第39話 情熱と衝動の果てに……!

 目の前ではベッドで仰向けに寝て、両手を広げ、瞳を潤ませるアリサの姿がある。

 彼女は今しがた「貴方が欲しい」と俺に言ってきた。


 先程まで情熱的な口づけを受けていたので頭が混乱しており、熱が冷めない。アリサの言葉の意味を理解しつつ、必死に理性でブレーキをかける。


 俺は迷宮内での彼女の「勘違いしないでよね」発言を聞き流すつもりで、事実先程までは普通に振る舞っていた。

 酔いつぶれたアリサを部屋まで運び、後は翌日に合えば元通りの関係になる。これまでとなんら変わらない動きにどこか安心していたのだが……。


 ところが、アリサが行動を起こしたことによってすべてが台無しとなった。


 本能に身を任せてフラフラと彼女へと近付く。

 アリサが大層魅力的なのは出会った時から知っていたし、こうなりたいとも思っていた


 誘惑に従い、彼女を抱いてしまおう。簡単な事、彼女から誘われているのだから断る必要はまったくないのだ。


 だが、手が止まる。俺はあくまでエリクサーを使ってここまで強くなった。

 彼女が求めている部分が俺の遺伝子、子供だった場合、この先に進むというのは将来不幸をのこすことになるからだ。


 エリクサーを飲み、酒を解毒する。


「落ち着いて、話し合おう」


 俺は両手を広げるとアリサを制する。俺との関係をこれ以上進めてしまうと、彼女の将来に傷がつくと考えたからだ。


「いやっ! 折角勇気をだしたのに、恥を掻かせないでっ!」


 確かにごもっとも。アリサは本来このような過激なことをするような娘ではないし、ここまでさせたということは俺の対応が不味かったからに違いない。


「それでもだな……」


 どうにか説得しようと口を開くのだが……。


「ミナト、煩い」


 次の瞬間、視界が揺れる。アリサにベッドに引き倒され、彼女に馬乗りをされてしまった。

 勿論、力なら俺の方が強いので跳ねのけられるが、ここで彼女を拒絶した場合、これまでのように話せなくなる可能性が高い。


 それが俺の行動を遅らせた。


「そんな煩い口は、こ、こうしてやるんだから」


「むぐっ!」


 再び唇が塞がれ、口内をアリサの舌に蹂躙される。彼女の手が動き、俺の腹筋や胸に指を這わせてくる。


「ぷあっ! ア、アリサッ、んぅ……」


 息をする時だけ唇が離れる。彼女から絡められる舌と、指使いの気持ちよさに思考が段々定まらなくなってきた。


「あんたには言葉じゃ伝わらないってわかってるか、。行動で示すのよ」


 首筋を舐められ身体を押し付けてくる。

 薄い布越しに、アリサの温もりと胸の柔らかさが伝わってきた。


「お、おい……。流石に……」


 これ以上はまずい。俺は手を動かし、彼女をどかそうとするのだが、アリサは俺の腕を掴むと自身の胸へと導き、耳元で囁く。


「もっと触ってちょうだい。ミナトに触れて欲しいの」


 いつも俺のからかいに顔を赤くしていたアリサの姿はどこにもいない。俺が手を動かすと、アリサの口から堪えるような声が漏れた。


「あっ、悪い」


 可愛らしい嬌声に興奮を覚えつつも、理性が復活するのだが、


「あんたの言葉は全部終わってから聞く。だから、今だけは私を見て欲しいの……」


 そう言うとまたキスをしてくる。エリクサーの効果で酒の効果は抜けている。アリサの口に残っているアルコールのせいなのか、それとも魅力的なアリサにせまられているからなのか……。


