第11話 成敗されて当然の男

「さて、今日はいよいよ一人で操縦する卒業試験だな」


 教習場に通うようになってから一週間が経過した。

 毎日教官につきっきりで乗馬を教えてもらっているので、上達も早く乗馬そのものが楽しくて仕方ない。


 これで一人で操縦できればいよいよ卒業ということになるのだが、せっかく仲良くなった教官とわかれなければならないことに一抹の寂しさを覚える。


 俺は、卒業後も彼女とは友好な関係を築けるだろうかと考えながら教習場の入り口を潜ると、何やら人だかりができており不穏な空気が漂っていた。


「あ、あのっ……や、止めてください」


 教官が嫌がる声が聞こえる。


「ぐふふふふ、良いではないか」


 嫌な予感がし、俺は人をかき分けて前に出るとあり得ない光景が広がっていた。


 馬上で涙目になっている教官と、後ろに乗る小太りな中年の男がいたのだ。

 男はだらしのない身体を密着させ厭らしい笑みを浮かべている。


 首と腰に腕を回し逃げられないようになっており、彼女はもがきながら顔をこちらへと向けた。


「だ、誰か……たすけ……て」


 教官は羞恥で顔を赤くすると、他の教官に助けを求める。


「なんだぁ? ワシはハラセク男爵家当主ヘンイタだぞ? 逆らうつもりか?」


 だが、その言葉で誰もが視線を逸らしてしまう。無理もないだろう……。



 俺も勘違いしていたのだが、国の要職に就く者というのはそれほど数が多いわけではない。


 創作の世界では男爵など大したことがなく、なんならジャガイモ程度の認識でも構わないのだが、こちらの世界では影響力もあり目を付けられてしまえば今後の活動に支障が出る。


「やだぁ……やめてください」


 そうこうしている間に行為はエスカレートしていく。芋男爵は教官の服の上から尻を撫で、鼻息を荒くうなじに吹きかけている。


『くっ……』


 他の教官の噛み殺したような声が漏れる。止めたいのは山々だが、自分だけではなく養っている家族にも影響がでる。周りにまで迷惑が及ぶことを考えると身動きがとれないのは当然だ。


 流石に俺も、国家権力者相手に揉め事を起こすのはまずい。力がついてきているとはいえ、冒険者ギルドランキングを見てもまだまだ上が存在しているのだ。


 ここで貴族に物申してそれらの相手を雇われたら対抗するのも難しい。


 現実世界でもこのような状況はあっただろう。こういうのは誰かが警備兵に連絡して当事者同士で話し合って解決をする、国家でありルールがあるのだからそれが筋というもの。今は下手に手を出すべきではない。そう自分を戒めていると……。


「ぐふふふふ、抵抗するだけ無駄よ」


「いやぁ!!!」


 いよいよ、芋男爵の手がわきわきと動き、彼女の胸に触れようと――


「ざけんなっ!」


 俺は全力で走り二人に近付くと、丸太を蹴り飛び上がり芋男爵の襟を掴み後ろへと引き倒した。


「ゲフッ!」


「ア、アタミさん!?」


 潰れたウシガエルのような鳴き声を上げる芋男爵。目を赤く腫らしながら俺を見る教官。


「な、何をするか貴様っ! このワシが誰か知ってお……ぐえっ!」


「変態だろ? 知ってるよ」


 唾を飛ばしてくる芋男爵の顔に足をめり込ませ黙らせた。


「そっちこそ、何をしている! 嫌がる女性に無理やり迫るなんて最低の行為だぞ!」


 指を突きつけ声高に宣言する。やってしまったものは仕方ない。ここは一歩も引かず、振る舞うしかない。


 あまりにもハッキリと芋男爵を責めたので、空気が変わり皆も冷めた視線を彼に送った。


 この場の空気を味方にしたからか、芋男爵は苦悶の表情を浮かべると……。


「くっ……この、庶民風情が……このままで終わると思うなよ!」


 四肢を這いつくばらせるように逃げていく。その姿は実に滑稽で、おそれていたのが馬鹿らしくなった。


「大丈夫ですか、教官?」


 芋男爵から視線を切り、呆然としている彼女の手を取ると馬からおろしてやる。


「あっ……はい。ありがとうございます」


 余程ショックだったのか、心ここにあらずといった様子なので彼女が心配で顔を覗き込んだ。


「顔が赤いですね、熱もありそうだ。今日は休んだ方がいい」


 俺はそう言うと、他の教官に彼女を預けた。


「あの……大丈夫なんですか?」


 彼女が戻って行き、他の教官が心配そうに声を掛けてくる。


 衝動的に芋男爵を蹴ってしまったので勿論大丈夫などではない。

 だが、ここで弱みを見せてしまうと教官が罪悪感をもってしまう。


「ああ、あのくらいなら全然大丈夫ですから」


 俺は手をひらひらさせると、そう告げ笑ってみせるのだった。


          ★


「駄目ね、どれだけ調べても登録している魔導師で不透明な魔力使用をしている人物が見つからない」


 アリサは一ヶ月に及ぶ調査結果を並べ落胆していた。


 錬金術ギルドのみならず、魔導ギルドまで足を運び、全員の魔力使用の痕跡と回復施設の利用まで調べ上げたのだ。

 結果として、どう計算しても魔導装置を満タンにできる組み合わせが存在していない。


「どこかに、私に対して恨みを持っていてこんな嫌がらせをするグループがいるはずなのに!」


 天才ともてはやされ、いわれなき嫉妬をされてきた。今回の件も自分を追い落とす一環なのだとアリサは考える。


「私に恨みを持ってそうな人物は真っ先に調べ上げた……」


 これ以上調べるなら、捜査を魔導ギルド・錬金術ギルドの他に広げるしかない。


「犯人はまだ王都にいるはず。私の目が黒いうちは安心して眠らせてあげないんだからね」


 睡眠不足で目を真っ赤に充血させながら、それでもアリサは犯人を見つけてやると執念を燃やすのだった。


         ★

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