第35話 迷宮探索②
「ちょっと待ってね、今地形を把握するから……【サーチ】」
警告エリアという、迷宮で誰も立ち入ったことがない場所に入ると、アリサは探索魔法を使った。
この魔法は、彼女を中心とした数百メートルの範囲を把握する魔法だ。
「うわぁ、結構近くに敵がいるわよ、色んなところで魔法がキャンセルされてるから」
アリサの説明では「頭の中に地図が浮かぶ」とのことらしいのだが、探索のために走らせた地形を把握する魔法は、生物には無効となる。
モンスターがいる場合、それより先のルートが表示されないので、範囲内にも関わらず道が途切れている場合、そこに何かしらの生物がいるということになる。
「わかった、それじゃあ一番近くの敵から案内してもらえるか?」
俺はアリサの返答を待って、彼女にモンスターのいる場所に連れて行って欲しいと頼む。
「言っとくけど、この魔法、本来はこうやってモンスターの場所を察知して避けるためのものだからね? あんたは利用の仕方がおかしい」
アリサはそう言うと、奇人を見るようなめで俺を見てきた。
「そうかな? 敵の位置がわかれば無駄に動き回らずに済むし、効率的な使い方だと思うんだが……」
「普通の人間は、体力も魔力も限界があるし、怪我をすると高いポーションで治すしかないの。あんたはエリクサーがあるから強気で行動しているだけなんだし……」
「確かに、そのお蔭で短期間で強くなれたのはあるよな」
この世界には剣も魔法もモンスターもあるが、蘇生魔法がなく死んだらそれっきり。
創作小説とかでもデスゲームに巻き込まれた主人公たちは安全マージンをとって探索をしたり戦ったりするのだが、真に命が懸かっている場合そのような行動になるのが当然。
よって、怪我を負うようなリスクある行動を取る者はあまりいないのだ。
そんな中、俺はというと、即死しなければ何とかなるとばかりにモンスターとの戦闘経験を積み、毒性を持つモンスターの肉を食らい、その力を取り込んで来た。
お蔭で、そこらの探索者相手ならば無双できる強さを手に入れたのだ。
「まあ、はっきり言って今のあんたに勝てるのがいるとしたらSランク冒険者か探索者、他は各国が囲い込んでいる英雄クラスでしょうね」
アリサもそんなお墨付きを与えてくれる。
「タンク並みの硬さの障壁を展開できるかと思えば、斥候並みの速度で動き回って、ウォーリア並みの破壊力で攻撃して、おまけに現役魔導師を超える魔力を保有している。こんなやつと敵対しなきゃならないなんて悪夢よね」
この世界での英雄パーティー四人で、それぞれに役割があるらしい。
・敵の攻撃を一手に引き受けるタンク。
・罠を見破り、敵を攪乱し削る斥候。
・正面から敵を攻撃して道を切り開くウォーリア。
・多彩な魔法を駆使して立ち回る魔導師。
四人が連携することで、迷宮の強敵に挑んだり、あるいは対人戦闘をしたりするらしい。
ところが、俺は少なくとも一人で二つか三つの役割をしているのだという。
敵の攻撃を引き付け、そのまま攻撃して倒し、魔法に関してはまだ未熟だが、一応収納魔法も使えるようになったし、他に関してもアリサから習う予定だ。
「何より一番厄介なのは、一撃で倒さないとエリクサー飲んで完全回復するとか、そんなやつ絶対倒せないし!」
悔しそうに考察するアリサ。もしかして知らぬ間に反感を買ったのだろうか?
俺の倒し方を考えている時点で怖い。もっと優しくするべきか?
「お、終わったら旨い飯でも食いに行こう。今日も俺が奢るからさ」
「ほんと!?」
アリサは振り返ると嬉しそうな顔をする。食事の約束さえしておけば大丈夫!