「アリサ、俺、もう――」


 アリサは俺の言葉に、頬を真っ赤にして恥ずかしそうに首を縦に振る。


 すべての理性が吹き飛び、身体が勝手に動いた。俺は彼女を組み伏せ、彼女の身体の様々な部分に触れていく。


「……っ! ミナト!」


 それから、俺たちはどちらともなくベッドの上で互いを求めあった。



          ◇



「申し訳ない!」


 朝になり、外で小鳥がチュンチュンと囀る。

 俺は、シーツを手繰り寄せ、気だるげな表情を浮かべるアリサに向かって土下座をした。


「はぁ、私から誘ったのに、起きて早々に土下座するなんて、あんたの思考が一切理解できないわ」


 アリサは、髪を弄るを呆れた声を出す。


「それで、どうして謝るのよ?」


 だが、見放すようなことはせず、ちゃんと理由を聞いてくれた。


「俺との子供に能力が引き継がれるかわからないんだ」


 俺は自分がこれまで抱えていた悩みを打ち明ける。

 エリクサーを作り出せる効果は遺伝しないかもしれないこと。

 モンスターの血肉を食べてパワーアップしている部分が大きいので、元の強さは大したことがないこと。

 その辺を曖昧にしたまま、アリサを抱いてしまい、彼女を傷つけてしまったことなどについて説明した。


「ばっかじゃない?」


 彼女は、俺が思っていることをすべて告げると、開口一言目にそう言った。

 呆れた表情を向けられる。これでアリサも俺から離れていくかもしれない。


 ところが……。


「私が能力目当てであんたに近付いたとか……それで、あんな……」


 アリサの身体が震える。目から涙が零れ頬を伝う。


「私は、あんたが好きだから迫ったの! そんな風に思っていたなんて許さないから!」


「ご、ごめんっ! 本当に反省しているから!」


 昨晩の様子を思い出してしまう。

 あれほど情熱的に迫られて、身体を合わせたのだ。彼女の気持ちを疑っていた自分を恥じなければならない。


「許してほしかったら、それなりの態度をとりなさいよ」


 アリサは俺を睨み、誠意を見せろと言う。


「どうすればいいんだ?」


 彼女は自分の横をポンと手で叩くと「後は自分で考えろ」とばかりにじっと見てくる。

 俺はひとまずベッドに上がると、アリサの横に座る。至近距離で目が合い、アリサが頭をもたせかけてきた。


「んっ」


 頭を撫でると、気持ちよさそうな声を上げ目を閉じる。これで正解なのかが解らず、俺はずっとアリサの頭を撫で続けた。


「……ミナトとの間にできた子どもなら、潜在能力に関係なく愛せるに決まっている。あんたはどうなのよ?」


 しばらくして、アリサはポツリと呟いた。


 ユグド樹海で「好きになった女性と結婚して幸せになりたい」と話した時のことを蒸し返してくる。


「俺だって、子どもができたら可愛がるに決まっている。アリサとの子どもならなおさらだ!」


 ようやく話ができたので、俺は素直な想いを彼女に伝える。


「そ……そう?」


 アリサは口元が緩むのを意識して保ちながら俺を見ていた。


「アリサの気持ちを勝手に勘違いしていて悪かった。これからはないがしろにしないように気を付ける」


「ん、なら許してあげる」


 その瞬間、俺とアリサの関係は『仲間』から『恋人』へと変化した。


「言っとくけど、これまで散々我慢してきたんだから。遠慮はしないからね?」


「すべて、アリサの良きに計らってくれ」


 付き合って早々に尻に敷かれてしまっている。

 それから、アリサも強引に迫ったことを謝ってきて、俺たちはベッドの上で今後の相談をした。


「今日は迷宮に行く時間でもなくなったな」


 気が付けば朝の時間を過ぎていて、ここから迷宮に潜るには時間が中途半端になっている。

 とりあえず食事でもして、あとはのんびり過ごそうかと考えていたのだが……。


「どうした、アリサ?」


 隣にいるアリサが、何か言いたそうにしており、俺が見ると目を泳がせ始めた。


「俺たちの間で隠し事はなし。今決めただろ?」


 言いたいことがあれば言うようにと取り決めたばかりだ。こういうのは最初が肝心だからな、俺は決して誤魔化すことを許さないとばかりに、真剣な目で彼女を見続けた。


「わ、わかったわよ! 言う、言うから!」


 アリサは観念すると、顔を真っ赤にする。


「じ、実は、昨日は酔っていたから、途中から何がなんだかわからなくなって……あ、あまり覚えてないの」


 アリサがシーツを脱ぐと、彼女の白い肌が露わになり美しい身体が見える。


「ミナトとの初めてなんだから、ちゃんと想い出として記憶に残しておきたいのよ」


 瞳を潤ませ、身体を寄せ、冷えた手を俺の手に絡めて理性を奪いに来る。


「だから、今から…………駄目?」


 昨晩と違い、恥じらいを見せるアリサに、


「駄目じゃないに決まっている!」


 俺は覆いかぶさるのだった。


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