第43話 サリナ登場
★
「ううう……」
女性のうめき声が聞こえる。
「ようやくグルタ王国に到着したと思ったら、突然発生した竜巻に巻き込まれるなんて……」
竜巻が止み、岩や木々が積み重なったそこから若い女性の声が聞こえる。どうやら竜巻に巻き込まれて生き埋め状態になっているらしい。
次の瞬間、高さ十メートルほどに積み重なっていたそれらが吹き飛んだ。
「うぇっ! ぺっぺっぺ! 砂が口に入ったっす!」
目に涙を溜め、必死に砂を吐きだす少女の名はサリナ。異世界に召喚された日本人の女性とナブラ王国最強の魔導騎士の男との間に生まれた娘だ。
腰まで届く艶やかな黒髪、両側に縛っている紐は母親から譲り受けたものだ。
年のころは十六でまだ幼いのだが、ナブラ王国において彼女より強い者は存在していない。
「それにしても、なんだったんすかね……あの竜巻。私じゃなかったら生き埋めになって死んでるっすよ」
普通の人間であれば生き埋めになる前に死ぬのだが、そう呟いたサリナは服こそ切れてはいるが、本人の身体に一切の怪我がなかった。
「とりあえず、その目的の召喚者とやらを見つけて決闘をするっす」
ナブラ王国国王から直々に命令が下っている。
現国王に、サリナは幼少のころから可愛がってもらっていた。
母娘ともに受けた恩は大きく、何としてもこの依頼を果たすつもりでいる。
「その前に、武器は……っと」
岩や木を片手で掴み投げ捨てていく。そのたびに遠くで揺れが発生するのだが、当人は気にすることなく目的の物を探していた。
「あったっす。誰も知らない異国っすからね、自分か弱いんで武器がないと心もとないっすから」
発見したのは剣身だけで二メートルはあろうかという大剣だった。サリナはそれを軽々と振り回す。
『グルルルルルルッ!』
先程、ミナトが放った魔法と、サリナが音を立てたため近くにいたモンスターが近付いてきた。
「へぇ、マンティコアっすか? 森から出てきたんすかね?」
サリナを丸ごと飲み込めそうな大きな口、数メートルの体高と丸太のように太い足。普通の冒険者なら、出会ってしまえば死を覚悟するような凶悪なモンスターだ。
「ちょうどいいっす。国王からもらったお小遣いはお菓子に消えたし、こいつを売っぱらって路銀を稼ぐとするっすかね」
ところが、サリナは目をキラリと輝かせると目の前のマンティコアと対峙する。
『グルウウウウウウアアアアアアアアアアアアアアアアーーー!!』
巨体に似合わぬ速度でマンティコアが突進をしてくる。サリナの華奢な身体では受けきれず吹き飛ばされてしまうだろう。ところが……。
『グルッ?』
「ちょびっとだけ重いっすね」
サリナはその突進を指一本で受け止めた。
「そんじゃ、さいならっす!」
右手に持つ剣を軽々と振るう。とても重たい大剣とは思えない、重さを感じさせないような動き。
『グ……ア……』
次の瞬間、マンティコアの身体が切り裂かれ血の雨が降った。
「うわっ……斬ったら血が出てきた、着替え持ってきてないのに、冗談じゃないっすよ!」
血まみれになり嫌そうな顔をするサリナ。
彼女が切ったマンティコアの皮膚はサイクロプスにも匹敵する硬さを誇るのだが、その切り傷は……。
「こうなったら、雨ごいをして身体を綺麗にするっす!」
ミナトが魔導剣を振るった時以上に深かった。
★
「ただいまー」
王都郊外での特訓を終えた俺は、一時間走って王都まで戻ると、錬金術ギルドにある自分の部屋のドアを開けた。
「おかえりなさい、どうだった?」
俺が部屋に入ると、アリサが椅子に座り本を読んでいた。
彼女は別な場所に自室を持っているのだが、錬金術ギルドの職員寮は男女別となっている。
特に、女性寮には男が立ち入れないので、最近のアリサは自室にもどらずこの部屋で過ごすことが多かった。
「少しは上達したみたいで、魔力の変換効率も良くなったよ。コツは無理に魔力を押し出さず自然に変換するってところかな?」
俺は今日覚えた技術をアリサへと報告する。
「うん、ちゃんと特訓したみたいね。偉いわよ」
俺の魔法の師匠でもあるアリサだが、笑みを浮かべると褒めてくれた。まるで子供をあやすような態度なのだが、時に厳粛に、時に優しく、時にやらしく接してくる彼女はきっと良い母親になるに違いないだろう。
「ということは、もう風の初級魔法くらいならなんとかなるのかしら?」
アリサは俺からマントを受け取るとツリーハンガーにかけた。
「一応、風だけでなくて火水土の魔法も初級までは使えるようになったかな……」
本当は風の中級を発動させたのだが、それを言うと天使のような笑顔が悪魔に変わると解っているので言わないことにする。
「それだったら、明日は別な場所で特訓してみる気はない?」
「ん、というと?」
「アカデミー時代の私の同期が今、開発区で責任者をやってるんだけどさ、石材を出せる魔導師が不足していて困っているのよ。カットするのは他の魔導師がやるし、これならあなたの魔法の特訓にもなるし、お金も稼げてちょうどいいでしょう?」
話を聞く限り、俺がするのは指定された場所に石材を作りだすだけらしい。一時は俺の秘書として働いていたアリサだが、ここでもその有能っぷりを発揮していた。
「勿論構わないぞ」
「ありがと、助かるわ」
もとより断る理由もないのだが、こうして常に俺を立ててくれるのも彼女の優しさだ。
「そう言うなら、何か御礼をしてくれてもいいんだぞ?」
少し調子に乗った俺はアリサに要求をする。
「あら、それなら魔法を教えている私に奉仕してもいいんじゃない?」
お互いに顔を見合わせ吹き出す。
「それじゃあ、アリサの要求を食事をしながら聞かせてもらおうかな?」
「ええ、そうね。ミナトの要求も聞かせてもらうわよ」
そう言うと、俺たちは互いに抱き合うと――
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