第36話 アタミ ミナトの策略
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「なに、異世界人が召喚されただと?」
ペンの動きを止めると、男は目の前の人物を見る。
「別に、この御時世、珍しいことでもあるまい?」
この世界には、神が設置した『召喚の魔法陣』がところどころに存在している。
それらは自然に魔力を蓄えると、その時、もっとも条件に合った人間を異世界から召喚するのだ。
その条件とは『異世界への願望がある人間』これだけだ。
かつては、魔力を満たしても発動しなかった魔法陣だが、ここ数百年召喚数が増え続けている。
召喚先は「ニホン」という島国の人間が多いのだが、戦争もなくモンスターも存在していない世界だと聞く。
本来ならば、使い道のない召喚者だが、彼らは時に信じられない能力が発現することでも有名だった。
数百年前に召喚され、能力を開花させて一国を支配するようになった召喚者の名は今も語り継がれ、彼の子孫もまた力を継承し、今日にいたるまで一大国家となっていた。
「特に、魔導師の魔力を使って行われる召喚も盛んになっているだろうに」
その結果、世界中のあらゆる団体は、地面に描かれている『召喚の魔法陣』をこぞって奪い合い、結果として勝ち残った団体が召喚者を呼ぶ権利を得た。
強引に魔力を充填し、召喚者を呼び寄せる。
すべての召喚者は、元々この世界に来たがっていたので、事情を話すと喜び、世界に馴染もうとした。
ところが、素晴らしい能力を秘めているのは一部の召喚者で、他は一般人と変わらず、念のためにと、子を作らせてみたが、平凡な能力を持つ召喚者からは平凡な能力を持つ子どもしか生まれなかった。
ある時、召喚された者が「召喚ガチャかよ」と叫ぶことがあり、その時の言葉から、能力を持たない召喚者が現れた場合「召喚ガチャ外れ」とレッテルを貼るようになった。
そのせいで、能力を持たない召喚者は疎まれ、多少の金を握らされ世界へと解き放たれる。
大半の人間は、普通に労働して村や町へと溶け込んでいくのだが、中には夢をあきらめきれずに街の外にでて、モンスターのエサとなる者もいる。
男は、それらの報告をたびたび受けていたので、いまさら召喚者の話をされたところで、特に何か思うこともなかった。
「それが、その召喚者は召喚されて直ぐに虚偽の能力を報告して追放されたらしいです」
「それは、実に愚かなことだな……」
中には口の回る召喚者もおり、無能にもかかわらず能力があるふりをして自由に振る舞った。
その者のせいで召喚者の評判は悪くなり、召喚する側も虚偽の報告には敏感になっていた。
「話はそれで終わりか?」
優秀な秘書がわざわざ耳に入れてきたので手を止めていたが、つまらない顛末に男は呆れた表情を浮かべる。
ペンを手に取り、仕事の続きをしようとしていると、
「いえ、ここからが面白いところなのですよ」
「はぁ、あまり勿体つけるのはやめてくれないか?」
秘書は笑い、男は溜息を吐く。
優秀ではあるが、この秘書は主である男を試すようなところがあるのだ。
「失礼しました」
秘書は御辞儀をすると顔を上げ、
「その追放された人物ですが、当然世の波に揉まれて消えたかと思われていたのですが、とある事件が発覚し、その中心にいることがわかったのです」
「事件とは?」
「グルタ王国の錬金術ギルドにある魔導装置の魔力が勝手に満タンになるという事件です」
「それは、周辺の魔導師の魔力の動きを調査すれば犯人が解るのではないか?」
確か、魔導装置を満タンにする最低魔力容量は魔導師100人分だ。これだけの魔力ならば、誰が使ったか特定するのは容易。
「ところが、錬金術ギルドの者が調べてみたところ、犯人が存在しなかったのです」
秘書は笑う。
「つまり、その召喚された者が実は膨大な魔力の持ち主で、その事件で注目を浴びたということか?」
「……そうなります」
男に先に言われてしまい、秘書はつまらなそうな顔をした。
「そうなると、後は既定路線か。錬金術ギルドに囲われるか、もっと上のグルタ王国から勧誘をされてお抱えとなり、今頃ぬくぬくと生活をしているというところだろう?」
異世界からの召喚者は、この世界の権力者に弱く、その保護の下に入りたがる。それだけの能力を示したのなら、将来は安泰だ。今頃悠々自適な生活を送っているだろう。
「ふふふ、外れです」
秘書のしてやったりという笑いに男は青筋を浮かべる。
「かの召喚者は、追放されたことを根に持っており、さらにグルタ王国の貴族と揉めていたのです。結果は、敵対はしませんでしたが、どの団体にも所属することなく、現在は無所属で野に放たれているとか」
その情報に、男は眉根を寄せ考え込む。
おそらく、揉めた貴族とやらは、召喚者がそれだけの有用性を示したからには処分されているはず。
追放に関しても、多少の遺恨は残るだろうが、召喚者は賢い。損得で判断して、安定した生活に縋るのは間違いないだろう。
だというのに、なぜ国に対してたてつくような真似をするのか?