「それじゃあ、こっち。案内してあげるわ」
スキップをするアリサ。既に心の中は食卓へと向いているに違いない。
何度かの曲がり角を通り、目的の場所へと辿り着いた俺たちが見たのは……。
「でかすぎだろ……」
こいつを配置するためにわざわざ天井を高くしたとしか思えない。
「サイクロプスよ」
高さ十メートル程の巨人が俺たちを見下ろしていた。
「グオオオオオオオ?」
唸り声を上げるサイクロプス。眼下に俺とアリサがいることに気付いているのだろうが、現時点では手を伸ばすようなことをしてこない。
俺はというと、溜息を吐くとガッカリしながら魔導剣を抜いた。
「どしたの、ミナト? 相手はサイクロプス。あんたの防御を上回る攻撃をしてくるかもしれないのよ?」
あの巨体に任せた踏み潰しや、棍棒の一撃は、確かにアリサの言う通り一発で俺の命を刈り取る危険があるかもしれない。
だが、動きも鈍いし、余程不覚をとらなければ攻撃を食らうことはなさそうだ。
「もしかして、攻撃が通じない心配でもしてるの? 魔法で援護してあげるから平気よ?」
攻撃に関しても、ドラゴンの皮膚を斬り裂いている。魔力量も増えているので、今ならもっと硬いものでも斬れるので無用の心配だ。
「なんでそんな絶望的な顔をしてるのよ?」
一言も発しない俺に、アリサはとうとう疑問を口にした。
「いや、人型だから、食べる気しないなと思って」
「食べる気だったの!?」
「それはそうだろう。これまでも、散々食ってきたわけだし」
「それ、普通は毒があるから誰も食べないモンスターでしょ!」
「良く言うだろ? 身体に悪いものほど美味しい! って」
「聞いたことないわよ!!」
現実世界での格言だが、少し意味合いが違ったか?
この世界で言う「身体に悪い」は口にすると即死級の毒で死ぬことを言うからな。
「まあ、どちらにせよ人型は食うのに抵抗があるんだよな……」
例えば料理したとして、鍋の中から指などが出てきたらそれがどの部分なのかリアルに判定できてしまう。考えただけで味以前に生理的に受け付けない。
「いい加減真剣になりなさい。来るわよ!」
「了解」
俺たちが会話を続けている間に、サイクロプスは敵と認識してきたようだ。
半眼だった目が大きく見開き、意思が籠った目で睨みつけてくる。
「とりあえず、アリサは距離を取って安全な場所で待機。一応言っておくけど気は抜くなよ。最悪岩を投げつけてくるかもしれないからな?」
「わかってる。取り敢えず身体強化して土壁を作る準備だけしておくわよ。何か欲しい支援ある?」
俺が注意をすると、アリサは質問をしてきた。
「そうだな、敵が大きくて攻撃が届かない。地面を操って隆起させてもらえると助かるぞ」
そうすれば、足場を利用して攻撃を仕掛けることができる。
「わかった……【アースウェイク】」
地面が揺れ、俺の注文通り幾つもの山が出来上がる。サイクロプスを囲うようにできた足場に、俺は飛び乗ると上から攻撃を仕掛けた。
「はっ!」
すべての魔力を込めた魔導剣を振りぬくと、まったく抵抗なく剣が振れた。
「はぁはぁ」
地面に着地すると同時に、用意してあったエリクサーの瓶を口に含むと、中身を飲み干して瓶を捨てる。
――ッズズズン――
次の瞬間、サイクロプスの右腕が音を立てて地面に落下した。
「嘘ぉ……」
アリサが口を開きあり得ないようなものを見るような目で俺を見ていた。
「サイクロプスの皮膚は確かにドラゴンよりは柔らかいけど、この分厚さがあるのよ? それを一振りでなんて……」
それもこれもアリサから譲り受けた魔導剣のお蔭だ。魔力を攻撃力に変換する能力は俺のエリクサーと相性が良すぎる。
通常なら、この一撃が通ったとしてもこれで品切れになるが、俺はこの攻撃力を基本にすることができる。
「グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
「悪あがきをされる前に左腕も落としておくか」
この時点で勝利は確定しているのだが、不慮の事故に巻き込まれてアリサが負傷する可能性はある。
俺は痛みに叫ぶサイクロプスの隙をついて、左腕も同様に落とした。
「後は、心臓でも一突きすればいいかな?」
倒した後に収納することを考えたら、もう少し細切れにしておくべきか?
その前に、アリサには冷凍魔法を使ってもらう必要がある。
「ま、相手が悪かったということで、諦めてくれ」
俺は高く飛びあがると、サイクロプスの首を一閃。
「グ……オ……オ?」
首が転がり落ち、サイクロプスは完全に動きを止めるのだった。
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