第38話 アリサ「異世界人って絶対変」

          ★


「すみませーん、こっちお酒二杯お代わりー」


「はーい、少々お待ちください」


 目の前ではミナトがコップを持ち上げ、店員に追加注文をしている。


「アリサも、何か食べたいものがあったらどんどん頼んで構わないからな?」


 私が見ていると、ミナトは笑顔を浮かべ話し掛けてきた。


「それにしても、サイクロプスを納品した時の探索者ギルドの慌てっぷりは面白かったよな。まさか偉い人まで出てくるとは思わなかった」


「そりゃあ、警告域に入ってあんなモンスターを討伐できるようなのはここでは限られているからに決まっているでしょうが……」


 出会った時からずっと、ミナトは変わらぬ笑顔を見せている。彼にとっては異世界になるはずなのだが、普通自分が住んでいた世界からいきなり転移させられてそんな顔ができるものなのか?


 知識として、この世界に召喚される人物は、どこか違う世界で人生をやり直したいと思っている者に限られるらしいのだが、ミナトほど楽観的な異世界人を私は知らない。


「あのくらいで駄目なのか、するとユグド樹海の奥にいるモンスターとか倒して来たらもっと驚いてくれそうかな?」


「冗談抜きでやりすぎだからっ!」


 ユグドラシルの中心に向かう程、モンスターは強くなっていく。ミナト一人ならばそれでもやり遂げてしまうのだろうが、付き合わされるこっちの身にもなって欲しい。


「追加のお酒お持ちしましたー」


 そんなことを考えている間に、給仕が新しい酒を運んできた。

 二つ頼んだということは、片方は私の分なのだろう。気を遣って頼んでくれたことに感謝しつつ口を付けた。


「それにしても魔法を覚えるのに――」


 酒が入り、上機嫌で話し続けるミナトを私は眉根を吊り上げながら観察する。彼の口からは先程の狩りや魔法のこと。

 こちらの世界で遭遇した驚くような体験ばかりで、それはそれで聞いていて楽しいのだが……。


(私があそこまで言ったのに、どうしてこの男は態度が変わらないのよ!)


 今はそれよりももっと重要な話があるはずなのだ。



 そもそもの話、私がミナトのことを気にし始めたのは最初にバザーで遭遇した時からだった。

 一目見て異世界人だということは理解していたが、とらえどころがなく、自由で楽しそうだった。


 そんな彼と話している間は、錬金術ギルドから与えられたペナルティのことも忘れられたし、楽しかった。

 その後も、ミナトが行方不明になって慌てて探しに行ったり、その縁で一緒に行動するようになり、次第に彼から目を離せなくなったのだ。


 ミナトはとにかく常識がなく、その場で面白いことを思いつくと実行してしまう。

 明らかにこちらを振り回しているのだが、ときおり優しい目で見てきて、私のことを大切に扱ってくれているのがわかると、憎めなくなり許してしまうのだ。


 そんなわけで、段々とミナトに惹かれていく自分を自覚していたし、向こうも私を悪く思ってはいない感触を感じていたのだが、ある日それがピタリと止まる。


 ミナトの正体が異世界召喚された中でも特別な存在だと認知されたころからだ。

 錬金術ギルドのマスターから「彼と付き合いたまえ」と言われたあたりから、ミナトの視線に色が混ざらなくなった。


 それまでは、ふとした拍子にエッチな視線を向けてきていたので少し恥ずかしい気持ちになっていたのだが、それもなくなる。

 それどころか「誰とも付き合うつもりはない」と宣言し、これまでの態度を完全にリセットしてしまったのだ。


 とはいえ、ミナトは相変わらず優しいし、相変わらず突拍子もなく、相変わらず意地悪だ。

 ユグド樹海に荷物を取りに行くという口実で旅に同行し、これまで通りの関係でいようと思っていた。


 だけど、現在のミナトはフリーの異世界人。

 この世界の神は、召喚した異世界人がこの地に定着するために、制約の魔法を用いた。

 これは、双方の合意がなされれば契約が結ばれ遵守するというもの。


 今は自由の身だが、国も他の団体も、ミナトのことを懐柔しようとするに決まっている。

 それはきっと、使い切れないような金銭だったり、目もくらむような美貌を持つ女性だったり。


 そうなれば自分はお払い箱になってしまうだろう。その焦りから行動を起こしたのだが、最後の抵抗もミナトには通用していないようだ。


「――リサ?」


 次第に意識がぼんやりしてくる。思っていたよりも強い酒だからだろうか? ミナトの顔が近くにある。


(どうして私ばかり頑張らないといけないんだろう)


 ミナトからも歩み寄って欲しいのに、感情を見せるのはいつも自分から。


「――おい、アリサ」


 彼の手が肩に触れ、私を揺さぶってくる。

 いつも通り、心配している紳士のような対応だ。


 身体がふわりと浮き上がり、彼に抱っこされているのだと認識する。

 酔った私を、宿泊部屋へと運び、自分も切り上げるつもりなのだろう。


 この時、私は、告白をしたのに何もしてこないミナトに苛立ちどうかしていた。


 ドアを開ける音がして天井が切り替わる。私が泊る部屋へと入ったのだろう。

 少しして、ベッドに卸される。先程まで見ていた胸が離れ、ミナトの顔がはっきりと目に映った。


「それじゃ、今日はお疲れ。ゆっくり休めよ」


 ミナトの温もりが離れそうになり、私は咄嗟に彼の身体を掴み抱き着いた。


「アリサ?」


 目の前にはミナトの顔がはっきりと移る。驚いてはいるが、これまで通り。

 告白した程度では揺らがない、まるで私のことなんて意識していないとばかりの普通の瞳。


(だったら、意識させてやるんだから)


「アリ――むぐっ」


 私は彼が何か言う前にその唇を塞ぎ、ミナトの唇を堪能した。

 舌を動かし、彼の舌へと触れる。


 私なんかより力が強いミナトはやろうと思えばいつでも引き剥がせるはずなのに、私に遠慮したのか肩に手を置くのにとどめる。こういう時も紳士な対応だ。


 彼が強引に引き剥がさないというのなら好都合。私はこれまで溜まっていた、ミナトに対してやりたかったことを実行しようと考える。


「ぷはっ! ア、アアアアア、アリサ!?」


 初めて見る表情。サイクロプスの首を一撃で堕とせるミナトもこの時ばかりは同い年の男性に見えた。狼狽える表情が可愛らしく、愛しささえ覚える。


 もうここまできたらすべての恥は捨て去る。ここで引いたら明日からまた彼は鉄仮面を被ってしまうに違いない。


 私は彼を拘束していた腕を解放し、両手を広げると言った。


「来て、ミナト。貴方が欲しい……」


          ★


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