「正直私には理解できない行動ですね。後ろ盾のない状態で行動するなど」
秘書は呆れた声を出し、召喚された人物を批難するのだが……。
「いや、俺が思うにそいつは相当キレるぞ」
「どうして、そう思われるのですか?」
この情報が入ってきたこともあるが、互いの国にはスパイが入り込んでいて、国が得た情報というのは筒抜けになる。
男の言葉に秘書は頷く。今回情報を得られたのも、宮廷内での事件について噂伝いに話を聞いたからだ。
「通常、召喚された人間は、最初に召喚した者が契約してしまい、その後、在野に出されない。だが、この召喚者は最初に追放されてフリーになってから、どの団体とも契約していない」
この世界での『契約』は絶対で、たとえ神であろうと翻すことはできないとされている。
この世界の人間は、巧みに召喚者を口車にのせ、契約を迫るのだが、この召喚者はそれから逃れていた。
「通常、召喚者は最初に召喚された団体に取り込まれる。そうでなくても、せいぜいがその上位団体、国などだな」
「ええ、そうですね。我が国でも国内にアンテナを張り巡らせ、優れた召喚者が現れた場合は奪取に向かいますし」
契約は早い者勝ちで、互いの認識が一致すれば神の元保障されることになる。国としても優れた人物を他の団体に取り込まれるのは面白くないので、隙あらば接触して契約を持ち掛けているのだ。
「最初に見え見えの嘘をついた点からもわかるように、この召喚者は初見でそれらの目論見を看破したのだろう。野に放たれフリーとなってから自分の有用性をアピールしてみせ、あえて事件を起こし、注目を集めた」
「それですと、最初の団体と契約せずとも、国に注目された時点で目的を達成しているのではないですか?」
より良い条件での雇用を狙っていたのなら、グルタ王国の王城に呼ばれた時点で達成したと言っても良い。
「ふふふ、だからその召喚者はキレると言っているのだよ。普通、国家レベルとの契約ならば誰しも納得する。もし俺が同じ立場なら頷くだろう」
「でしょう?」
「だが、この召喚者はそうはしなかった。そこに狙いが隠されているのだ」
「どのような……ですか?」
男の推理に、秘書はゴクリと喉を鳴らした。
「国に注目され、自分という存在を世界中の団体に知らしめるという目論見だ」
「それは……つまり!?」
秘書も気付いたようで、驚愕の表情を浮かべる。
「ああ、その召喚者は、グルタ王国ではなく、世界中に自分を売り込んでいる最中なのだよ」
召喚が盛んになりはじめてから数百年。あらゆる既得損益から、そのような者がでてきたことはなかった。
異世界に召喚されてから直ぐに冷静に自己を分析し、こちらの世界の住人を手玉に取るように立ち回る。
「発想が人間離れしている……。もしや、予知能力でも持っているのでは?」
一体、その召喚者にはどこまで先が見えているのか、この会話すら覗かれているのではないかと、秘書は背筋を冷たくした。
「いかがなさいますか?」
しばらくして、動揺を抑えた秘書は男から指示を貰おうと質問をする。
「相手の思惑は理解した。このまま放置するのは勿体なさすぎるだろ」
「で、ではっ!」
「サリナを呼べ!」
男は命令を下す。
「グルタ王国に向かい、勝負に勝った方が命令を聞くという『契約』を仕掛けさせろ!」
サリナというのは、この国に召喚された日本人、その娘の名だ。
幼少の頃よりその才能を見出され、武芸を磨き、今では国で一・二位を争う強さを持つ少女。
「はっ! 御命令確かに遂行してみせます」
秘書が部屋から出て行くと、
「面白いことを考える召喚者もいたものだ。他国もとっくに動いているとは思うが……」
情報の伝達速度に差があるので、近隣国は既に手を打っているはず。
「このナブラ王国がその召喚者を手中に収めて見せる!」
ナブラ王国国王は拳を握ると、そう呟くのだった。
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