺の全身が震える。その愚かな勘違いは正さなければならない。
別に俺は力がないわけではない。モンスターの血肉を食い、多少の力がついている。そこらの肉体労働者などに負けるわけがないのだ。
「いえ、今から運び始めますね」
俺の力をみせて度肝を抜かせてやる。アリサを馬鹿にするのは絶対に許さん!
俺は現場監督に背を向けると、ブロックを運びはじめるのだった。
「こっちに、ブロックを置いておきますね」
「お、おお……お前、凄いな?」
手に抱えていた小のブロック二つを所定の場所に下す。
他の労働者も目を丸くして俺を見ていた。
「中々有望な新人じゃねえか、推薦されてくるだけはあるな」
とはいえ、このくらいの芸当をやってのける人間は他にもいる。
中には魔力を持ちながら魔法が使えないという人種もいるのだが、アリサがやっているように魔力を全身に巡らせ身体を強化させることができる者も存在する。
そういった人物は冒険者や探索者になるのだが、訳ありでこういう現場に稼ぎに来るものもいる。
「まったく、もう一人の新人も凄いし、これならあっという間に運び終わっちまいそうだな」
「ん? もう一人の新人?」
俺は目の前の男の言葉を聞き、怪訝な表情を浮かべると……。
「親方、ブロックここに置くっすよ!」
――ドスンッ!――
俺と同じように、二つのブロックを持った少女が現れた。
黒髪に黒い瞳。大和撫子を彷彿させるような整った顔立ちをしている。
年齢はおそらく俺とそんなに変わらないのではないだろうか?
「凄えな、さっき置いて行ったばかりだろうが? もう他のやつと二周差かよ」
「臨時ボーナスがかかってるっすからね! お賃金は大いに越したことはないっすから!」
少女はそう言うと嬉しそうな顔をして笑った。
「ん?」
じっと見ていたせいか、目を合わせてしまう。現実世界では見慣れた髪色なのだが、この国で他に召喚者が現れたという話は聞いていない。
おそらく、過去に召喚された日本人がこの世界で結婚してできた子供なのではないかと予測する。
「あり……? もしかして……。あなたは……?」
目がクリクリ動き、両サイドで縛った髪がパタパタと動く。
「おい、コウ! いつまでも突っ立ってないで次を運べ!」
現場監督の怒鳴り声が聞こえてくる。
「コウ? うーむ、人違いっすか。残念」
少女は首を傾げると作業へと戻って行く。
俺も後ろについて戻ると、彼女は今回も二つのブロックを持ち上げ、余裕の表情で運んでいく。
「このままだと、負けてしまうな……」
相手が日本人の子孫で、明らかに別格な力を持っていようとも、同い年の女の子に力比べで負けたというのは外聞が悪い。
最悪、アリサの耳に入った時「ミナトってそんなに強くないのね。別れましょう」などと失望されるかもしれない。
そうなったらまずい。俺はブロック三つを重ね持ち上げる。
「くっ、結構重いぞ……」
話に聞いたところ、このブロック一つで80キロあるのだという。鍛えられている現場作業員ならば一人で一つどうにか運べるくらいなのだが、三つとなるとかなりきつい。
だが、同じ数を運ぶ場合、先程の少女に後れをとったと認めることになる。
俺は、表情に出さないようにしながら、どうにかこの思いブロックを運んでいくのだが……。
「ふー、これは余裕っすね、この国の労働者も大したことがないっす。これなら臨時ボーナスでししし……えっ!?」
ブロックに塞がれていて表情は見えないが、少女が俺に気付いたようだ。
同時にブロック三つ運ぶ姿を見て立ち止まったのがわかった。
「あーあ、ぬるい。本当にぬるいなー。この程度欠伸がでる」
重い荷物を運びながら余裕があるように見せる。現実にはこうして運んでいるだけでも体力を消耗しているのだが、男のプライドに賭けて余裕を装った。
「お、おおう。お疲れ」
ブロック置き場の人間をドン引きさせた俺は、エリクサーを飲み体力を回復させながら戻っていると……。
「いやー、余裕っすよねー。こんな軽いブロックチマチマ運んでらんないっすよー。あー軽い軽い!」
少女は一回り大きな中のブロックを抱えそのようなことを呟きながら通り過ぎる。
エリクサーの瓶が手からするりと落ちて砕け散り消える。
「あいつ……」
俺の心に火が着いた。彼女はすれ違う際、形の良い唇をニヤリと歪め勝ち誇ったように笑って見せたからだ。
「なら、俺も中を運ぶ!」
こうなればなりふり構っていられない。いかに多くのブロックを運ぶかが勝敗を分ける。自身のプライドの為、推薦したアリサの名誉を守るため。俺はブロックに手をかけた。
俺がブロック置き場にいくと、少女が大きく目を見開く。まさか320キロの重量を俺が運べるとは考えていなかったようだ。
「はぁはぁはぁ。まあ、このくらい一人で運べたところでどうってことないよな?」
お前がやれることなら俺もできるからとばかりに挑発してみせた。
「むっ!」
負けず嫌いなのか、目から火を飛ばしてくるので俺も応じて睨み返す。
俺たちはお互いに意識しあうと、
「「親方、次!」」
新たなブロックを運ぶため、互いを押しのけて現場監督の下へと向かうのだった。
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