第12話 ヘンイタ男爵の復讐

「えっ? 仕事がない?」


「……ええ。申し訳ありませんが」


 冒険者ギルドを訪れ、いつものように依頼を請けようとしたところそう言われた。

 受付嬢は俺からさっと目を逸らすとそれ以上何も言わなくなった。


 俺はそんな彼女の表情から何かを読み取ろうとじっと見つめるのだが、どれだけ凝視してもこちらを向かないので追及を諦めた。


 受付嬢から視線を外し、周囲を見ると他の冒険者たちも視線を逸らす。


(どうやら、間違いないらしい)


 先日揉めたヘンイタ男爵が早速嫌がらせをしてきたのだろう。冒険者ギルドに圧力をかけて仕事を奪う。

 あまりにも分かりやすすぎて、実は別に犯人がいるのではないかと勘繰りたくなった。


(まだ資金は結構残ってるよな……)


 以前、狩りに出た時に得た報酬の金貨が八枚。多少減ってはいるがこれだけでも数ヶ月は何もせずに過ごすことができる。


(でも、そんな過ごし方で満足できるか)


 相手はあの変態男爵だ。根にもっているに違いなく、これから先も嫌がらせをしてくるのは明白だった。


(どうする? いったんこの国を出るか?)


 こっちとしても召喚されて放り出された身だ。この国で活動してさほど経っていないので知り合いも少なく、未練もない。

 新天地でやり直すのがもっとも効率の良い方法だろう。だが……。


(それだとあの変態男爵に屈したみたいで嫌なんだよな)


 向こうは鼻が潰れただけで俺はやり直しを強いられる。それは果たして許容すべき事態なのだろうか?

 今回俺が引くことで貴族との衝突を回避し新天地でやり直せるかもしれないが、この世界の貴族に変態男爵と同種がいるかもしれない以上、同じことが起こらないとも言い切れない。


 ここは留まるべきではないか、そんなことを考えていると……。


「よう、相変わらず周囲を騒がせているやつだな」


「あっ。どうも、こんにちは」


 以前一緒に狩りをした冒険者のリーダーが声を掛けてきた。


「どうしたんだ?」


 あの狩りの日以来、遠くに見かけることはあっても声を掛けてこなかったのに、このタイミングで話し掛けてくるとは。


 俺は彼がどのような意図で接触してきたのか視線で探りを入れる。もし例の変態貴族からの伝言や敵対行動ならば容赦はしない。そんなことを考えながら待っていると……。


「お前、儲け話に興味はないか?」


「……詳しく聞かせてもらおうか?」


 俺は彼の言葉に耳を傾けるのだった。





「ここが、目的の洞窟か……」


 王都を出発してから一週間、俺は馬を走らせるととある洞窟へと来ていた。

 街道を進むこと三日、外れて荒野を進むこと三日。最後の方は馬も通れない場所だったので徒歩での移動となった。


 なぜ俺がここにいるのかというと、冒険者リーダーの伝手で依頼を回してもらったからだ。

 街から遠く離れた洞窟奥深くに咲く【ポワレの花】という解毒薬を作るのに必要な材料があり、それを採集してくることが今回俺に与えられた依頼だった。


 余程入り組んだ地形と体力が必要らしく、リーダーも他の依頼を請けていて手が離せないのでこうして俺に声を掛けたそうだ。


「ひとまず、早く採集しないといけないよな……」


 リーダーからは解毒薬が手に入らなければ苦しみ続ける子供がいると聞いている。俺はなるべく早く採集して帰ろうと洞窟に足を踏み入れたところ……。


 ――ゴゴゴゴゴゴゴゴ――


「えっ?」


 しばらく進んだところで背後の地面がせりあがり洞窟の入り口が塞がって行く。


「罠!? いや、魔法か?」


 洞窟に仕掛けられた罠が作動したのかと思ったが、かすかに魔力の流れを感じる。


「くそっ! 急いで出ないと!」


 塞がってしまっては脱出が困難になる。俺は全力で入り口に向けて走るのだが……。


 ――ゴゴゴン――


 奥に進みすぎてしまっていた。後少しというところで入り口が塞がれてしまう。


 目の前にある壁を見る。


「えーと、聞こえるか?」


『……ああ、聞こえているよ』


 しばらくの沈黙の後、声が聞こえる。岩に挟まれており聞き取り辛いがリーダーの声に違いない。


「そちらにいるということは、今回の話は罠ということでいいのか?」


『……そうだな』


 また少し時間が経ってから返事が戻ってきた。


「そうですか、良かった」


『良かっただと!?』


 俺の呟きに彼は律儀に反応して見せる。


「だって、毒を受けた子供なんていなかったということでしょう?」


 依頼を請けたのは毒に苦しむ子供がいるというからだ。それがないというのならこちらも焦る必要がなくなった。


『はははは、とんだお人よしだぜ。これだから異世界人ってのは嵌めやすい。ちょっと女子供を出せば簡単に引っかかるんだからな』


 別な声が聞こえる。


「えっと……あんたは?」


『俺はヘンイタ男爵に雇われた魔導師だ。この洞窟の入り口は俺の魔法で塞いでいる』


「なるほど、主人からの命令というわけか……」


『くっ! すまない!』


 リーダーの口から申し訳なさそうな声が聞こえる。おそらく、俺との繋がりがあることを調べられ脅されていたのだろう。

 こちらこそ巻き込んでしまって悪い気分だ。


『国の上流階級に逆らった報いだ。男爵からは「俺に逆らったことを後悔しながら死ね」と伝言を頼まれている』


「なるほど、ちょっと顔を踏みつけただけなのに随分と陰湿な。きっとアレも小さいんだろうな、と伝えておいてもらえるか?」


 直接殺しにきたのならもはや遠慮はいらない。


『なるほど、こいつはイラつくやつだ。お前もよくこんなのと仲良くしていたな』


『はぁ……まぁ……』


 二人はそんなやり取りをすると、


『とにかく、せいぜい後悔しながらくたばってくれや』


 壁に耳を当てると、二人が離れていくのがわかった。


「まあ、これで復讐が終わるのならいいんだけどな」


 魔導剣を駆使すればこの壁くらいいつでも破壊できる。今壊すと音を聞きつけて戻ってこられる可能性が高いので時間を潰す必要があるのだが……。


「せっかくだし、奥を見てみるか」


 俺は洞窟の奥へと進むことにした。


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